ざこてん〜初期雑魚モンスターに転生した俺は、勇者にテイムしてもらう〜

キノア9g

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第6話:新入社員(人間)の研修は波乱含み

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 「直立二足歩行」というものが、これほど難易度の高いスキルだとは知らなかった。

 ダンジョンからの脱出中。俺は生まれたての子鹿のように足を震わせていた。
 視点が高い。バランスが悪い。
 ウサギの四つ足生活に慣れすぎたせいで、二本の足で体を支える感覚が掴めないのだ。
 おまけに、アレクセイから借りたブカブカのズボンが、歩くたびに裾を噛んで邪魔をする。

「っと、と……!」

 岩場の段差で躓いた。
 地面が迫る。受け身を取ろうにも、手が袖の中に隠れていて出ない。
 顔面強打を覚悟した瞬間――。

 ガシッ。

 強靭な腕が、俺の腰を抱き留めた。
 ふわりと鼻腔をくすぐる、鉄とコロンの匂い。

「……大丈夫か、ノワール」

 アレクセイだ。
 彼は俺を抱き起こすと、そのまま離そうとしない。
 密着する体。薄いシャツ越しに、彼の胸板の熱さと、ドクンドクンという速い心音が伝わってくる。

「す、すみません。まだ慣れなくて……」
「無理もない。……それにしても、軽いな」

 アレクセイは俺の腰に手を回したまま、妙に熱っぽい吐息を漏らした。
 顔が近い。
 ウサギの頃は、彼の肩に乗ったり懐に入ったりするのは日常茶飯事だった。
 だが、人間の姿でこれをやられると、なんというか、生々しい。

「歩けないなら、背負うか? それとも抱えるか?」
「い、いえ! 結構です! 自分で歩きます!」

 成人男性(精神年齢はアラサー)が「お姫様抱っこ」などされてたまるか。
 俺は慌てて彼の腕から抜け出そうとしたが、アレクセイの腕は鋼鉄のように硬く、ビクともしない。

「遠慮するな。お前は病み上がりだ。……それに」
「それに?」
「こうしていると、お前が本当にここにいるのだと実感できる」

 アレクセイが少し目を伏せ、俺の首筋に顔を寄せた。
 ゾクリ、と背筋が震える。
 魔力供給の余韻なのか、彼の肌に触れると、体の中の魔力回路が甘く疼くような感覚があるのだ。
 これは危険だ。色々な意味で。

「あ、アレクセイ様! ほら、出口です! 光が見えますよ!」

 俺は誤魔化すように声を上げ、強引に体を離した。
 アレクセイは名残惜しそうに指先で俺の腕を撫でたが、しぶしぶといった様子で解放してくれた。
 ふう、と息を吐く。
 この距離感のバグ、早急に修正しないと心臓が持たない。


 ◇◇◇

 ダンジョンを抜け、最寄りの街に到着した頃には、日も暮れかけていた。
 久しぶりの街だ。
 だが、以前とは明らかに周囲の反応が違っていた。

 すれ違う人々が、振り返る。
 二度見する。
 そして、ひそひそと囁き合う。

「おい見ろよ、あの黒髪の少年……」
「すごい美人だな。どこの貴族だ?」
「隣にいるの、勇者アレクセイ様じゃないか? どういう関係だ?」

 突き刺さる視線。
 無理もない。今の俺は、勇者のシャツ(彼シャツ)を着て、裾を捲り上げたズボンを履いた、あざとさ満点の華奢な少年だ。
 しかも、その隣には国宝級イケメンの勇者が、番犬のように寄り添っている。
 目立たないわけがない。

(……営業的には、注目を集めるのは悪くないが)

 俺は居心地の悪さに身を縮めた。
 すると、アレクセイの雰囲気が変わった。
 ピリリ、と空気が張り詰める。
 彼は俺の肩を抱き寄せ、すれ違う男たちを片っ端から睨みつけたのだ。

「……何を見ている」

 低い声。
 ただそれだけで、野次馬たちが「ヒッ」と息を呑んで目を逸らす。
 アレクセイの手が、俺の肩に食い込むように強く握られる。

「ノワール。あまり俺から離れるな」
「は、はい。離れてませんけど」
「他の人間に愛想を振りまくのも禁止だ。特に男には」
「ええ……?」

 理不尽な業務命令だ。
 営業スマイルは社会人の基本スキルなのに。
 どうやらこの勇者様、ウサギの時以上に独占欲を拗らせているらしい。
 「俺のペットを見るな」というより、「俺の恋人に色目を使うな」という彼氏ムーブに近い。

 その時、一人のチャラそうな冒険者が、空気を読まずに声をかけてきた。

「よお、お兄さん。勇者様のお連れさん? 随分可愛い恰好してるねぇ。夜のお相手要員かな?」

 下卑た笑い。
 俺がムッとして言い返そうとした瞬間。
 
 キィン。

 抜刀音すら聞こえなかった。
 気づけば、冒険者の喉元に、アレクセイの大剣の切っ先が寸止めされていた。

「――遺言はそれだけか?」

 アレクセイの瞳に光がない。マジのやつだ。
 街中で殺人はまずい!
 俺は慌ててアレクセイの腕にしがみついた。

「だ、駄目ですアレクセイ様! 落ち着いて! 俺は気にしてませんから!」
「……こいつは、お前を愚弄した」
「いいんです! ほら、早く服を買いに行きましょう! 俺、寒いです!」

 「寒い」という言葉に、ようやくアレクセイの理性が戻った。
 彼は舌打ちをして剣を収めると、腰を抜かした冒険者に見向きもせず、俺の手を引いて歩き出した。

「……すまない。頭に血が上った」
「いえ、守ってくれたんですよね。ありがとうございます」

 俺が苦笑して言うと、アレクセイは複雑そうな顔で俺を見た。

「……守る、だけではない。俺は、誰かの目に、お前のその姿が映ることすら我慢ならんらしい」
「はぁ……」
「隠しておきたい。俺だけのものとして」

 不穏な発言を聞き流しつつ、俺たちは装備品店へと入った。


 ◇◇◇

 店主の勧めで、俺の体型に合った服(動きやすいアサシン風の軽装)を購入し、ようやくまともな格好になった。
 だが、アレクセイはまだ何か物色している。
 アクセサリーの棚の前で、真剣な顔で悩んでいるのだ。

「ノワール。これをつけてみろ」

 渡されたのは、黒革のチョーカーだった。
 銀の金具がついており、シンプルだが品がある。

「首飾りですか?」
「……魔道具だ。防御結界と、位置情報の追跡(トラッキング)機能がついている」

 ほう、GPS付きか。
 さすが勇者、リスク管理が徹底している。
 はぐれた時のためだろう。

「わかりました」

 俺は素直に受け取り、首に巻こうとした。
 だが、アレクセイがそれを制し、自分の手で俺の首に巻きつけた。
 カチリ、と金具が留まる音。
 少しタイトな締め付け感が、首元に残る。

「似合うな」

 アレクセイが満足げに目を細めた。
 そして、指先でチョーカーの革をなぞりながら、耳元で囁く。

「これをつけていれば、誰が見てもわかる。『飼い主』が誰か、な」

 ――ん?
 今、とんでもない本音が聞こえなかったか?

 機能的な魔道具だと思っていたが、これ、もしかして「首輪」の意味合いが強いのでは?
 周囲への「こいつは俺の所有物だ」というアピール用アイテムでは?

 俺は鏡を見た。
 黒い服、黒い髪、そして首元の黒いチョーカー。
 どこからどう見ても、勇者に囲われた愛玩用のアレである。

(……まあ、いいか)

 俺はすぐに思考を切り替えた。
 会社員時代だって、社員証(IDカード)を首から下げていたじゃないか。
 これはアレクセイという巨大組織(個人)に所属している証。
 福利厚生の代償と思えば安いものだ。

「ありがとうございます、アレクセイ様。大事にします」

 俺がニッコリ笑って「社員証」を受け入れると、アレクセイは虚を突かれたような顔をし、それから顔を覆って呻いた。

「……お前は、本当に……。そういう無自覚なところが、たまらないんだ」

 どうやらまた、何か勘違いさせてしまったらしい。
 勇者の愛(所有欲)が、物理的な形を持って俺の首に収まった瞬間だった。

 こうして、俺の人間としての新生活は、波乱と首輪と共に幕を開けたのだった。
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