婚約破棄された令嬢は、選ばれる人生をやめました

ふわふわ

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第17話 失敗の理由を、他人に押しつける国

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第17話 失敗の理由を、他人に押しつける国

 王城の会議室は、いつになく騒がしかった。

 怒声、焦り、苛立ち――
 それらが混じり合い、もはや秩序は失われている。

「……このままでは、財政が持たない!」

「交易税の落ち込みが、想定以上だ!」

「なぜ、ここまで事態が悪化した!?」

 重臣たちの声が飛び交う中、王太子アルノルトは沈黙していた。

 机に両手をつき、俯いている。
 その姿は、かつて“強い王太子”と呼ばれた男のものとは思えない。

「殿下」

 宰相が、静かに口を開く。

「議論が拡散しています。
 まずは、原因を整理すべきです」

「原因など、明白だろう」

 アルノルトは顔を上げ、苛立ちを隠さず言い放った。

「シュタインベルク公国だ。
 いや――」

 一瞬、言葉が止まる。

 そして、はっきりと続けた。

「セラフィナ・ヴァルシュタインだ」

 その名が出た瞬間、空気が凍りついた。

「彼女が、公国に渡ったことで、
 我が国の政策は崩れた」

「彼女が、交易路を断ち、
 人材を囲い込んだのだ」

 宰相は、眉をひそめる。

「殿下。それは――」

「事実だ!」

 アルノルトは声を荒げた。

「彼女がいなければ、
 ここまでの混乱は起きなかった!」

 沈黙。

 だが、それは同意ではない。

 恐怖と、諦めの沈黙だ。

「……つまり」

 宰相が、言葉を選びながら続ける。

「失策の責任を、
 彼女個人に帰す、と?」

「当然だ」

 アルノルトは、即答した。

「彼女は、王国の人間だった。
 それが、敵対国に与した」

 “敵対”。

 その表現に、重臣たちの顔色が変わる。

「殿下」

 外交官の一人が、勇気を振り絞って口を挟む。

「それは、外交上、極めて危険な言い回しです。
 公国は、敵対行為を――」

「黙れ!」

 アルノルトは机を叩いた。

「今さら、何を失うという!」

 その言葉で、会議は終わった。

 ――いや、終わってしまった。

 理性が、放棄された瞬間だった。

 その日のうちに、王国は“声明”を発表した。

 内容は、遠回しで、慎重な言葉に包まれていたが、
 本質は一つ。

『現在の経済的混乱は、
 国外へ流出した特定個人の不適切な関与に起因する』

 名は、出ていない。

 だが、誰のことかは明白だった。

 一方、シュタインベルク公国。

 その声明は、翌朝にはセラフィナの机の上に置かれていた。

 彼女は、一読し――
 小さく、息を吐いた。

「……ついに、ここまで来ましたか」

 隣に立つカルヴァスの表情は、冷ややかだった。

「責任転嫁だな」

「ええ」

 セラフィナは、淡々と言う。

「最悪の一手です」

 怒りはない。
 驚きもない。

 ただ、確信が深まっただけだ。

「公国として、反論声明を出しますか?」

 側近の問いに、カルヴァスは首を振った。

「不要だ」

 そして、セラフィナを見る。

「君は、どう思う」

 彼女は、少し考えてから答えた。

「……反論は、彼らを“対等”だと認める行為です」

 静かな声。

「今の王国は、
 すでにその位置にいません」

 その判断は、冷酷だが、正確だった。

「代わりに」

 セラフィナは続ける。

「事実だけを、積み重ねましょう」

 数字。
 成果。
 実績。

 それらは、言葉より雄弁だ。

 その日の午後。

 シュタインベルク公国は、
 新たな交易協定の締結を発表した。

 相手国は三か国。
 いずれも、王国を経由しないルートだ。

 声明は短い。

 感情的な言及も、批判もない。

 ――ただ、“前に進む”という事実だけ。

 王国では、その報を受け、再び混乱が広がった。

「なぜ、声明に反論しない!?」

「無視されている……?」

 宰相は、静かに呟いた。

「……いいえ」

「我々は、
 もはや“相手にされていない”のです」

 アルノルトは、その言葉を理解できなかった。

 理解したくなかった。

 だが、現実は残酷だった。

 責任を押しつけた瞬間、
 王国は“自らの無能さ”を、世界に示してしまったのだ。

 その夜。

 公爵邸の庭で、セラフィナは一人、夜風に当たっていた。

「……後悔は、しますか」

 背後から、カルヴァスの声。

「いいえ」

 彼女は、即答した。

「私が選んだのは、
 責任を引き受けられる場所です」

 カルヴァスは、彼女の隣に立つ。

「王国は、
 責任を引き受けることから、逃げた」

「ええ」

 二人は、しばらく黙って夜空を見上げた。

 星は、変わらず輝いている。

 変わったのは、国の在り方だけだ。

 王国は、失敗の理由を他人に押しつけた。

 その瞬間、
 立て直すための最後の機会も、
 自分で切り捨ててしまったのだ。


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