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第九話 王都からの使者
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第九話 王都からの使者
白い砂糖を王宮へ送ってから十日後。
北の領都に、見慣れぬ紋章の馬車が現れた。
王都の使者である。
カフェの前には相変わらず列ができているが、その列の向こうに止まった漆黒の馬車が、場の空気を一変させた。
「王宮より、シュガー・ビート公爵令嬢へ書状」
整った制服の使者が、深く頭を下げる。
私は静かに封蝋を切った。
内容は簡潔だった。
――王宮主催の晩餐会にて、北方産砂糖を用いた菓子を披露されたし。
私は一瞬だけ、目を閉じる。
来た。
王都は、否定ではなく招待を選んだ。
それはすなわち。
認めざるを得ないということ。
家宰が慎重に問う。
「お引き受けになりますか」
「ええ。断る理由がありません」
王都で不可能だったカフェ。
王都の大広間で、北の甘味を出す。
あの婚約破棄が行われた場所で。
因果は、巡る。
準備は即座に始まった。
輸送方法の確保。
湿気対策。
粉の密封。
白砂糖の保護。
幸い、北の乾燥した空気で十分に乾かした砂糖は、安定している。
パンケーキは現地で焼く必要がある。
私は厨房長と共に王都へ同行することを決めた。
王都到着の日。
石畳の街並みは変わらない。
だが人々の視線が違う。
嘲笑ではない。
好奇と警戒。
晩餐会の大広間。
煌びやかな燭台。
豪奢な衣装。
南方産砂糖細工の装飾。
私は静かに一礼する。
かつての婚約者も、そこにいる。
視線が一瞬だけ交わる。
彼の目には、戸惑いがあった。
私は何も言わない。
言葉ではなく、味で答える。
王宮の厨房で、生地を混ぜる。
王都の湿気は高い。
だが私は、乾燥させた粉を持参している。
魔法の粉を加える。
焼く。
ふわり、と膨らむ。
王宮料理人たちがざわめく。
「その粉は何だ?」
「特別な混合粉です」
私は微笑むだけ。
完成した皿を、大広間へ運ぶ。
ふわふわのパンケーキ。
白いてんさい糖を振りかける。
シロップをかける。
王が口に運ぶ。
静寂。
数秒。
「……軽い」
その一言が、全てを決めた。
ざわめきが広がる。
貴族たちが次々に口にする。
「甘い……しかも、上品だ」
「南方産と違いが分からぬ」
私はゆっくりと答える。
「北方の寒冷地で育てたてんさいから作った砂糖でございます」
ざわめきが、一段と大きくなる。
「寒冷地で砂糖?」
「不可能ではなかったのか」
私は静かに告げる。
「王都では不可能でした。条件が揃っておりませんので」
視線が集まる。
「北では、寒さと乾燥が味方します。
天然冷蔵環境。
自給砂糖。
安定した保存」
私は一歩も引かない。
「甘味は、南方だけの特権ではございません」
大広間の空気が、変わる。
王はゆっくりと頷く。
「北の地は、寒く貧しいと聞いていたが……」
「寒さは資源でございます」
沈黙。
そして、王が笑った。
「北のお菓子の国、か」
その言葉が広間に響く。
貴族たちが互いに視線を交わす。
もはや嘲笑はない。
あるのは計算と、羨望。
晩餐会が終わる頃には、数件の打診が届いていた。
製法の共有。
共同事業。
独占契約。
私は全てを持ち帰る。
即答はしない。
甘味の主導権は、北にある。
帰路の馬車で、私は静かに窓の外を見る。
かつて絶望した王都。
今は、驚きに満ちている。
芋女と呼ばれた公爵令嬢は。
王宮で、白い砂糖を振りかけた。
私は小さく呟く。
「大逆転、完了ですわ」
だが物語は、まだ終わらない。
甘味が経済を動かすとき。
次に動くのは、政治。
北のお菓子の国は。
いまや、王都の均衡を揺らし始めていた。
白い砂糖を王宮へ送ってから十日後。
北の領都に、見慣れぬ紋章の馬車が現れた。
王都の使者である。
カフェの前には相変わらず列ができているが、その列の向こうに止まった漆黒の馬車が、場の空気を一変させた。
「王宮より、シュガー・ビート公爵令嬢へ書状」
整った制服の使者が、深く頭を下げる。
私は静かに封蝋を切った。
内容は簡潔だった。
――王宮主催の晩餐会にて、北方産砂糖を用いた菓子を披露されたし。
私は一瞬だけ、目を閉じる。
来た。
王都は、否定ではなく招待を選んだ。
それはすなわち。
認めざるを得ないということ。
家宰が慎重に問う。
「お引き受けになりますか」
「ええ。断る理由がありません」
王都で不可能だったカフェ。
王都の大広間で、北の甘味を出す。
あの婚約破棄が行われた場所で。
因果は、巡る。
準備は即座に始まった。
輸送方法の確保。
湿気対策。
粉の密封。
白砂糖の保護。
幸い、北の乾燥した空気で十分に乾かした砂糖は、安定している。
パンケーキは現地で焼く必要がある。
私は厨房長と共に王都へ同行することを決めた。
王都到着の日。
石畳の街並みは変わらない。
だが人々の視線が違う。
嘲笑ではない。
好奇と警戒。
晩餐会の大広間。
煌びやかな燭台。
豪奢な衣装。
南方産砂糖細工の装飾。
私は静かに一礼する。
かつての婚約者も、そこにいる。
視線が一瞬だけ交わる。
彼の目には、戸惑いがあった。
私は何も言わない。
言葉ではなく、味で答える。
王宮の厨房で、生地を混ぜる。
王都の湿気は高い。
だが私は、乾燥させた粉を持参している。
魔法の粉を加える。
焼く。
ふわり、と膨らむ。
王宮料理人たちがざわめく。
「その粉は何だ?」
「特別な混合粉です」
私は微笑むだけ。
完成した皿を、大広間へ運ぶ。
ふわふわのパンケーキ。
白いてんさい糖を振りかける。
シロップをかける。
王が口に運ぶ。
静寂。
数秒。
「……軽い」
その一言が、全てを決めた。
ざわめきが広がる。
貴族たちが次々に口にする。
「甘い……しかも、上品だ」
「南方産と違いが分からぬ」
私はゆっくりと答える。
「北方の寒冷地で育てたてんさいから作った砂糖でございます」
ざわめきが、一段と大きくなる。
「寒冷地で砂糖?」
「不可能ではなかったのか」
私は静かに告げる。
「王都では不可能でした。条件が揃っておりませんので」
視線が集まる。
「北では、寒さと乾燥が味方します。
天然冷蔵環境。
自給砂糖。
安定した保存」
私は一歩も引かない。
「甘味は、南方だけの特権ではございません」
大広間の空気が、変わる。
王はゆっくりと頷く。
「北の地は、寒く貧しいと聞いていたが……」
「寒さは資源でございます」
沈黙。
そして、王が笑った。
「北のお菓子の国、か」
その言葉が広間に響く。
貴族たちが互いに視線を交わす。
もはや嘲笑はない。
あるのは計算と、羨望。
晩餐会が終わる頃には、数件の打診が届いていた。
製法の共有。
共同事業。
独占契約。
私は全てを持ち帰る。
即答はしない。
甘味の主導権は、北にある。
帰路の馬車で、私は静かに窓の外を見る。
かつて絶望した王都。
今は、驚きに満ちている。
芋女と呼ばれた公爵令嬢は。
王宮で、白い砂糖を振りかけた。
私は小さく呟く。
「大逆転、完了ですわ」
だが物語は、まだ終わらない。
甘味が経済を動かすとき。
次に動くのは、政治。
北のお菓子の国は。
いまや、王都の均衡を揺らし始めていた。
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