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第十二話 王都、揺れる
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第十二話 王都、揺れる
王都は、甘い香りに包まれていた。
いや、正確には――“包まれていると錯覚していた”。
北から届いた白砂糖は、当初こそ物珍しさで歓迎されたが、いまや日常に溶け込み始めている。菓子職人は競うように新作を生み出し、茶会では砂糖壺が堂々と卓上に置かれるようになった。
それは、静かな革命だった。
けれど、王宮の空気は甘くない。
謁見の間で、王太子は苛立ちを隠さなかった。
「北の税収が急増しているだと?」
財務官が額に汗を浮かべる。
「は、はい。砂糖精製工房の利益により、昨年比で三倍……いえ、今期はさらに増加が見込まれます」
「馬鹿な。あんな芋女が……」
その言葉に、側近たちの視線がわずかに揺れた。
かつて婚約者だった公爵令嬢。
北へ追いやられたはずの存在。
だが、彼女は敗者ではなかった。
王都の市場価格が下がったことで、庶民の消費は活発化している。菓子屋は繁盛し、茶葉の売上も増加。結果として、王都商人の総利益は落ちていない。
――だが、独占は崩れた。
それが気に入らない者たちがいる。
商人ギルドは、王太子へ嘆願を出した。
「北の砂糖は市場を乱す危険な品です。専売制を敷くべきかと」
財務官は慎重に反論する。
「しかし専売にすれば、王家が買い取る資金が必要です。現在の財政では……」
王太子は歯噛みする。
専売にすれば支配できる。
だが、買い上げる余力がない。
北はすでに現金を持っている。
そこが痛い。
一方その頃。
北の街は活気に満ちていた。
砂糖精製塔から立ち上る蒸気。
乾燥室で静かに結晶化する白い粒。
農民はてんさいを誇らしげに積み上げる。
「公爵令嬢様のおかげで、今年は暖炉を新しくできた」
「娘を学校へ通わせられる」
笑顔が増えた。
私は視察の途中で足を止める。
甘い匂い。
パンケーキの焼ける音。
カフェには行列ができている。
硬い黒パンしか知らなかった旅人が、
ふわふわの一枚に驚愕する。
「……こんな柔らかいものが」
ベイキングパウダーは静かに革命を起こしていた。
卵を何時間も泡立てる必要はない。
湿度が低い北では粉の保存も容易。
天然の冷涼気候は乳製品の劣化を遅らせる。
ここは、理にかなった菓子の地だった。
私はふと空を見上げる。
青い。澄んでいる。
王都では湿気で粉が固まりやすい。
夏は牛乳がすぐ腐る。
北は逆だ。
寒さが味方をする。
「絶望は、視点の欠如でしたわね」
私は微笑む。
王都では不可能。
北では可能。
条件が違うだけ。
だが、問題は次の段階に移っていた。
数日後、王都から正式な使者が到着する。
王家の紋章入り封書。
内容は――
「王都にて、北産砂糖の品質確認および製造技術公開を求む」
公開。
つまり、技術開示。
実質的な圧力だ。
精製工程、結晶化技術、乾燥管理。
それらが王都へ流れれば、優位性は薄れる。
私は執務室で静かに考える。
拒否すれば対立。
応じれば模倣。
だが。
技術は真似できても、土地は真似できない。
寒冷な気候。
低湿度。
てんさい栽培に適した土壌。
そして。
この地の民の結束。
「公開いたしましょう」
側近が驚く。
「よろしいのですか?」
「ええ。ただし“全部”ではありません」
工程の基礎は見せる。
だが効率化の核心は伏せる。
そして、王都で再現できない理由を、
自然に理解させる。
王太子は技術を奪えると思うだろう。
だが気候までは奪えない。
数日後。
私は王都へ向かう馬車に乗る。
久しぶりの王宮。
甘い香りが漂う市場。
けれど、空気は張り詰めている。
王太子は私を見下ろすように言った。
「随分と繁盛しているそうだな」
「おかげさまで」
「技術を王家管理下に置くのが国益だと思わぬか?」
私は静かに返す。
「国益とは、誰の利益でございましょう?」
一瞬、空気が凍る。
甘味革命は、経済を動かした。
いま、それは政治を揺らす。
王都は揺れている。
甘いはずの砂糖が、
苦い対立を生む。
だが私は退かない。
ここまで築いたのは、
奇跡ではなく計算。
北のお菓子の国は、
もう夢ではない。
そして王太子は気づいていない。
彼が手放した婚約者は、
“王妃候補”ではなく――
国家財政を動かす存在だったことに。
王都は、甘い香りに包まれていた。
いや、正確には――“包まれていると錯覚していた”。
北から届いた白砂糖は、当初こそ物珍しさで歓迎されたが、いまや日常に溶け込み始めている。菓子職人は競うように新作を生み出し、茶会では砂糖壺が堂々と卓上に置かれるようになった。
それは、静かな革命だった。
けれど、王宮の空気は甘くない。
謁見の間で、王太子は苛立ちを隠さなかった。
「北の税収が急増しているだと?」
財務官が額に汗を浮かべる。
「は、はい。砂糖精製工房の利益により、昨年比で三倍……いえ、今期はさらに増加が見込まれます」
「馬鹿な。あんな芋女が……」
その言葉に、側近たちの視線がわずかに揺れた。
かつて婚約者だった公爵令嬢。
北へ追いやられたはずの存在。
だが、彼女は敗者ではなかった。
王都の市場価格が下がったことで、庶民の消費は活発化している。菓子屋は繁盛し、茶葉の売上も増加。結果として、王都商人の総利益は落ちていない。
――だが、独占は崩れた。
それが気に入らない者たちがいる。
商人ギルドは、王太子へ嘆願を出した。
「北の砂糖は市場を乱す危険な品です。専売制を敷くべきかと」
財務官は慎重に反論する。
「しかし専売にすれば、王家が買い取る資金が必要です。現在の財政では……」
王太子は歯噛みする。
専売にすれば支配できる。
だが、買い上げる余力がない。
北はすでに現金を持っている。
そこが痛い。
一方その頃。
北の街は活気に満ちていた。
砂糖精製塔から立ち上る蒸気。
乾燥室で静かに結晶化する白い粒。
農民はてんさいを誇らしげに積み上げる。
「公爵令嬢様のおかげで、今年は暖炉を新しくできた」
「娘を学校へ通わせられる」
笑顔が増えた。
私は視察の途中で足を止める。
甘い匂い。
パンケーキの焼ける音。
カフェには行列ができている。
硬い黒パンしか知らなかった旅人が、
ふわふわの一枚に驚愕する。
「……こんな柔らかいものが」
ベイキングパウダーは静かに革命を起こしていた。
卵を何時間も泡立てる必要はない。
湿度が低い北では粉の保存も容易。
天然の冷涼気候は乳製品の劣化を遅らせる。
ここは、理にかなった菓子の地だった。
私はふと空を見上げる。
青い。澄んでいる。
王都では湿気で粉が固まりやすい。
夏は牛乳がすぐ腐る。
北は逆だ。
寒さが味方をする。
「絶望は、視点の欠如でしたわね」
私は微笑む。
王都では不可能。
北では可能。
条件が違うだけ。
だが、問題は次の段階に移っていた。
数日後、王都から正式な使者が到着する。
王家の紋章入り封書。
内容は――
「王都にて、北産砂糖の品質確認および製造技術公開を求む」
公開。
つまり、技術開示。
実質的な圧力だ。
精製工程、結晶化技術、乾燥管理。
それらが王都へ流れれば、優位性は薄れる。
私は執務室で静かに考える。
拒否すれば対立。
応じれば模倣。
だが。
技術は真似できても、土地は真似できない。
寒冷な気候。
低湿度。
てんさい栽培に適した土壌。
そして。
この地の民の結束。
「公開いたしましょう」
側近が驚く。
「よろしいのですか?」
「ええ。ただし“全部”ではありません」
工程の基礎は見せる。
だが効率化の核心は伏せる。
そして、王都で再現できない理由を、
自然に理解させる。
王太子は技術を奪えると思うだろう。
だが気候までは奪えない。
数日後。
私は王都へ向かう馬車に乗る。
久しぶりの王宮。
甘い香りが漂う市場。
けれど、空気は張り詰めている。
王太子は私を見下ろすように言った。
「随分と繁盛しているそうだな」
「おかげさまで」
「技術を王家管理下に置くのが国益だと思わぬか?」
私は静かに返す。
「国益とは、誰の利益でございましょう?」
一瞬、空気が凍る。
甘味革命は、経済を動かした。
いま、それは政治を揺らす。
王都は揺れている。
甘いはずの砂糖が、
苦い対立を生む。
だが私は退かない。
ここまで築いたのは、
奇跡ではなく計算。
北のお菓子の国は、
もう夢ではない。
そして王太子は気づいていない。
彼が手放した婚約者は、
“王妃候補”ではなく――
国家財政を動かす存在だったことに。
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