婚約破棄された芋女ですが、北で砂糖を作ったら王国が甘くなりました

ふわふわ

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第十話 甘味戦争の幕開け

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第十話 甘味戦争の幕開け

 王宮晩餐会の翌週。

 北へ戻った私を待っていたのは、祝福ではなかった。

「王都商人ギルドより書状です」

 家宰が差し出した封書には、重々しい印章が押されている。

 私は内容を読んで、静かに笑った。

 ――北方産砂糖は従来の南方輸入契約を脅かす恐れがある。製造量の制限と王都流通の調整を求める。

 要するに。

 「儲けすぎるな」ということ。

 甘味は嗜好品。

 だが同時に、利権。

 南方との長年の取引で成り立ってきた砂糖市場に、北が割り込んだ。

 それが気に入らないのだろう。

「予想通りですわね」

「どうなさいますか」

「制限? いたしません」

 私は即答する。

 砂糖は北の畑で育つ。

 誰の許可もいらない。

 だが問題は別にある。

 ギルドは商売で負けると、規則を持ち出す。

 薬品扱いだの、衛生基準だの。

 あの魔法の粉――ベイキングパウダーも標的になる可能性がある。

 実際、王都では早くも噂が広がっていた。

「北の粉は怪しい」

「魔法薬ではないか」

「人体に害があるのでは」

 硬いパンしか知らない世界に、ふわふわは衝撃だった。

 理解できないものは、恐れられる。

 私はすぐに対策を講じた。

 製造工程の公開。

 材料の説明。

 重曹。
 酒石酸。
 でんぷん。

 どれも、特別な魔法ではない。

 むしろ現代より純粋で安全。

 透明性は武器だ。

 一方で、別の動きもあった。

 北の砂糖を使った菓子が、王都で流行り始めている。

 密かに。

 王宮料理人が真似をしたのだ。

 王妃のお茶会で、北風パンケーキが出されたと聞く。

 貴族たちは舌で判断する。

 理屈より味。

 甘味戦争は、始まったばかり。

 数日後。

 王都から再び使者が訪れた。

 だが今度は王宮ではない。

 商人ギルドの代表。

 豪奢な外套を纏った中年男が、冷たい目で言う。

「公爵令嬢。北方砂糖の王都独占権を我々にお譲りいただければ、相応の対価を」

「お断りいたします」

 私は即答した。

 男の眉がわずかに動く。

「市場は調和が必要です。供給が急増すれば価格が崩れます」

「庶民が甘味を買えるようになりますわね」

 沈黙。

 甘味が貴族だけのものだった世界。

 私はそこを壊している。

「南方との外交にも影響が出ますぞ」

「寒冷地で砂糖を作ることが、なぜ外交問題になるのでしょう」

 男は言葉を詰まらせた。

 私は微笑む。

「北は独立した経済圏を築きます」

 彼は去った。

 脅しはこれからだろう。

 だが私は怖れない。

 砂糖で得た莫大な収益は、すでに領地を変え始めている。

 道路整備。
 水路改修。
 学校設立。

 北の民は、潤っている。

 農民が誇らしげに言う。

「俺たちの畑が、王都を驚かせた」

 その笑顔が、最大の武器。

 夜。

 私はカフェの窓辺に立つ。

 店内は暖かい。

 外は凍てつく北風。

 だがこの寒さこそ、私の味方。

 天然冷蔵庫環境。

 低湿度。

 保存性。

 王都が持たない条件。

 絶望したあの日。

 カフェは不可能だと思った。

 砂糖は高すぎる。
 蜂蜜は貴族専用。
 牛乳は腐る。
 果実は酸っぱい。

 だが。

 条件を変えれば、世界は変わる。

 私は小さく息を吐く。

 甘味は嗜好品ではない。

 産業。

 政治。

 力。

 シュガー・ビート公爵令嬢。

 芋女と蔑まれた名が。

 今や経済を揺らす。

 甘味戦争は、まだ序章。

 次に動くのは、王太子か。

 それとも南方か。

 私は静かに笑った。

「さて……第二幕ですわね」
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