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第5話:奇跡の変身、そして……
しおりを挟む目覚めた時、最初に感じたのは「寒さ」だった。
寒い。とにかくスースーする。
自慢の漆黒の毛皮はどうした? 換毛期にしては抜けすぎだろう。
それに、体が妙に重い。鉛でも詰め込まれたように気だるく、節々が痛む。
(……生きてる、のか?)
俺は重いまぶたを押し上げた。
視界に入ってきたのは、見慣れない天井……ではなく、洞窟の岩肌だった。
どうやら俺たちはまだダンジョンの中にいるらしい。安全地帯(セーフティエリア)にテントを張ったのだろうか。焚き火の燃えさしが、チロチロと赤い光を放っている。
記憶が蘇る。
バジリスクとの死闘。俺の特攻。そして、アレクセイの絶叫と魔力の流入。
俺は慌てて体を起こそうとした。
「うわっ、っと……!」
バランスが取れない。
いつもなら四つ足でピョンと起き上がれるはずが、重心がおかしい。
ドサッ、と無様に横転してしまう。
その拍子に、自分の視界に「自分の手」が入った。
そこにあったのは、黒い毛に覆われた丸い前足ではなかった。
肌色の、細長い指。
爪は短く、関節があり、手のひらがある。
それはまごうことなき、「人間の手」だった。
(……はい?)
俺は固まった。
恐る恐る視線を下ろす。
胸板がある。腹筋がうっすら割れている。へそがある。
そして、その下には――立派な、男のシンボルがついている。
もちろん、服など着ているはずもない。
生まれたままの姿。全裸である。
「え……えええええッ!?」
声が出た。
「キュゥ」ではない。低い、少年の声だ。
俺はペタペタと自分の顔を触った。
鼻が低い。口がある。耳は……あ、耳は頭の上に長いのがある。尻尾もお尻に丸いのが残ってる。
だが、それ以外は完全に人間だ。
年齢で言えば、10代後半くらいか? 前世よりは若いが、子供というほどでもない。
これが、『進化』?
アレクセイの魔力を浴びすぎて、人化のスキルを獲得したのか!?
「……ん……」
俺の悲鳴(という名の絶叫)に反応して、隣で寝ていた男が身じろぎした。
アレクセイだ。
彼はマントをブランケット代わりにし、座ったまま仮眠を取っていたようだ。その顔には濃い疲労の色が滲んでいる。
まずい。
非常にまずい状況だ。
勇者が目を覚ましたら、隣に「見知らぬ全裸の男(不審者)」がいるのだ。
斬られる。寝起きドッキリにしてはハードすぎる。
俺は慌てて隠れようとしたが、慣れない手足が絡まって、再び派手に転んだ。
ドンガラガッシャン! と近くにあった金属製の水筒を蹴飛ばす。
「――敵襲ッ!!」
アレクセイが弾かれたように跳ね起きた。
寝起きコンマ一秒で剣を抜くその反応速度はさすがだが、今はそれが寿命を縮める。
切っ先が、俺の喉元にピタリと突きつけられた。
「貴様、何者だ! 結界をどうやって抜けた!」
殺気。
本気の殺気だ。碧眼が爛々と輝き、俺を敵と認識している。
俺は腰を抜かし、両手を上げた(全裸で)。
「あ、あのっ、違います! 不審者じゃありません!」
「人間の……少年? なぜこんな深層に……いや、魔族か!?」
アレクセイは剣を引かない。むしろ、ジリジリと間合いを詰めてくる。
彼の視線が、周囲を素早く巡る。
そして、俺が寝ていた場所に「黒ウサギ」がいないことに気づき、顔色を変えた。
「ノワールはどこだ……? まさか貴様、俺のノワールをやったのか!?」
激昂。
空気が震えるほどの怒気が噴出する。
俺が「ノワールを食べた魔物」だと誤解したらしい。
待って、殺さないで! 俺がそのノワールです!!
「ち、違いますアレクセイ様! 俺です! ノワールです!!」
俺は必死に叫んだ。
その言葉に、アレクセイの動きがピタリと止まる。
「……あ?」
「俺です! あのアシッド・スライムの時に頭突きした! 昨日の夜、悪夢を見てたあなたの頬を舐めた! さっきバジリスクに吹っ飛ばされた、ウサギのノワールです!」
証拠となるエピソードを早口でまくしたてる。
アレクセイはポカンと口を開け、剣を下げた。
まじまじと俺を見る。
俺の黒髪。赤い瞳。そして、頭上のウサギ耳。
「……ノワール、なのか?」
「はい。多分、あなたの魔力を貰いすぎて、進化しちゃったみたいで……」
俺はおそるおそる答える。
アレクセイは剣を放り出し、俺の肩をガシッと掴んだ。
「生きて、いるのか……?」
「はい、ピンピンしてます。ちょっと寒いですけど」
「よかった……っ!」
アレクセイがいきなり俺を抱きすくめた。
鎧の硬い感触と、彼の体温が伝わってくる。
彼は俺の背中に顔を埋め、震えていた。
「死んだかと思った……もう二度と、会えないかと……」
男泣きだ。
最強の勇者が、俺ごときのために泣いている。
俺はためらいがちに、人間の手になった両手で、彼の背中をポンポンと叩いた。
(……重い。愛が重いよ、勇者様)
だが、感動の再会も束の間。
アレクセイがふと体を離し、俺の姿を改めて確認した時だった。
彼の視線が、俺の顔から首筋、胸板、へそ、そしてその下へと、ゆっくり移動していく。
沈黙。
洞窟内に、ポタリと水滴の落ちる音が響く。
アレクセイの顔が、耳まで真っ赤に染まった。
「き、貴様……! なんという格好をしているんだ!」
バッと顔を背けるアレクセイ。
いや、服がないんだから仕方ないだろう。
「服がないんです! 貸してください!」
「あ、あぁ……すまない、動揺して」
アレクセイは慌てて自分の予備のシャツとズボンを亜空間収納から取り出し、俺に投げつけた。
俺はそれを着る。
当然だが、サイズが合わない。
身長190センチ近いアレクセイの服は、今の俺(推定165センチ前後)にはブカブカだ。
シャツの袖は余りまくって「萌え袖」状態。ズボンはベルトを限界まで締めてもずり落ちそうだ。
「……着ました」
俺が声をかけると、アレクセイがおそるおそるこちらを向いた。
そして、ブカブカのシャツを着た俺を見て、再びフリーズした。
鼻血が出そうな顔をしている。
(……ん?)
「……黒髪、赤目。華奢な体躯に、俺のシャツ……」
アレクセイがブツブツと呟いている。
「……好みだ」
「はい?」
「いや、なんでもない!!」
アレクセイはブンブンと首を振り、咳払いをした。
だが、その目は明らかに泳いでいる。
さっきまでの「ペットへの愛」とは、明らかに違う種類の熱を含んだ視線。
俺は背筋に悪寒を感じた。
待て待て待て。
ウサギの時でさえ、あれだけ溺愛(勘違い)されていたのだ。
それが、「人間の姿」になり、しかも「言葉が通じる」ようになったら?
さらに、あろうことか勇者の「ストライクゾーン」の見た目になってしまったとしたら?
――逃げ場が、ないのでは?
「ノワール。言葉は、話せるのか?」
アレクセイが改まった口調で聞いてくる。
俺は姿勢を正した。これからは、人間としての「仕事(サポート)」が求められるはずだ。
元営業マンとしてのスキルを見せる時だ。
「はい。アレクセイ様。これからは言葉でもサポートさせていただきます。……その、今まで助けていただき、ありがとうございました」
ペコリと頭を下げる。
完璧な敬語。完璧なビジネスマナー。
これで「デキる部下」として認識してもらえるはず。
そう思った俺が顔を上げると。
アレクセイは胸を押さえ、天を仰いでいた。
「声まで……可愛いとは……」
「聞いてます!?」
「ああ、聞いている。素晴らしい。最高だ」
アレクセイは恍惚とした表情で俺の手を取り、その甲に口づけを落とした。
騎士の誓いのような、それでいて粘着質なキス。
「改めて契約しよう、ノワール。お前はもう、ただの使い魔ではない」
彼の碧眼が、逃がさないとばかりに俺を射抜く。
「俺の唯一無二のパートナーだ。……覚悟しておけよ?」
その言葉の意味を深く考える前に、俺は本能で悟った。
ウサギ時代よりも、さらに過酷で、さらに濃厚な「勇者のお世話」ライフが幕を開けたのだと。
(……労災、下りないだろうなぁ)
俺はブカブカの袖の中で、そっと拳を握りしめた。
人化した喜びよりも、貞操(?)の危機を感じつつ、物語は折り返し地点へと突入する。
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