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第7話:最強の右腕、そして恋人へ
「仕事」において最も重要なこと。
それは個々のスキルもさることながら、チームとしての「連携(シナジー)」だ。
かつての俺は、ただのアシスタント(荷物持ち兼マスコット)だった。
だが今の俺は違う。
昇進したのだ。正社員――いや、勇者の「右腕」として。
◇◇◇
場所は、ダンジョンの最深層域。
目の前には、巨大な『アーマード・オーガ』が立ちはだかっていた。
全身を鋼のような筋肉と鎧で固めた、物理特化の怪物だ。
ウサギ時代の俺なら、その足音を聞いただけで巣穴に引きこもって震えていただろう。
だが、今は違う。
「――ノワール。右だ」
アレクセイの短く鋭い指示。
思考するより早く、俺の体は反応していた。
「了解です!」
俺は地面を蹴るのではなく、自分の足元の「影」へと沈み込んだ。
ユニークスキル『影渡り(シャドウ・ダイブ)』。
進化した俺が得た、空間移動能力だ。
視界が黒く反転し、次の瞬間、俺はオーガの背後に伸びた影から飛び出していた。
「グルァ!?」
突然背後に現れた気配に、オーガが反応する。
だが遅い。
俺の手には、アレクセイが特注してくれた漆黒の短剣『黒兎の牙』が握られている。
「視界、いただきます!」
俺はオーガの背中を駆け上がり、その兜の隙間――眼球に向けて、麻痺毒を塗った短剣を突き入れた。
浅い。だが、一瞬の隙を作るには十分だ。
「グギャァァァッ!!」
「ナイスだ」
オーガが顔を覆ってのけぞる。その無防備な胴体に、真正面から突っ込む銀色の閃光。
アレクセイだ。
彼の大剣が、唸りを上げて振り下ろされる。
「断てッ!!」
轟音。
鋼鉄の鎧ごと、オーガの巨体が斜めに両断された。
鮮血が噴き出し、巨星が落ちるような地響きと共に魔物が沈む。
完璧だ。
無駄のない、美しい連携。
以前のように、俺が逃げ回って時間を稼ぐ必要はない。
俺が隙を作り、彼が決める。
1+1が2ではなく、10にも100にもなる感覚。
「ふぅ……。お疲れ様です、アレクセイ様」
俺は影から実体化し、短剣の血を振るった。
息は上がっていない。
これだ。俺が求めていたのは、この「役に立っている」という実感だ。
寄生虫ではなく、対等なパートナーとして仕事ができているという充実感。
「……ああ、見事だった」
アレクセイが剣を収め、こちらに歩み寄ってくる。
その碧眼は、倒した敵など見ていない。熱っぽく、俺だけを見つめている。
彼は俺の元まで来ると、無言で俺の腰を引き寄せ、自身の胸に抱き寄せた。
戦闘直後の高揚感(アドレナリン)のせいか、彼の体温がいつもより高い。
「ノワール。お前のおかげで、俺の剣は迷いなく振れる」
「それは良かったです。デバフ担当冥利に尽きます」
「……そうではない」
アレクセイは首を振り、俺の頬に自分の額を押し当てた。
至近距離。彼の荒い息遣いが、俺の唇にかかる。
「背中を任せられるというのが、これほど心地よいものだとは知らなかった。お前が死角にいてくれるだけで、俺は前だけを見て戦える」
彼の言葉には、実感がこもっていた。
ずっと一人で戦ってきた「最強」の男。
誰かを守るために戦うことはあっても、誰かに守られながら戦うことなどなかった彼が、今、俺に背中を預けてくれている。
胸が熱くなる。
それは社畜としての達成感じゃない。
もっと根本的な、魂が震えるような歓喜。
「俺もです。アレクセイ様が前衛にいてくれるから、俺は自由に動けます」
俺が素直にそう答えると、アレクセイはふっ、と優しく笑った。
そして、俺の顎を指先ですくい上げる。
「ノワール。俺はもう、お前を『使い魔』の枠に収めておくことはできない」
「……え?」
「ただの主従ではない。戦友であり、相棒であり……そして」
彼の指が、俺の唇をなぞる。
その瞳には、隠しきれない情熱と、独占欲が渦巻いていた。
「俺の、全てだ」
ドクン、と心臓が跳ねた。
それは戦闘の興奮とは違う、甘く痺れるような鼓動だった。
今まで俺は、彼の好意を「ペットへの愛着」だと思い込もうとしてきた。
だが、今の眼差しは、そんな言い訳を許さないほどに雄弁だった。
これは、一人の男が、一人の相手に向ける「渇望」だ。
「アレクセイ様、それは……」
言いかけた俺の言葉を遮るように、アレクセイが顔を近づける。
キス、される。
そう思った瞬間、洞窟の奥から不穏な気配が膨れ上がった。
ゴゴゴゴゴゴ……。
地面が揺れる。
ただの余震ではない。ダンジョン全体が軋むような、強大な魔力の波動。
「……チッ。いいところだったのに」
アレクセイが不機嫌そうに舌打ちをして、俺から体を離した。
瞬時に「勇者の顔」に戻り、大剣を構える。
「どうやら、このダンジョンの主がお出ましらしい」
「ラスボス、ですか。……タイミング悪すぎですね」
「ああ。だが、さっさと片付けて続きをしよう」
続き。
その言葉に込められた意味を理解して、俺の顔がカッと熱くなる。
「……はい! さっさと終わらせましょう!」
俺は照れ隠しに短剣を構えた。
来るなら来い。今の俺たちなら、魔王だろうが神だろうが恐るるに足らない。
俺たちは顔を見合わせ、ニヤリと笑った。
言葉はいらない。
最強の勇者と、その最強の右腕。
二つの影が重なり合い、最後の戦いへと駆け出した。
――この戦いが終わったら、俺たちの関係にも、明確な名前がつくことになるだろう。
その予感を、確信に変えるために。
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