ざこてん〜初期雑魚モンスターに転生した俺は、勇者にテイムしてもらう〜

キノア9g

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第4話:限界と決死の覚悟

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 「調子に乗るなよ、俺」

 それは、営業マン時代の俺が、契約が連続で取れて浮かれていた時によく自分に言い聞かせていた言葉だ。

 最近の俺は、少し調子に乗っていたかもしれない。
 勇者アレクセイとの距離が縮まり、夜は抱き枕として重宝され、昼は索敵係としてそこそこ役に立っている。
 「最強の勇者の相棒」というポジションに、あろうことか居心地の良さを感じ始めていた。

 だが、現実はいつだって非情だ。
 俺は思い出さなければならなかった。
 ここが、いつ死んでもおかしくない魔境であり、俺がHP一桁の雑魚モンスターであるという絶対的な事実を。


 ◇◇◇

 場所は、地下迷宮の深層エリア。
 俺たちが対峙していたのは、想定外の強敵――『双頭の邪竜(ツイン・バジリスク)』だった。

「シャアアアアアッ!!」

 二つの頭を持つ巨大な蛇が、鎌首をもたげて威嚇音を鳴らす。
 本来なら、アレクセイにとっては敵ではない相手だ。
 だが、今回は状況が悪すぎた。
 狭い通路での遭遇。そして、不意打ちで放たれた『石化の邪眼』。

「……くっ、動、く……な……ッ!」

 アレクセイが膝をつき、剣を杖にして身体を支えている。
 彼の足元から腰にかけて、皮膚が灰色に変色し、石化が進行していた。
 完全な石化ではないが、筋肉が硬直して動けない。
 万能薬(パナケイア)は、アレクセイの腰のポーチに入っている。だが、彼の手は震えてポーチを開けられない。

 バジリスクの二つの頭が、動けない獲物を見て下卑た笑みを浮かべたように見えた。
 右の頭が大きく口を開ける。
 狙いは、アレクセイの無防備な首筋。

(やられる!)

 俺の思考より先に、身体が弾けた。
 俺はアレクセイの肩から飛び降り、予備のポーションを取り出そうとした――が、間に合わない。
 あの牙がアレクセイに届くほうが早い。

 どうする? どうすればいい?
 俺には剣がない。魔法もない。
 あるのは、逃げ足と、この小さな体だけ。

 ――なら、使い道は一つだ。

「キュイイイイイッ!!(こっちだボケ爬虫類ッ!!)」

 俺は金切り声を上げながら、バジリスクの鼻先へと特攻した。
 攻撃ではない。ただの挑発だ。
 自分より遥かに格下の、虫けらのようなウサギが目の前をチョロチョロする。
 捕食者にとって、それは最大の「煽り」になる。

「シャッ!?」

 狙い通り、バジリスクの注意が俺に向いた。
 迫りくる毒牙。
 俺は自慢の脚力で、壁を蹴り、天井を蹴り、必死に回避運動を続ける。

(時間稼ぎだ! アレクセイが麻痺をねじ伏せるまでの、数秒を稼げ!)

 だが、相手は深層の魔物。
 右の頭を避けた瞬間、死角にあった左の頭が、ムチのようにしなった。

 ドガッ!!

 鈍い音がして、世界が回転した。
 回避しきれなかった。
 丸太のような尾の一撃が、俺の横腹を直撃したのだ。

「きゅ……っ、ふ……」

 俺の体はボロ雑巾のように吹き飛ばされ、岩壁に叩きつけられた。
 肺の中の空気がすべて吐き出される。
 痛い、という感覚すらない。熱い。全身が焼け付くように熱い。
 骨が数本、いやもっと折れている。内臓もやられたかもしれない。

「ノワールッ!!!!」

 アレクセイの絶叫が聞こえた。
 その声には、俺が今まで聞いたこともないような、張り裂けんばかりの悲痛さが滲んでいた。

 俺は薄く目を開けた。
 霞む視界の先。
 怒りで血管が切れそうな形相のアレクセイが、石化の呪いを気合だけで強引に解除し、立ち上がるところだった。

「貴様ぁぁぁぁぁぁッ!!」

 閃光。
 それは剣技と呼ぶにはあまりにも暴力的だった。
 アレクセイの大剣が、バジリスクの二つの頭を同時に、根元から吹き飛ばした。
 断末魔を上げる暇もなく、魔物は肉塊へと変わる。

 戦闘終了。
 だが、俺の意識は急速に闇へと沈んでいこうとしていた。


 ◇◇◇

「ノワール! しっかりしろ! 目を開けろ!」

 体が揺すられる。
 アレクセイが俺を抱き上げ、必死に呼びかけている。
 彼の美しい顔が、涙と返り血でぐちゃぐちゃだ。

「回復魔法……いや、ポーションだ! 飲めるか!?」

 口元に瓶が押し当てられるが、飲み込む力が入らない。
 液が口の端から溢れていく。

(ああ……もったいない。高いのに)

 そんな場違いな感想が浮かぶほど、俺の思考は冷えていた。
 自分のHPバーが見えるとしたら、きっと残りは「1」だ。
 社畜時代、何度も「死ぬほど働いた」と思ったが、本当に死ぬ時は意外とあっけないものだ。

 ……悔しいな。

 ふと、そんな感情が湧き上がってきた。
 死ぬのが怖いんじゃない。
 自分の無力さが、どうしようもなく悔しい。

 俺がもっと強ければ。
 ただ逃げ回るだけのウサギじゃなくて、剣を握れる腕があれば。
 彼と背中合わせで戦える力があれば、こんな無様なことにはならなかった。

 アレクセイの腕は温かい。
 でも、俺はこのまま冷たい死体になって、彼にトラウマを植え付けて終わるのか?
 「やっぱり誰も守れない」と、彼をまた孤独の闇に突き落とすのか?

(ふざけるな……)

 そんな「バッドエンド」は、認めない。
 俺はこいつの従魔だ。契約期間はまだ残ってる。
 勝手に退職(死)なんて、社会人として許されるわけがない!

(力が……欲しい)

 ウサギの体じゃダメだ。
 もっと頑丈で、もっと器用で、もっと強い器が。
 彼の隣に立っても恥ずかしくない、対等な姿が欲しい!

「死ぬな……頼む、逝かないでくれ……!」

 アレクセイの声が震えている。
 彼の掌から、膨大な魔力が溢れ出した。
 回復手段がないと悟った彼が、自身の生命力とも言える魔力を、無理やり俺に注ぎ込もうとしているのだ。

「俺の魔力をやる。全部やるから……!」

 無茶だ。そんなことをすれば、彼自身が魔力欠乏で倒れてしまう。
 でも、止まらない。
 濁流のような魔力が、俺の小さな体にねじ込まれる。
 痛い。熱い。
 細胞の一つ一つが無理やり活性化させられ、作り変えられていくような激痛。

 ――進化条件を満たしました。
 ――マスターからの『過剰な愛(魔力)』を受理。
 ――ユニーク進化ルート『シャドウ・バニー』および『人化』を開放します。

 脳内で、無機質なアナウンスが響いた気がした。
 体の中の「器」が割れる音がする。
 俺の意識は、アレクセイの泣き顔と、白く輝く光に包まれて、完全に途切れた。

 次に目覚める時。
 俺の世界が――そして彼との関係が、劇的に変わっていることなど知る由もなく。
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