婚約破棄されたのでサブスク聖女始めました ―平民がダメ?なら侯爵令嬢にしますが、だから何?―

ふわふわ

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第5話 王宮がブラックだと気づいた日

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第5話 王宮がブラックだと気づいた日

 

 王宮からの呼び出しが、ぱたりと止んだ。

 それ自体は喜ばしい。
 喜ばしい、はずなのに――私は朝の光が差し込む自室で、なんとなく落ち着かない気分を抱えていた。

「……静かすぎない?」

 独り言が、やけに響く。

 婚約破棄の直後から、あれだけ頻繁だった使者も、執務官の視線も、今日に限って見当たらない。
 嵐の前の静けさ、というやつだろうか。

 私はベッドの端に腰掛け、指先でシーツをつまんだ。

 考えてみれば、王宮の“聖女運用”は、最初からおかしかった。

 怪我人が出れば即呼び出し。
 疫病の兆しがあれば、昼夜を問わず対応。
 平穏な日でも、王宮常駐。
 理由はいつも同じ――「万一に備えて」。

「……それ、万一じゃなくて常態だよね」

 前世で働いていた職場を思い出して、苦笑が漏れる。
 善意と使命感を盾に、際限なく時間を奪うやり方。
 しかも、それを“名誉”で包み込む。

 私は立ち上がり、窓辺へ歩いた。

 庭園の向こうに見える王宮の塔は、今日も変わらず荘厳だ。
 でも、あそこに長時間拘束される自分を想像すると、背中がぞわりとする。

 ――ああ、これ、完全にブラックだ。

 ようやく腑に落ちた。

 聖女だから。
 国のためだから。
 そう言われ続けて、疑うことすらしなかった。

 でも、婚約が解消された瞬間、ふと気づいたのだ。
 私は“聖女”である前に、“個人”だったと。

 その日の午後、久しぶりに王宮から使者が来た。

「シャマル様、国王陛下より……」

「今は無理」

 反射的に言ってしまった。

 使者が目を丸くする。

「……え?」

「今、特に緊急事態じゃないでしょ?」
「急患が出たら呼んで。そうじゃないなら、今日は私用」

 言い切ったあとで、少しだけ間を置く。

「それと、呼ぶなら事前に時間と内容、教えてね。
 拘束時間、計算するから」

 使者は完全に固まっていた。
 無理もない。
 聖女が“時間を計算する”など、前例がないのだろう。

 私はにっこりもしなかったし、怒りもしなかった。
 ただ、事務的に伝えただけだ。

 使者が去ったあと、侍女が恐る恐る口を開く。

「……よろしかったのですか?」

「うん。だって事実だし」

 私は肩をすくめた。

「それにね。
 王宮が私を必要としてるのは分かるけど、
 私が王宮に人生を預ける義務はない」

 その夜、王宮内部では小さな混乱が起きていたらしい。

 “聖女がすぐ来ない”
 “常駐していない”
 それだけで、想像以上に現場が慌てたという話を、後日ウィットンから聞いた。

「笑えるよな。
 今まで、聖女がいる前提で全部回してたんだぜ」

 彼は酒杯を揺らしながら、楽しそうに言った。

「バックアップ、ゼロ。
 完全に属人化。
 それで『国の柱』とか言ってたんだから」

「うわ……」

 私は思わず顔をしかめた。

「それ、崩れる前提のシステムじゃん」

「だろ?」

 ウィットンは笑った。

 その瞬間、私は確信した。

 私が今やっているのは、反抗でもわがままでもない。
 ただの是正だ。

 無理な運用を、無理だと言っているだけ。
 それを拒否と受け取るなら、最初から歪んでいる。

「……よし」

 私は小さく息を吐いた。

「なら、なおさら安定した形にしないとね」

 聖女の力は、国を救う。
 でも、私の生活を犠牲にする理由にはならない。

 王宮がブラックだと気づいた日。
 それは同時に、私が“戻らない”と決めた日でもあった。
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