ざこてん〜初期雑魚モンスターに転生した俺は、勇者にテイムしてもらう〜

キノア9g

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第2章:スーパー・ヘッドハンティング大戦

第14話:雑魚モンスターの意地

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 時が止まったように感じた。

 俺の体は空中にあり、鋭く尖った前歯は、目の前にいる男――アレクセイの喉元へと迫っている。
 距離にして、あと数センチ。
 俺の『俊敏』ステータスが生み出す速度は、もはやブレーキが効かない領域にある。

 殺す。噛み切る。排除する。
 脳内で鳴り響く『支配の笛』の音が、俺の思考を真っ黒に塗りつぶしていく。

 抗えない。体中の神経が、レオニードの命令にジャックされている。

(避けろ……ッ!)

 俺は心の中で絶叫した。
 避けてくれ、アレクセイ。お前ならできるはずだ。
 俺ごとき雑魚ウサギの攻撃なんて、指先一つで弾けるだろう?
 なんで棒立ちなんだよ。なんで剣を捨ててるんだよ。

 アレクセイの瞳が、至近距離で俺を映していた。
 そこには恐怖も、怒りもない。
 あるのは、深い悲しみと、諦観。

「……ノワール。お前になら、いい」

 彼は小さく呟き、無防備に首を晒した。
 その唇が、微かに笑みの形を作る。

「俺が守れなかった。……これは、その罰だ」

 ――ふざけるな。

 その顔を見た瞬間、俺の奥底で何かが弾けた。
 罰だって? 俺に殺されることが?
 バカ言うな。そんなの、俺にとっては「一生消えないトラウマ」という名の懲罰事案じゃないか!
 死んで責任を取る? そんな無責任な退職(リタイア)が許されてたまるか!

(上司なら……部下の不始末を、力ずくで止めてみせろよおおおおッ!!)

 ギリリッ!!

 俺は空中で、無理やり首をねじった。
 筋肉が断裂するような激痛。
 強制された軌道を、自らの意志だけで強引にずらす。

 ガツッ!!

 俺の牙は、アレクセイの首筋を掠め――彼の鎖骨あたりのプレートアーマーに激突した。
 硬い金属音。
 衝撃で俺の体は弾き飛ばされ、瓦礫の上をごろごろと転がった。

「……ッ!?」

 アレクセイが目を見開く。
 首筋に一筋の赤い線が入っているが、致命傷ではない。ただのかすり傷だ。

「チッ……外したか」

 レオニードの舌打ちが聞こえた。
 彼は不快そうに顔を歪め、再び笛を口に当てる。

「出来損ないめ。次は心臓を狙え」

 ピーーーヒョロロロロ!!

 不快な音が鼓膜を刺す。
 再び、脳内にドス黒い命令が侵入してくる。
 立て。殺せ。あいつは敵だ。お前の安息を邪魔する害虫だ。

(あ、が……っ!)

 体が勝手に起き上がる。
 視界が明滅する。
 レオニードの命令は絶対だ。魔法防御力ゼロの俺には、この強制力(コマンド)を拒絶する術がない。
 意識が遠のく。
 楽になれと、甘い声が囁く。
 もういいじゃないか。あいつを殺して、あのフカフカのベッドに戻ろう?
 週休4日の天国が待っているんだよ?

(……天国、か)

 確かに魅力的だ。
 社畜にとって、それは夢のような環境だ。
 でも。

 俺の脳裏に浮かんだのは、泥だらけになって笑うアレクセイの顔だった。
 不器用で、言葉足らずで、すぐに勘違いして暴走する、面倒くさい上司。
 でも、俺が風邪を引けば一睡もせずに看病し、俺が誰かに馬鹿にされれば本気で怒り、俺が作った粗末な料理を「世界一だ」と食べてくれる。

 あいつはブラックだ。
 でも、俺を「道具」としてではなく、「パートナー」として見てくれた。
 俺の居場所は、あのあたたかい(物理的に暑苦しい)腕の中だけだ。

 それを捨てて、与えられただけの「幸せ」に浸る?
 上司を殺して、のうのうと生き延びる?

(……なめるなよ)

 俺の中の「社畜魂」が吼えた。
 俺はプライドのないイエスマンじゃない。
 自分が信じた相手のためなら、地獄のデスマーチだって付き合ってやる。それが俺の選んだ道だ!

 魔法が脳を支配しようとするなら。
 それより強い刺激で、目を覚ませばいい。

 ガリッ!!

 俺は自らの舌を、奥歯で力いっぱい噛み締めた。

「――ッ!?!?!?」

 激痛。
 脳天を突き抜けるような、鮮烈な痛み。
 口の中に鉄錆の味が広がる。
 涙が溢れ、意識が一瞬飛びそうになる。
 だが、その強烈な痛みが、脳にこびりついていた「甘い霧」を吹き飛ばした。

 命令(コマンド)強制解除。
 システム、再起動。

「……ノワール?」

 アレクセイが、呆然と俺を見ている。
 俺は口元からツーっと血を流しながら、ゆらりと立ち上がった。
 痛い。舌がちぎれそうだ。
 でも、頭はクリアだ。最高に冴えている。

「キュッ……(あー、痛かった)」

 俺は血をペッと吐き捨て、ゆっくりと振り返った。
 視線の先には、笛を構えたまま固まっているレオニード。

「……自傷して、術を解いたのか?」

 レオニードが信じられないものを見る目で呟く。

「あり得ない……。僕の『支配の笛』は、精神耐性Sランクのドラゴンさえ服従させたんだぞ!? たかがウサギ風情が、なぜ……!」

「キュウッ!(たかがウサギ? 訂正しろ!)」

 俺は後ろ足で地面を蹴った。
 俺はただのウサギじゃない。
 過酷なブラック企業(現代日本)を生き抜き、さらに異世界で勇者の相棒を務める、筋金入りの『社畜ウサギ』だ!

 「精神耐性」なんてスキルは持っていない。
 だが、「理不尽な命令に対する反骨心」なら、カンストしている!

「クソッ、止まれ! 止まれと言っているんだ!」

 レオニードが慌てて笛を吹き鳴らす。
 ピーーッ! ピーーッ!
 不快な音が響くが、今の俺には届かない。
 舌の痛みが、俺の意識を現実に繋ぎ止めている。痛みこそが、俺の自由の証明だ!

「キュアアアアアッ!!(辞表を喰らえぇぇぇぇッ!!)」

 俺は黒い弾丸となって、レオニードの懐へと飛び込んだ。
 狙うは喉笛ではない。
 その手に握られた、忌々しい笛だ。

「うわぁぁぁッ!?」

 レオニードが顔を引きつらせて腕を上げる。
 遅い!
 俺の『俊敏』は、伊達じゃない!

 ガチィィィン!!

 俺の牙が、レオニードの手首ごと笛に食い込んだ。
 骨に届く感触。
 魔力を込めた「必殺の前歯」だ。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁッ!!」

 レオニードの絶叫。
 笛が手からこぼれ落ち、床に転がった。
 俺は着地と同時に、後ろ足でその笛を思い切り蹴り飛ばした。

 カラン、カラン……。

 笛はアレクセイの足元へと転がり、静止した。

「ハァ……ハァ……」

 俺は肩で息をしながら、レオニードを睨みつけた。
 口元は自分の血と、レオニードの血で真っ赤に染まっているだろう。
 きっと今の俺は、可愛いウサギどころか、地獄の番犬のような顔をしているはずだ。

「僕の……僕の手が……! 野蛮な獣め……!」

 レオニードが血の流れる手首を押さえ、憎々しげに俺を睨む。
 俺はフンと鼻を鳴らした。

 野蛮で結構。
 俺は「優雅なペット」にはなれない。
 俺は、泥臭く足掻く「勇者の右腕」なのだから。

「……ノワール」

 背後から、低い声がした。
 振り返ると、アレクセイが足元の笛を拾い上げ、握りつぶしていた。
 バキバキッ、と音を立てて、アーティファクトが粉々になる。

 彼の顔から、悲壮感は消えていた。
 代わりに浮かんでいるのは、先ほどまでとは種類の違う、静かで、しかし溶岩のように熱い怒り。
 そして、俺への溢れんばかりの情熱。

「よくやった。……偉いぞ、俺の相棒」

 アレクセイが剣を構え直す。
 その全身から立ち昇る金色の闘気は、もはや抑えようがないほどに膨れ上がっていた。

「さあ、レオニード殿下。……覚悟はできているな?」

 アレクセイが一歩踏み出す。
 レオニードがひきつった顔で後退る。

 形勢逆転。
 ここからは、ブラック企業の逆襲(残業時間)だ。
 俺は口の中の血を飲み込み、ニヤリと笑って(ウサギの顔で)主人の隣に並んだ。

 俺たちの契約は、こんな笛一本で切れるほど安くない。
 それを、身を持って教えてやる。
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