婚約破棄された令嬢は、選ばれる人生をやめました

ふわふわ

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第18話 信用は、最後に壊れる

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第18話 信用は、最後に壊れる

 信用というものは、不思議なものだ。

 一度や二度の失敗では、完全には失われない。
 言い訳や修正で、まだ取り戻せる余地がある。

 ――だが。

 それを自分で踏み潰した瞬間、
 二度と元の形には戻らない。

 王国が、その一線を越えたのは、
 責任転嫁の声明から、わずか三日後のことだった。

 王城・外交部。

 緊急招集された会議の場で、
 アルノルトは、机の中央に立っていた。

「……諸国の反応が、予想以上に冷たい」

 外交官の報告に、苛立ちが混じる。

「抗議は?」

「ありません」

「支持表明は?」

「……それも、ありません」

 沈黙。

 それは、最悪の答えだった。

 抗議されるなら、まだ相手にされている。
 沈黙は――関心を失われた証だ。

「なぜだ」

 アルノルトは、低く唸る。

「我々は、事実を述べただけだ」

 宰相は、ゆっくりと首を振った。

「いいえ、殿下。
 我々は“事実”ではなく、“感情”を発信しました」

「違う!」

 アルノルトは声を荒げる。

「彼女がいなければ、ここまで――」

「殿下」

 宰相の声は、はっきりしていた。

「諸国が問題視しているのは、
 セラフィナ様の行動ではありません」

 会議室の視線が、宰相に集まる。

「王国が、自国の失策を個人に押しつけたという事実です」

 空気が、凍りついた。

「国家が、自ら選んだ政策の結果を、
 一個人の“裏切り”として処理する」

 宰相は続ける。

「それは、
 “この国は、責任を取らない”
 と宣言したに等しい」

 誰も、反論できなかった。

 だが――アルノルトだけは、違った。

「……だから、どうした」

 彼は、歪んだ笑みを浮かべる。

「王国は、王国だ。
 我々の発言に、従うしかない」

 その言葉を聞いた瞬間、
 宰相は、はっきりと理解した。

(……終わった)

 その日の夕刻。

 王国は、正式な通達を各国へ送付した。

 内容は、さらに踏み込んだものだった。

『シュタインベルク公国の現政策は、
 当王国出身者による情報操作の影響を強く受けている可能性がある。
 各国においては、同公国との協定締結に際し、慎重な判断を求める』

 ――事実上の中傷。

 外交文書として、最悪の選択だった。

 その報せが、
 シュタインベルク公国に届いたのは、翌朝。

 セラフィナは、報告書を読み終えると、
 静かに机に置いた。

「……信用を、捨てましたわね」

 感情は、声に乗らない。

 カルヴァスは、険しい表情で言った。

「これは、越えてはならない線だ」

「ええ」

 セラフィナは、頷く。

「国家が、国家としての言葉を使って、
 責任逃れと中傷を行った」

 彼女は、少し考え、続けた。

「これで、王国は――
 “安全な取引相手”ではなくなりました」

 その判断は、重い。

 だが、誰も異を唱えなかった。

 同日。

 港湾同盟国の一つから、
 公国へ正式な照会が届く。

『王国の通達について、貴国の見解を伺いたい』

 カルヴァスは、返答を任せた。

 セラフィナは、短い文をしたためる。

『当公国の政策立案および実行は、
 すべて公爵家および公国機関の正式な決裁によるものです。
 特定個人による影響や、非公開の介入は存在しません』

 それだけ。

 反論でも、弁明でもない。

 事実の確認だ。

 その文書は、瞬く間に各国へ共有された。

 結果は、明白だった。

 数日以内に、三か国が声明を発表。

『王国の通達は、根拠を欠くものであり、
 当国はこれを考慮しない』

『今後の協定判断は、
 シュタインベルク公国との直接協議に基づく』

 ――王国は、切り捨てられた。

 完全に。

 一方、王城。

 報告を受けたアルノルトは、
 しばらく言葉を失っていた。

「……なぜ、誰も味方しない」

 その問いに、答えはない。

 いや――
 あるが、聞く気がない。

「彼女のせいだ……」

 そう呟く声は、もはや力を失っていた。

 宰相は、静かに告げる。

「殿下。
 これは、彼女の問題ではありません」

「では、何だと言う」

「王国が、
 信用を担保に生きる国家であることを、
 自ら否定した――それだけです」

 その夜。

 シュタインベルク公国の執務室で、
 カルヴァスは、セラフィナに言った。

「王国は、もう戻れない」

「ええ」

 彼女は、淡々と答える。

「信用は、積み上げるのに時間がかかり、
 壊すのは、一瞬ですから」

 カルヴァスは、少しだけ言葉を探し、続けた。

「……君が、矢面に立つ形になった」

「覚悟の上です」

 即答だった。

「私は、
 責任を引き受ける側に立つと、決めました」

 その言葉に、
 カルヴァスは何も言えなくなった。

 王国は、
 失敗を認めなかった。

 だから、
 信用を失った。

 それは、誰かに奪われたものではない。
 自分で、切り捨てたものだ。

 そして今――
 その代償が、
 静かに、確実に、
 王国を締め上げ始めていた。


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