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第2章:スーパー・ヘッドハンティング大戦
第15話:契約更新は熱烈なキスで
しおりを挟む瓦礫と化した馬車の一角で、俺とアレクセイは並んで立っていた。
目の前には、手首から血を流し、狂乱の形相で叫ぶレオニード。
「やってくれたな……! 僕のコレクションを、僕の完璧な計画をぉぉぉッ!」
レオニードが残った片手を振りかざすと、空間が歪んだ。
召喚魔法だ。
破壊された馬車の床下から、黒い瘴気を纏った異形の魔獣たちが這い出してくる。
『キメラ・ハウンド』。獅子と蛇と山羊を混ぜ合わせた、戦闘用合成獣。その数、五体。
「殺せ! 勇者も、その生意気なウサギも、八つ裂きにしてしまえ!」
レオニードの絶叫に応じ、キメラたちが咆哮を上げる。
狭い室内(半壊しているが)での乱戦。
本来なら不利な状況だ。
だが、アレクセイは動かなかった。
剣を構えるどころか、足元にいる俺――口元を血で染めた黒ウサギを、そっと抱き上げたのだ。
「……バカな奴だ」
アレクセイの声は震えていた。
彼は親指で、俺の血濡れた口元を優しく拭う。
「俺のために、自分を傷つけるなんて」
「キュゥ……(必要経費です)」
俺は強がって鼻を鳴らそうとしたが、舌が痛くてうまくできない。
ズキズキと脈打つ痛みが、体力を削っていく。
魔力切れ(ガス欠)に加えて、出血ダメージ。
正直、立っているのがやっとだった。
迫りくるキメラの牙。
アレクセイはそれらを見向きもせず、ただ俺の瞳を覗き込んだ。
その碧眼には、燃えるような激情と、底知れぬ愛が渦巻いている。
「褒美が必要だな」
彼はそう囁くと、戦場のど真ん中で、俺の顔に自身の顔を近づけた。
「受け取れ、ノワール。俺の全てを」
――チュッ。
触れたのは、唇。
ウサギの口に対する、人間からの口づけ。
傍から見れば倒錯的な光景かもしれない。
だが、その瞬間に流れてきたのは、生ぬるい唾液なんかじゃなかった。
ドクンッ!!!!
奔流。
ダムが決壊したかのような、圧倒的な魔力の濁流。
アレクセイの体内で暴れまわっていた「勇者の規格外魔力」が、ダイレクトに俺の中へと注ぎ込まれる。
「ん、ぐぅ……ッ!」
熱い。焼けるように熱い。
舌の痛みなど一瞬で吹き飛んだ。
干上がっていた俺の魔力回路が、瞬く間に満たされ、溢れ出し、限界突破する。
キメラの爪が、アレクセイの背中に迫る。
だが、その爪が届く直前。
カッッッ!!!!
俺の体から放たれた漆黒の閃光が、キメラを弾き飛ばした。
「な、なんだ!?」
レオニードが目を覆う。
光の中で、俺の体が組み変わっていく。
骨が伸び、筋肉がつき、毛皮が滑らかな肌へと変わる。
ウサギの視界の低さから、人間の視界の高さへ。
光が収束する。
そこに立っていたのは、もう無力な小動物ではなかった。
「……ふゥ」
俺は深く息を吐き、自分の手を見つめた。
人間の手だ。
しかも、以前よりも力が漲っている。
アレクセイの魔力を過剰摂取したおかげか、体が一回り成長したような気さえする。
服装は、影魔法で具現化した漆黒の戦闘服(スーツ仕様)。
「お待たせしました」
俺はニヤリと笑い、アレクセイを見た。
彼は満足げに口角を上げ、俺の腰を引き寄せた。
「遅いぞ。……だが、いい男になった」
「あなたのおかげですよ。……さて」
俺は視線を前方へ向けた。
呆然としているレオニードと、体勢を立て直した五体のキメラ。
「残業(延長戦)といきましょうか。手当は弾んでくださいよ?」
「ああ。望むままにな」
阿吽の呼吸。
俺たちは同時に地面を蹴った。
◇◇◇
そこからは、一方的な蹂躙だった。
「グルァッ!」
先頭のキメラが飛びかかってくる。
速い。だが、俺の眼にはスローモーションに見える。
「おっと」
俺はその場から消えた。
正確には、床に落ちた瓦礫の影へと『影渡り(シャドウ・ダイブ)』したのだ。
次の瞬間、俺はキメラの真上――天井の影から飛び出していた。
手には、魔力で生成した黒い短剣。
「死角だらけですよ」
スパッ。
交差する一閃。
キメラの蛇の尾と、山羊の首が同時に宙を舞う。
俺は着地することなく、次の影へと潜る。
神出鬼没。
どこから現れるか分からない俺に、キメラたちは翻弄され、混乱する。
その隙を、最強の勇者が見逃すはずがない。
「邪魔だッ!!」
剛剣一閃。
アレクセイの大剣が、横薙ぎに振るわれる。
ただの力押しではない。洗練された暴力。
二体のキメラが、上半身と下半身にお別れを告げて吹き飛んだ。
「ひ、ひぃぃッ! 行け! 行けぇ!」
レオニードが残りのキメラをけしかける。
炎のブレス、毒の爪。
だが、今の俺たちには当たらない。
「ノワール、右!」
「了解です!」
アレクセイの指示より早く、俺は動いていた。
右から迫る炎ブレス。
俺はアレクセイの前に飛び出し、影の壁(シールド)を展開して炎を防ぐ。
その影の陰から、アレクセイが飛び出し、ブレスを吐き終わったキメラの眉間を串刺しにする。
完璧な連携(シナジー)。
言葉はいらない。
背中の筋肉の動き、呼吸の音だけで、互いの次の手がわかる。
(ああ……これだ)
俺は戦いながら、恍惚としていた。
フカフカのベッド? 最高級の人参?
そんなもの、この瞬間の高揚感に比べればゴミみたいなもんだ。
俺の居場所は、安全な檻の中じゃない。
この血なまぐさくて、危険で、でも信頼だけで繋がっている、この戦場だ。
俺は、アレクセイの隣で剣を振るうために生まれてきたんだ!
「ラスト一体!」
俺の声に、アレクセイが頷く。
最後のキメラが、レオニードを守るように立ちはだかる。
「合わせろ、ノワール!」
「はい!」
俺たちは左右から同時に駆け出した。
キメラがどちらを狙うか迷った一瞬。
俺が影から足を払い、体勢を崩させる。
そこへ、アレクセイが上段から渾身の一撃を叩き込む。
ズドンッ!!!!
轟音と共に、最後のキメラが光の粒子となって消滅した。
◇◇◇
静寂が戻った。
舞う埃の中、俺とアレクセイは肩を並べて立っていた。
二人とも、息一つ乱していない。
目の前には、腰を抜かしてへたり込んでいるレオニード。
彼は震える手で、空になった召喚陣を指差していた。
「ば、バカな……。僕の最強のキメラ部隊が、ものの数分で……」
「数分も持たせたなら、褒めてやるべきだ」
アレクセイが冷たく言い放ち、剣を肩に担ぐ。
そして、ゆっくりとレオニードに歩み寄った。
「さて、殿下。……俺のノワールを誘拐し、洗脳しようとした罪、どう償うつもりだ?」
アレクセイの背後には、修羅のようなオーラが見える。
レオニードは顔面蒼白になり、後退る。
「ま、待て! 僕は隣国の王子だぞ! 外交特権が……!」
「知らん。俺の国(ルール)では、愛する者に手を出した奴は万死に値する」
問答無用で剣を振り上げるアレクセイ。
俺はため息をつき、スッと彼の前に手を出して制した。
「ストップです、ボス」
「……止めるな、ノワール。こいつは害獣だ。駆除せねばならん」
「ここで殺したら、本当に戦争になります。……それに」
俺はしゃがみ込み、レオニードと視線を合わせた。
俺の赤い瞳を見て、レオニードがヒッと息を呑む。
アサシンモードの俺は、ウサギの時よりも数倍怖いらしい。
「殿下。俺からの『退職届』は、さっき物理的に(手首に)提出しましたよね?」
俺はニッコリと、営業用スマイルを浮かべた。
「あなた(の会社の福利厚生)は魅力的でした。でも、(社風が)合わなかったみたいです」
俺は立ち上がり、アレクセイの腕に抱きついた。
「俺は、こっち(ブラック企業)のほうが性に合ってるんで。……二度と、ヘッドハンティングなんてしないでくださいね?」
その言葉は、レオニードにとってどんな脅しよりも屈辱的で、かつ決定的な敗北宣言として響いたようだった。
彼はガックリと項垂れ、「……勝てないわけだ」と小さく呟いた。
勝負あり。
スーパー・ヘッドハンティング大戦は、ブラック企業の圧勝で幕を閉じた。
しかし、これで終わりではない。
屋敷に帰ってからの「事後処理(お仕置き&愛の確認)」こそが、俺にとっての本当の戦いなのだから。
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