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第2話 追放?――いいえ、栄転です
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第2話 追放?――いいえ、栄転です
王宮を出た馬車の中で、私はようやく背筋を伸ばした。
豪奢な内装。けれど、今日ばかりはこの揺れすら心地いい。
あの大広間の視線から解放されたというだけで、空気が違う。
「お嬢様……」
向かいに座る侍女のエマが、心配そうに声をかけてくる。
彼女は、私が幼い頃から仕えてくれている、数少ない味方だ。
「無理をなさらなくて大丈夫です。今は……」
「ええ。大丈夫ですわ」
私はそう答えて、静かに微笑んだ。
――本心だった。
涙が出そう?
悲しい?
悔しい?
いいえ。
(むしろ、肩の荷が下りました)
馬車が侯爵家の屋敷へ近づくにつれ、私は頭の中で静かに整理を始める。
王太子妃候補という立場。
それに伴う義務、制限、政治的配慮。
すべて、終わった。
婚約破棄という形は世間体こそ悪いが、実利だけ見れば――完全に私の勝ちだ。
屋敷に到着すると、使用人たちが一斉に駆け寄ってきた。
その表情は、皆一様に曇っている。
「お嬢様……お可哀想に……」
「なんてひどいことを……」
……ああ、そう見えますわよね。
私は静かに首を振った。
「騒がなくて結構です。
今日は少し、疲れただけですわ」
そう告げて自室へ戻ると、扉が閉まった瞬間、私は深く息を吐いた。
「……やっと、静かになりましたわね」
ソファに腰を下ろし、天井を見上げる。
王太子妃として求められていたのは、完璧さと従順さ。
自分を削ってでも“理想の妻”を演じる役割。
それを、私は今日――正式に解任された。
(解任、ですわよね。あれ)
思わず、くすりと笑ってしまう。
そこへ、父――ヴァルシュタイン侯爵が入室してきた。
厳格で、感情を表に出さない人だ。
けれど今は、珍しく険しい表情をしている。
「セラフィナ」
「お父様」
「……婚約破棄の件は聞いた」
短い沈黙。
「恥をかかせた、とは言わん。
だが、王家の判断は軽率だ」
私は目を瞬いた。
叱責が来ると思っていた。
なのに、父の言葉は静かだった。
「お前の能力は、王国にとって損失だ。
それを理解できないとはな」
「……ありがとうございます」
父は一瞬だけ視線を逸らし、続ける。
「実は、話がある。
隣国シュタインベルク公国から、正式な打診が来ている」
その言葉に、私は背筋を正した。
「公国……?」
「ああ。
向こうの公爵――カルヴァス殿が、お前に興味を示している」
……あら。
思ったより、展開が早い。
「条件は政略結婚。
ただし――白い結婚を前提とする、とな」
私は、ゆっくりと頷いた。
恋愛感情を求められない。
後継問題に縛られない。
(……理想的ですわね)
「返事は急がなくていい。
だが、王国に留まるよりは――」
「いいえ、お父様」
私は、はっきりと言った。
「前向きに、検討させてください」
父は、ほんのわずかに目を見開いたあと、静かに頷いた。
「そうか」
父が去ったあと、私は窓辺に立つ。
外は穏やかな夕暮れ。
世界は、何事もなかったかのように回っている。
――でも、私の人生は確実に動き始めていた。
王太子妃候補から、外れた令嬢。
けれどそれは、終わりではない。
(むしろ……始まり、ですわ)
紅茶を一口含み、私は小さく微笑んだ。
次はどんな場所で、どんな人生を歩むのか。
少なくとも、もう誰かの「癒やし役」になるつもりはない。
私は、私の価値を知っている。
――そして、それを正当に評価する場所へ行くだけだ。
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王宮を出た馬車の中で、私はようやく背筋を伸ばした。
豪奢な内装。けれど、今日ばかりはこの揺れすら心地いい。
あの大広間の視線から解放されたというだけで、空気が違う。
「お嬢様……」
向かいに座る侍女のエマが、心配そうに声をかけてくる。
彼女は、私が幼い頃から仕えてくれている、数少ない味方だ。
「無理をなさらなくて大丈夫です。今は……」
「ええ。大丈夫ですわ」
私はそう答えて、静かに微笑んだ。
――本心だった。
涙が出そう?
悲しい?
悔しい?
いいえ。
(むしろ、肩の荷が下りました)
馬車が侯爵家の屋敷へ近づくにつれ、私は頭の中で静かに整理を始める。
王太子妃候補という立場。
それに伴う義務、制限、政治的配慮。
すべて、終わった。
婚約破棄という形は世間体こそ悪いが、実利だけ見れば――完全に私の勝ちだ。
屋敷に到着すると、使用人たちが一斉に駆け寄ってきた。
その表情は、皆一様に曇っている。
「お嬢様……お可哀想に……」
「なんてひどいことを……」
……ああ、そう見えますわよね。
私は静かに首を振った。
「騒がなくて結構です。
今日は少し、疲れただけですわ」
そう告げて自室へ戻ると、扉が閉まった瞬間、私は深く息を吐いた。
「……やっと、静かになりましたわね」
ソファに腰を下ろし、天井を見上げる。
王太子妃として求められていたのは、完璧さと従順さ。
自分を削ってでも“理想の妻”を演じる役割。
それを、私は今日――正式に解任された。
(解任、ですわよね。あれ)
思わず、くすりと笑ってしまう。
そこへ、父――ヴァルシュタイン侯爵が入室してきた。
厳格で、感情を表に出さない人だ。
けれど今は、珍しく険しい表情をしている。
「セラフィナ」
「お父様」
「……婚約破棄の件は聞いた」
短い沈黙。
「恥をかかせた、とは言わん。
だが、王家の判断は軽率だ」
私は目を瞬いた。
叱責が来ると思っていた。
なのに、父の言葉は静かだった。
「お前の能力は、王国にとって損失だ。
それを理解できないとはな」
「……ありがとうございます」
父は一瞬だけ視線を逸らし、続ける。
「実は、話がある。
隣国シュタインベルク公国から、正式な打診が来ている」
その言葉に、私は背筋を正した。
「公国……?」
「ああ。
向こうの公爵――カルヴァス殿が、お前に興味を示している」
……あら。
思ったより、展開が早い。
「条件は政略結婚。
ただし――白い結婚を前提とする、とな」
私は、ゆっくりと頷いた。
恋愛感情を求められない。
後継問題に縛られない。
(……理想的ですわね)
「返事は急がなくていい。
だが、王国に留まるよりは――」
「いいえ、お父様」
私は、はっきりと言った。
「前向きに、検討させてください」
父は、ほんのわずかに目を見開いたあと、静かに頷いた。
「そうか」
父が去ったあと、私は窓辺に立つ。
外は穏やかな夕暮れ。
世界は、何事もなかったかのように回っている。
――でも、私の人生は確実に動き始めていた。
王太子妃候補から、外れた令嬢。
けれどそれは、終わりではない。
(むしろ……始まり、ですわ)
紅茶を一口含み、私は小さく微笑んだ。
次はどんな場所で、どんな人生を歩むのか。
少なくとも、もう誰かの「癒やし役」になるつもりはない。
私は、私の価値を知っている。
――そして、それを正当に評価する場所へ行くだけだ。
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