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第3話 冷徹公爵は、無駄なことを言わない
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第3話 冷徹公爵は、無駄なことを言わない
隣国シュタインベルク公国の首都は、王国とは空気が違った。
無駄がない。
装飾は控えめ。
人の動きも、言葉も、すべてが合理的だ。
馬車の窓から街並みを眺めながら、私は内心で評価を下していた。
(……好きですわ、この国)
感情論より結果。
形式より実務。
少なくとも、私が“可愛げ”を求められて切り捨てられる場所ではなさそうだ。
迎えの馬車が止まったのは、公爵邸の正門前だった。
高い城壁。
過剰な装飾はなく、威圧感だけが静かに存在している。
「セラフィナ・ヴァルシュタイン様、ようこそお越しくださいました」
出迎えたのは、黒髪の壮年の男性――側近のクラウスだった。
視線は鋭いが、礼儀に一切の乱れがない。
「お疲れでしょう。すぐに公爵がお目にかかります」
「ありがとうございます」
案内された応接室は、落ち着いた色調で統一されていた。
豪奢ではないが、質の良さが一目でわかる。
(……無駄がない、徹底して)
ほどなくして、扉が静かに開いた。
「失礼する」
低く、落ち着いた声。
振り返った瞬間、私はその人物を“冷徹”と評した。
高身長。
無駄のない体躯。
表情はほとんど動かず、感情の読めない灰色の瞳。
――カルヴァス・シュタインベルク公爵。
「セラフィナ・ヴァルシュタイン侯爵令嬢。
遠路ご苦労だった」
形式的な挨拶。
だが、その視線は、私を“値踏み”している。
私は立ち上がり、静かに一礼した。
「お招きいただき、光栄です」
数秒の沈黙。
互いに無駄な言葉を探らない、奇妙な間。
先に口を開いたのは、カルヴァスだった。
「結論から言おう。
私は感情的な結婚を望まない」
「存じております」
「政略結婚だ。
条件は白い結婚。互いに干渉しない」
率直すぎるほど率直だ。
私は、思わず内心で頷いた。
(……楽ですわ)
「私に求める役割は、何でしょうか」
私の問いに、カルヴァスは一瞬だけ目を細めた。
「有能な協力者だ」
その一言に、胸の奥がわずかに震えた。
「私の領地経営と外交を、補佐してほしい。
君の経歴は把握している」
資料の束が差し出される。
――私がこれまで関わってきた政務、改革案、数字。
すべて、正確だった。
「……ずいぶん、詳しく調べていらっしゃるのですね」
「必要だからだ」
淡々とした返答。
だが、その言葉に、軽視はなかった。
「完璧すぎる、可愛げがない――そう評されたそうだな」
私は、微かに笑った。
「その通りですわ」
「私は、完璧であることを欠点だとは思わない」
その瞬間。
――胸の奥で、何かが静かにほどけた。
「むしろ、誇るべき長所だ」
それだけ言って、カルヴァスは席に着く。
「婚約破棄についても、こちらでは問題にしない。
君が必要なのは、評価される環境だろう」
……この人。
口数は少ない。
愛想もない。
けれど――
(私を、“正しく”見ている)
私は深く息を吸い、はっきりと答えた。
「条件、承知いたしました。
私も感情的な関係は望んでおりません」
カルヴァスは、ほんのわずかに頷いた。
「なら、話は早い」
その後の打ち合わせは、驚くほど快適だった。
数字の確認。
領地の課題。
改善案。
どれも、感情を挟まず、結果だけを見る。
気づけば、時間はあっという間に過ぎていた。
「……想定以上だ」
打ち合わせの終盤、カルヴァスがぽつりと呟いた。
「何がでしょうか」
「君の分析力だ」
その言葉は、淡々としているのに、やけに重い。
私は、少しだけ目を見開いた。
――褒められた。
真正面から。
理由つきで。
「今夜は、ここに泊まっていけ。
移動は疲れるだろう」
「お気遣い、ありがとうございます」
部屋へ案内される途中、クラウスが小声で囁いた。
「……公爵が、初対面であれほど話すのは珍しい」
「そうなのですか?」
「ええ。
いつもは、必要最低限だけです」
私は、思わず小さく笑った。
(では、相性は悪くないということでしょうか)
部屋の扉が閉まり、私はベッドに腰を下ろす。
今日一日を思い返しながら、紅茶を口に含んだ。
白い結婚。
干渉なし。
合理的な関係。
――理想的なはずなのに。
カルヴァスの最後の視線が、なぜか脳裏に残っていた。
(……溺愛は、まだ先ですわね)
でも。
少なくともここでは、
私は“可愛げ”ではなく、“価値”で見られている。
それだけで、十分すぎるほどだった。
---
隣国シュタインベルク公国の首都は、王国とは空気が違った。
無駄がない。
装飾は控えめ。
人の動きも、言葉も、すべてが合理的だ。
馬車の窓から街並みを眺めながら、私は内心で評価を下していた。
(……好きですわ、この国)
感情論より結果。
形式より実務。
少なくとも、私が“可愛げ”を求められて切り捨てられる場所ではなさそうだ。
迎えの馬車が止まったのは、公爵邸の正門前だった。
高い城壁。
過剰な装飾はなく、威圧感だけが静かに存在している。
「セラフィナ・ヴァルシュタイン様、ようこそお越しくださいました」
出迎えたのは、黒髪の壮年の男性――側近のクラウスだった。
視線は鋭いが、礼儀に一切の乱れがない。
「お疲れでしょう。すぐに公爵がお目にかかります」
「ありがとうございます」
案内された応接室は、落ち着いた色調で統一されていた。
豪奢ではないが、質の良さが一目でわかる。
(……無駄がない、徹底して)
ほどなくして、扉が静かに開いた。
「失礼する」
低く、落ち着いた声。
振り返った瞬間、私はその人物を“冷徹”と評した。
高身長。
無駄のない体躯。
表情はほとんど動かず、感情の読めない灰色の瞳。
――カルヴァス・シュタインベルク公爵。
「セラフィナ・ヴァルシュタイン侯爵令嬢。
遠路ご苦労だった」
形式的な挨拶。
だが、その視線は、私を“値踏み”している。
私は立ち上がり、静かに一礼した。
「お招きいただき、光栄です」
数秒の沈黙。
互いに無駄な言葉を探らない、奇妙な間。
先に口を開いたのは、カルヴァスだった。
「結論から言おう。
私は感情的な結婚を望まない」
「存じております」
「政略結婚だ。
条件は白い結婚。互いに干渉しない」
率直すぎるほど率直だ。
私は、思わず内心で頷いた。
(……楽ですわ)
「私に求める役割は、何でしょうか」
私の問いに、カルヴァスは一瞬だけ目を細めた。
「有能な協力者だ」
その一言に、胸の奥がわずかに震えた。
「私の領地経営と外交を、補佐してほしい。
君の経歴は把握している」
資料の束が差し出される。
――私がこれまで関わってきた政務、改革案、数字。
すべて、正確だった。
「……ずいぶん、詳しく調べていらっしゃるのですね」
「必要だからだ」
淡々とした返答。
だが、その言葉に、軽視はなかった。
「完璧すぎる、可愛げがない――そう評されたそうだな」
私は、微かに笑った。
「その通りですわ」
「私は、完璧であることを欠点だとは思わない」
その瞬間。
――胸の奥で、何かが静かにほどけた。
「むしろ、誇るべき長所だ」
それだけ言って、カルヴァスは席に着く。
「婚約破棄についても、こちらでは問題にしない。
君が必要なのは、評価される環境だろう」
……この人。
口数は少ない。
愛想もない。
けれど――
(私を、“正しく”見ている)
私は深く息を吸い、はっきりと答えた。
「条件、承知いたしました。
私も感情的な関係は望んでおりません」
カルヴァスは、ほんのわずかに頷いた。
「なら、話は早い」
その後の打ち合わせは、驚くほど快適だった。
数字の確認。
領地の課題。
改善案。
どれも、感情を挟まず、結果だけを見る。
気づけば、時間はあっという間に過ぎていた。
「……想定以上だ」
打ち合わせの終盤、カルヴァスがぽつりと呟いた。
「何がでしょうか」
「君の分析力だ」
その言葉は、淡々としているのに、やけに重い。
私は、少しだけ目を見開いた。
――褒められた。
真正面から。
理由つきで。
「今夜は、ここに泊まっていけ。
移動は疲れるだろう」
「お気遣い、ありがとうございます」
部屋へ案内される途中、クラウスが小声で囁いた。
「……公爵が、初対面であれほど話すのは珍しい」
「そうなのですか?」
「ええ。
いつもは、必要最低限だけです」
私は、思わず小さく笑った。
(では、相性は悪くないということでしょうか)
部屋の扉が閉まり、私はベッドに腰を下ろす。
今日一日を思い返しながら、紅茶を口に含んだ。
白い結婚。
干渉なし。
合理的な関係。
――理想的なはずなのに。
カルヴァスの最後の視線が、なぜか脳裏に残っていた。
(……溺愛は、まだ先ですわね)
でも。
少なくともここでは、
私は“可愛げ”ではなく、“価値”で見られている。
それだけで、十分すぎるほどだった。
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