ざこてん〜初期雑魚モンスターに転生した俺は、勇者にテイムしてもらう〜

キノア9g

文字の大きさ
4 / 24

第4話:限界と決死の覚悟


 「調子に乗るなよ、俺」

 それは、営業マン時代の俺が、契約が連続で取れて浮かれていた時によく自分に言い聞かせていた言葉だ。

 最近の俺は、少し調子に乗っていたかもしれない。
 勇者アレクセイとの距離が縮まり、夜は抱き枕として重宝され、昼は索敵係としてそこそこ役に立っている。
 「最強の勇者の相棒」というポジションに、あろうことか居心地の良さを感じ始めていた。

 だが、現実はいつだって非情だ。
 俺は思い出さなければならなかった。
 ここが、いつ死んでもおかしくない魔境であり、俺がHP一桁の雑魚モンスターであるという絶対的な事実を。


 ◇◇◇

 場所は、地下迷宮の深層エリア。
 俺たちが対峙していたのは、想定外の強敵――『双頭の邪竜(ツイン・バジリスク)』だった。

「シャアアアアアッ!!」

 二つの頭を持つ巨大な蛇が、鎌首をもたげて威嚇音を鳴らす。
 本来なら、アレクセイにとっては敵ではない相手だ。
 だが、今回は状況が悪すぎた。
 狭い通路での遭遇。そして、不意打ちで放たれた『石化の邪眼』。

「……くっ、動、く……な……ッ!」

 アレクセイが膝をつき、剣を杖にして身体を支えている。
 彼の足元から腰にかけて、皮膚が灰色に変色し、石化が進行していた。
 完全な石化ではないが、筋肉が硬直して動けない。
 万能薬(パナケイア)は、アレクセイの腰のポーチに入っている。だが、彼の手は震えてポーチを開けられない。

 バジリスクの二つの頭が、動けない獲物を見て下卑た笑みを浮かべたように見えた。
 右の頭が大きく口を開ける。
 狙いは、アレクセイの無防備な首筋。

(やられる!)

 俺の思考より先に、身体が弾けた。
 俺はアレクセイの肩から飛び降り、予備のポーションを取り出そうとした――が、間に合わない。
 あの牙がアレクセイに届くほうが早い。

 どうする? どうすればいい?
 俺には剣がない。魔法もない。
 あるのは、逃げ足と、この小さな体だけ。

 ――なら、使い道は一つだ。

「キュイイイイイッ!!(こっちだボケ爬虫類ッ!!)」

 俺は金切り声を上げながら、バジリスクの鼻先へと特攻した。
 攻撃ではない。ただの挑発だ。
 自分より遥かに格下の、虫けらのようなウサギが目の前をチョロチョロする。
 捕食者にとって、それは最大の「煽り」になる。

「シャッ!?」

 狙い通り、バジリスクの注意が俺に向いた。
 迫りくる毒牙。
 俺は自慢の脚力で、壁を蹴り、天井を蹴り、必死に回避運動を続ける。

(時間稼ぎだ! アレクセイが麻痺をねじ伏せるまでの、数秒を稼げ!)

 だが、相手は深層の魔物。
 右の頭を避けた瞬間、死角にあった左の頭が、ムチのようにしなった。

 ドガッ!!

 鈍い音がして、世界が回転した。
 回避しきれなかった。
 丸太のような尾の一撃が、俺の横腹を直撃したのだ。

「きゅ……っ、ふ……」

 俺の体はボロ雑巾のように吹き飛ばされ、岩壁に叩きつけられた。
 肺の中の空気がすべて吐き出される。
 痛い、という感覚すらない。熱い。全身が焼け付くように熱い。
 骨が数本、いやもっと折れている。内臓もやられたかもしれない。

「ノワールッ!!!!」

 アレクセイの絶叫が聞こえた。
 その声には、俺が今まで聞いたこともないような、張り裂けんばかりの悲痛さが滲んでいた。

 俺は薄く目を開けた。
 霞む視界の先。
 怒りで血管が切れそうな形相のアレクセイが、石化の呪いを気合だけで強引に解除し、立ち上がるところだった。

「貴様ぁぁぁぁぁぁッ!!」

 閃光。
 それは剣技と呼ぶにはあまりにも暴力的だった。
 アレクセイの大剣が、バジリスクの二つの頭を同時に、根元から吹き飛ばした。
 断末魔を上げる暇もなく、魔物は肉塊へと変わる。

 戦闘終了。
 だが、俺の意識は急速に闇へと沈んでいこうとしていた。


 ◇◇◇

「ノワール! しっかりしろ! 目を開けろ!」

 体が揺すられる。
 アレクセイが俺を抱き上げ、必死に呼びかけている。
 彼の美しい顔が、涙と返り血でぐちゃぐちゃだ。

「回復魔法……いや、ポーションだ! 飲めるか!?」

 口元に瓶が押し当てられるが、飲み込む力が入らない。
 液が口の端から溢れていく。

(ああ……もったいない。高いのに)

 そんな場違いな感想が浮かぶほど、俺の思考は冷えていた。
 自分のHPバーが見えるとしたら、きっと残りは「1」だ。
 社畜時代、何度も「死ぬほど働いた」と思ったが、本当に死ぬ時は意外とあっけないものだ。

 ……悔しいな。

 ふと、そんな感情が湧き上がってきた。
 死ぬのが怖いんじゃない。
 自分の無力さが、どうしようもなく悔しい。

 俺がもっと強ければ。
 ただ逃げ回るだけのウサギじゃなくて、剣を握れる腕があれば。
 彼と背中合わせで戦える力があれば、こんな無様なことにはならなかった。

 アレクセイの腕は温かい。
 でも、俺はこのまま冷たい死体になって、彼にトラウマを植え付けて終わるのか?
 「やっぱり誰も守れない」と、彼をまた孤独の闇に突き落とすのか?

(ふざけるな……)

 そんな「バッドエンド」は、認めない。
 俺はこいつの従魔だ。契約期間はまだ残ってる。
 勝手に退職(死)なんて、社会人として許されるわけがない!

(力が……欲しい)

 ウサギの体じゃダメだ。
 もっと頑丈で、もっと器用で、もっと強い器が。
 彼の隣に立っても恥ずかしくない、対等な姿が欲しい!

「死ぬな……頼む、逝かないでくれ……!」

 アレクセイの声が震えている。
 彼の掌から、膨大な魔力が溢れ出した。
 回復手段がないと悟った彼が、自身の生命力とも言える魔力を、無理やり俺に注ぎ込もうとしているのだ。

「俺の魔力をやる。全部やるから……!」

 無茶だ。そんなことをすれば、彼自身が魔力欠乏で倒れてしまう。
 でも、止まらない。
 濁流のような魔力が、俺の小さな体にねじ込まれる。
 痛い。熱い。
 細胞の一つ一つが無理やり活性化させられ、作り変えられていくような激痛。

 ――進化条件を満たしました。
 ――マスターからの『過剰な愛(魔力)』を受理。
 ――ユニーク進化ルート『シャドウ・バニー』および『人化』を開放します。

 脳内で、無機質なアナウンスが響いた気がした。
 体の中の「器」が割れる音がする。
 俺の意識は、アレクセイの泣き顔と、白く輝く光に包まれて、完全に途切れた。

 次に目覚める時。
 俺の世界が――そして彼との関係が、劇的に変わっていることなど知る由もなく。

あなたにおすすめの小説

巻き添え兄の帰る場所 〜妹のために聖女を演じたら、王弟殿下の初恋の人になりました〜

深嶋(深嶋つづみ)
BL
谷口理恩は一年ほど前、妹と一緒に異世界に転移してしまった。 聖女として魔術の才を開花させた妹・世奈のおかげもあって、アルゼノール王国の大神殿に保護された二人は不自由のない暮らしを送っている。 ある日、世奈の仕事を肩代わりした理恩は、病に臥せている幼い第二王子・イヴァンのもとに参じることに。 何度も謁見を重ねるうちに理恩に懐いた彼は、目の前の聖女が偽者であることに気付かぬまま、やがて理恩に求愛するが……。 数年後、アルゼノール王国を出て世界中を巡っていた理恩は、とある国でイヴァンと再会する。 彼の知る聖女は自分だったのだと言い出せぬまま、理恩はイヴァンと交流を続けることになって――? ☆旧タイトル『聖女を演じた巻き添え兄は、王弟殿下の求愛から逃げられない』から改題しました(3/25)

拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件

碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。 状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。 「これ…俺、なのか?」 何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。 《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》 ──────────── ~お知らせ~ ※第3話を少し修正しました。 ※第5話を少し修正しました。 ※第6話を少し修正しました。 ※第11話を少し修正しました。 ※第19話を少し修正しました。 ※第22話を少し修正しました。 ※第24話を少し修正しました。 ※第25話を少し修正しました。 ※第26話を少し修正しました。 ※第31話を少し修正しました。 ※第32話を少し修正しました。 ※第33話を少し修正しました。 ──────────── ※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!! ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

【8話完結】帰ってきた勇者様が褒美に私を所望している件について。

キノア9g
BL
異世界召喚されたのは、 ブラック企業で心身ボロボロになった陰キャ勇者。 国王が用意した褒美は、金、地位、そして姫との結婚―― だが、彼が望んだのは「何の能力もない第三王子」だった。 顔だけ王子と蔑まれ、周囲から期待されなかったリュシアン。 過労で倒れた勇者に、ただ優しく手を伸ばしただけの彼は、 気づかぬうちに勇者の心を奪っていた。 「それでも俺は、あなたがいいんです」 だけど――勇者は彼を「姫」だと誤解していた。 切なさとすれ違い、 それでも惹かれ合う二人の、 優しくて不器用な恋の物語。 全8話。

前世が教師だった少年は辺境で愛される

結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。 ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。 雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。

【完結・続編別立】片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。

はぴねこ
BL
 高校生の頃、片想いの親友に告白した。  彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。  もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。  彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。  そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。  同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。  あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。  そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。 「俺もそろそろ恋愛したい」  親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。  不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。

悪役令息の兄って需要ありますか?

焦げたせんべい
BL
今をときめく悪役による逆転劇、ザマァやらエトセトラ。 その悪役に歳の離れた兄がいても、気が強くなければ豆電球すら光らない。 これは物語の終盤にチラッと出てくる、折衷案を出す兄の話である。