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第十一話 南方からの影
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第十一話 南方からの影
甘味戦争の火種は、思っていたより早く燃え広がった。
王都商人ギルドとの交渉決裂から二週間後。
北へ、異国風の装束を纏った一団が現れた。
南方商会の代表者。
香料と砂糖を長年王都へ供給してきた、大陸屈指の交易商である。
彼らは北の寒風に顔をしかめながらも、礼儀正しく私の前に立った。
「シュガー・ビート公爵令嬢殿。南方より正式な申し入れに参りました」
声音は柔らかいが、背後にあるのは巨額の利権。
私は応接間で静かに茶を差し出す。
もちろん、北の白砂糖入りだ。
代表者は一口飲み、わずかに目を細めた。
「……見事です」
「ありがとうございます」
「ですが、困ります」
やはりそこに辿り着く。
南方の砂糖は、海を越え、砂漠を越え、長い交易路を経て王都へ届く。
その輸送費、護衛費、関税。
全てが価格を押し上げている。
それが今、北の畑から直接供給される。
価格は半分以下。
品質は同等。
脅威以外の何物でもない。
「北の砂糖は、我々の契約網を崩します」
「市場が広がるだけでは?」
「価格が下がれば、南方の農園は立ち行きません」
私は沈黙する。
これは単なる商売ではない。
国際問題だ。
だが。
「南方の気候では、てんさいは育ちませんわ」
「……」
「そして北では、甘蔗は育ちません」
土地には適性がある。
私が奪ったのは、南方の砂糖ではない。
“独占”だ。
代表者は深く息を吐いた。
「では、共存の道を探りましょう」
ようやく建設的な言葉。
私は頷く。
「南方は高級砂糖細工。北は日常甘味。住み分けはいかがです?」
南方産は依然として高級ブランド。
北産は量産と価格競争力。
彼は考え込む。
完全排除より、共存。
それが最も損失が少ない。
交渉は数時間に及んだ。
最終的に。
南方は北の砂糖を敵視しない代わりに、
北は南方ブランドを否定しない。
そして王都での価格破壊は段階的に行う。
合意。
私は内心で安堵する。
戦争ではなく、調整。
甘味が血を流さずに済む。
だが問題はまだある。
王太子だ。
かつて私を「あんな芋女」と蔑んだ人物。
彼は今、どう動くのか。
噂によれば、王太子派の貴族は焦っているという。
北の台頭は、政治勢力図を変える。
領地収入が増えれば、発言力も増す。
北はもはや辺境ではない。
北は資源地。
甘味の供給地。
夜、私はカフェの二階で帳簿を見つめる。
砂糖収益は、昨年の三倍。
道路整備が進み、
学校建設も始まった。
民の生活水準が上がる。
甘味は経済を回す。
ふと窓の外を見る。
凍てつく夜空。
星が鋭く輝く。
湿度は低い。
粉は安定する。
牛乳も、冬は長く持つ。
北の地は、奇跡ではなく理屈で有利だった。
絶望から始まった。
砂糖が高すぎる。
蜂蜜も買えない。
果実は酸っぱい。
カフェは不可能。
だが。
不可能は、条件が違っただけ。
私は静かに微笑む。
「北のお菓子の国、ですか」
王宮で言われた言葉。
それはもはや冗談ではない。
子どもたちが、安価な甘味を買える。
農民が、誇りを持てる。
領地が豊かになる。
甘味革命は、北を変えた。
だが政治は甘くない。
王太子が動けば、波乱は避けられない。
私は帳簿を閉じる。
第二幕は、経済から政治へ。
甘味の次は、権力。
シュガー・ビート公爵令嬢。
その名は、いまや国を動かす位置にある。
私は静かに呟く。
「さて……来なさいませ」
北の寒風は、私の味方だ。
次の嵐も、きっと乗り越える。
甘味戦争の火種は、思っていたより早く燃え広がった。
王都商人ギルドとの交渉決裂から二週間後。
北へ、異国風の装束を纏った一団が現れた。
南方商会の代表者。
香料と砂糖を長年王都へ供給してきた、大陸屈指の交易商である。
彼らは北の寒風に顔をしかめながらも、礼儀正しく私の前に立った。
「シュガー・ビート公爵令嬢殿。南方より正式な申し入れに参りました」
声音は柔らかいが、背後にあるのは巨額の利権。
私は応接間で静かに茶を差し出す。
もちろん、北の白砂糖入りだ。
代表者は一口飲み、わずかに目を細めた。
「……見事です」
「ありがとうございます」
「ですが、困ります」
やはりそこに辿り着く。
南方の砂糖は、海を越え、砂漠を越え、長い交易路を経て王都へ届く。
その輸送費、護衛費、関税。
全てが価格を押し上げている。
それが今、北の畑から直接供給される。
価格は半分以下。
品質は同等。
脅威以外の何物でもない。
「北の砂糖は、我々の契約網を崩します」
「市場が広がるだけでは?」
「価格が下がれば、南方の農園は立ち行きません」
私は沈黙する。
これは単なる商売ではない。
国際問題だ。
だが。
「南方の気候では、てんさいは育ちませんわ」
「……」
「そして北では、甘蔗は育ちません」
土地には適性がある。
私が奪ったのは、南方の砂糖ではない。
“独占”だ。
代表者は深く息を吐いた。
「では、共存の道を探りましょう」
ようやく建設的な言葉。
私は頷く。
「南方は高級砂糖細工。北は日常甘味。住み分けはいかがです?」
南方産は依然として高級ブランド。
北産は量産と価格競争力。
彼は考え込む。
完全排除より、共存。
それが最も損失が少ない。
交渉は数時間に及んだ。
最終的に。
南方は北の砂糖を敵視しない代わりに、
北は南方ブランドを否定しない。
そして王都での価格破壊は段階的に行う。
合意。
私は内心で安堵する。
戦争ではなく、調整。
甘味が血を流さずに済む。
だが問題はまだある。
王太子だ。
かつて私を「あんな芋女」と蔑んだ人物。
彼は今、どう動くのか。
噂によれば、王太子派の貴族は焦っているという。
北の台頭は、政治勢力図を変える。
領地収入が増えれば、発言力も増す。
北はもはや辺境ではない。
北は資源地。
甘味の供給地。
夜、私はカフェの二階で帳簿を見つめる。
砂糖収益は、昨年の三倍。
道路整備が進み、
学校建設も始まった。
民の生活水準が上がる。
甘味は経済を回す。
ふと窓の外を見る。
凍てつく夜空。
星が鋭く輝く。
湿度は低い。
粉は安定する。
牛乳も、冬は長く持つ。
北の地は、奇跡ではなく理屈で有利だった。
絶望から始まった。
砂糖が高すぎる。
蜂蜜も買えない。
果実は酸っぱい。
カフェは不可能。
だが。
不可能は、条件が違っただけ。
私は静かに微笑む。
「北のお菓子の国、ですか」
王宮で言われた言葉。
それはもはや冗談ではない。
子どもたちが、安価な甘味を買える。
農民が、誇りを持てる。
領地が豊かになる。
甘味革命は、北を変えた。
だが政治は甘くない。
王太子が動けば、波乱は避けられない。
私は帳簿を閉じる。
第二幕は、経済から政治へ。
甘味の次は、権力。
シュガー・ビート公爵令嬢。
その名は、いまや国を動かす位置にある。
私は静かに呟く。
「さて……来なさいませ」
北の寒風は、私の味方だ。
次の嵐も、きっと乗り越える。
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