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第4話 王家の威信と、誰の人生か
しおりを挟むその日の王宮は、朝から空気が重かった。
国王の執務室。
重厚な机の前に立つ王太子ステルヴィオ・アルファロメオは、表向きはいつも通りの姿勢を保っていたが、内心では面倒な予感を拭えずにいた。
「婚約破棄など、勝手な真似をしおって……」
国王は、机を指で叩きながら不機嫌そうに言った。
「聞けば、お前の意中の娘とやらは平民ではないか!
そんな相手との婚約など、許せるわけがなかろう!」
怒声は、部屋の壁に反響する。
――やっぱり、そこか。
ステルヴィオは内心でため息をつきつつ、表情には出さずに答えた。
「とは言われましても……」
「すでに公の場で婚約破棄を宣言してしまいました」
国王が睨みつける。
「だからどうした」
「これを覆せば、それこそ王家の威信を傷つける行為ではありませんか?」
静かな指摘だったが、内容は鋭い。
婚約破棄は、王太子自らが公言した事実だ。
それをなかったことにするなど、「王家の発言は軽い」と認めるに等しい。
国王は、しばし黙り込んだ。
「……ならば、あの聖女と再び婚約させればよい」
出てきた結論に、ステルヴィオは一瞬だけ目を伏せた。
「それは……」
「一度捨てた相手を、都合よく戻す形になりますが」
国王の眉が吊り上がる。
「国のためだ。
聖女が王家に協力するのは当然だろう」
その言葉を聞いた瞬間、ステルヴィオの脳裏に、ある声音がよぎった。
――国のためって、便利な言葉だよね。
シャマルの、あの軽い口調。
なのに、妙に的確な言葉。
「父上」
ステルヴィオは、慎重に言葉を選んだ。
「その話には、シャマルの同意が必要です」
「同意?」
国王は、心底意外そうな顔をした。
「婚約とは、協力関係でしょう」
「片方が一方的に決めるものではありません」
それは、シャマルが父親に言ったのと、ほとんど同じ理屈だった。
国王は、鼻で笑う。
「聖女が条件をつけるとでも?」
――つける。確実に。
ステルヴィオは、心の中でそう答えた。
「……彼女は、すでに条件を提示しています」
「何?」
「非常勤。呼び出し制。
拘束時間は時給換算。王宮常駐はなし」
一つひとつ並べるたびに、国王の顔色が変わっていく。
「ば、馬鹿な……」
「それが飲めないなら、婚約はしないと」
国王は、言葉を失った。
聖女を失う選択肢など、今まで考えたこともなかったのだろう。
それが、突然“選べない選択肢”として突きつけられた。
「……あの娘は」
国王は、低く唸った。
「随分と、変わったな」
ステルヴィオは、心の中で首を振る。
変わったのではない。
最初から、ああだったのだ。
ただ、周囲が見ようとしなかっただけで。
「父上」
「強引に押せば、事態は悪化します」
「……」
「彼女は、命令で動く人間ではありません」
それは、王太子としてではなく、一人の人間としての実感だった。
国王は、しばらく黙り込んだまま、窓の外を見つめていた。
王宮の庭では、風に揺れる木々が静かに葉を鳴らしている。
「……考える時間が必要だ」
ようやく出たその言葉に、ステルヴィオは一礼した。
「承知しました」
部屋を出たあと、彼は小さく息を吐いた。
「……影響、受けすぎかな」
自嘲気味に呟きながらも、なぜか嫌な気はしなかった。
あの聖女は、国を救う。
でも同時に、自分の人生も守ろうとしている。
――それを、間違いだとは、もう言えなかった。
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