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第2章:スーパー・ヘッドハンティング大戦
第13話:勇者、激怒(バーサーク)モード
しおりを挟む「災害レベル」という言葉がある。
台風、地震、火山の噴火。
人力ではどうすることもできない圧倒的なエネルギーの奔流。
今、俺の目の前で起きていることは、まさにそれだった。
◇◇◇
ドォォォォォォン……ッ!!
地響きと共に、巨大な移動要塞(馬車)が大きく傾いた。
棚から高級な食器が落ちて砕け散る。
俺は「ウサギ様専用ルーム」の中で、必死に床にしがみついていた。
「キ、キュッ!?(じ、地震!? いや、着弾した!?)」
窓の外を見る。
そこには、信じがたい光景が広がっていた。
レオニードが展開した迎撃部隊――ワイバーンの編隊や、鋼鉄のゴーレムたちが、まるで紙屑のように空を舞っていたのだ。
そして、それらを吹き飛ばしている中心に、「彼」はいた。
金色のオーラを纏った、小さな人影。
アレクセイ・フォン・ラインハルト。
彼は馬にも乗らず、自らの足で大地を蹴り、爆走する馬車に肉薄していた。
「――返せ」
距離があるはずなのに、その声は鼓膜を直接叩くように響いた。
低い。地獄の底から這い上がってきたような怨嗟の声。
「俺のノワールを、返せェェェェッ!!」
ズドォォン!!
彼が剣を一振りするだけで、衝撃波が走り、護衛のワイバーンが真っ二つになる。
魔法障壁? 関係ない。物理で叩き割っている。
戦略級魔法? 効いてない。魔力で弾いている。
(……社長、怖すぎます)
俺は戦慄した。
普段、「ノワール、ご飯だぞー」とデレデレしていた男と同一人物とは思えない。
目が赤い。髪が逆立っている。
完全に「バーサーク(狂戦士)モード」だ。
本来なら恐怖で失禁してもおかしくない光景だが、不思議と俺の胸は高鳴っていた。
「俺を取り返すためだけに、あの最強の勇者が本気(マジ)ギレしている」。
その事実が、社畜として、いや一人の男(今はウサギだが)として、たまらなく誇らしかったのだ。
(行けアレクセイ! そのホワイト企業(馬車)をぶち壊せ!)
俺が窓にへばりついて応援していると、部屋のドアが乱暴に開かれた。
「くっ……! 化け物か、あいつは!」
飛び込んできたのは、レオニードだった。
先程までの余裕綽々な態度は消え失せ、顔色は蒼白、髪も乱れている。
彼は窓の外を一瞥し、さらに接近しているアレクセイを見て舌打ちをした。
「国境警備隊も、僕の精鋭部隊も、まるで相手にならない……! 『剣聖』とは聞いていたが、これほどとは計算外だ!」
レオニードは焦燥感を露わにし、俺の方へ駆け寄ってきた。
「悠長に説得している時間はなさそうだね」
彼はサークルの鍵を開け、俺を乱暴に掴み出した。
痛い。さっきまでの優しいプロの手つきはどこへやら、力が入りすぎて骨が軋む。
「キュッ!(何をする気だ!)」
俺が暴れると、レオニードは懐から一本の「笛」を取り出した。
黒く光る、不気味な装飾が施された笛。
それを見た瞬間、俺の本能が警鐘を鳴らした。
(ヤバい。あれは、絶対に聞いちゃいけないヤツだ)
『支配の笛』。
ゲームの知識が蘇る。
テイマーが、言うことを聞かない強力な魔物を無理やり従わせるための、禁断のアーティファクト。
これを使われれば、対象は自我を塗り潰され、術者の命令に絶対服従する「人形」となる。
「本当は、君の方から僕を求めてほしかったんだけどね」
レオニードは歪んだ笑みを浮かべ、俺を小脇に抱えたまま、馬車の奥にある「制御室」へと走った。
「契約(サイン)の時間だ、ウサギさん。これで君は、永遠に僕のものになる」
◇◇◇
連れてこられたのは、魔法陣が敷き詰められた薄暗い部屋だった。
レオニードは俺を祭壇のような台座に押し付け、動けないように魔力で拘束した。
「キュウウッ!!(離せ! これは労基法違反だ! 強制労働だ!)」
俺は必死に声を上げるが、ウサギの鳴き声では抗議にならない。
外では、ドガッ、バキッ、という破壊音が近づいている。
アレクセイが馬車の外装を破壊し始めているのだ。あと少し。あと数分耐えれば!
「急がないと……!」
レオニードも必死だ。
彼は震える手で笛を口に当てた。
ヒィォォォォ……。
空気が震えるような、不協和音。
その音が鼓膜を打った瞬間、俺の視界が白く染まった。
「――ッ!?」
頭の中に、何かがねじ込まれてくる感覚。
冷たくて、重くて、ネバネバした泥のような意志。
『従え』
『我は汝の主なり』
『思考を捨てよ、自我を捨てよ』
強制的な命令(コマンド)が、俺の脳内を侵食していく。
(……あ、これ、気持ちいいかも)
一瞬、そんな思考が過った。
抗うのは苦しい。考えるのは疲れる。
この音に身を任せてしまえば、もう何も悩まなくていい。
「週休4日」「安全な暮らし」「美味しいご飯」。
甘い言葉が、笛の音に乗って脳内をリピートする。
そうだ。アレクセイのところは過酷すぎた。
毎日死にかけて、泥だらけになって。
なんで俺は、あんなブラックな環境に執着していたんだろう?
ここで契約書にサインしてしまえば、楽になれるのに。
俺の目が、とろんと濁っていく。
抵抗していた手足の力が抜け、だらりと垂れ下がる。
「そう、いい子だ……」
レオニードが笛を吹きながら、俺の額に手をかざす。
主従契約の魔法陣が光り輝く。
俺の魂に、新しい「飼い主」の名前が刻まれようとしている。
――その時。
ガガガガガッ!!!!
天井が、引き裂かれた。
金属が悲鳴を上げ、分厚い装甲板がまるで缶詰の蓋のようにめくれ上がる。
パラパラと瓦礫が降り注ぐ中、夜空を背に、「彼」が立っていた。
「見つけたぞ」
逆光で顔は見えない。
だが、その双眸だけが、暗闇の中で紅く燃え上がっていた。
アレクセイだ。
馬車の屋根を、物理的にこじ開けて侵入してきたのだ。
「レオニードォォォォォッ!!」
咆哮と共に、アレクセイが飛び降りてくる。
その手には、禍々しいほどの魔力を纏った大剣。
「ひぃッ!?」
レオニードが悲鳴を上げ、とっさに笛を吹くのを止めた。
音が止む。
俺の意識にかかっていた霧が、一瞬だけ晴れる。
(……はっ!?)
危ない。
今、俺は危うく「魂のハンコ」を押すところだった!
「させるかァ!」
アレクセイの剣が、レオニードを目掛けて振り下ろされる。
レオニードは咄嗟に防御魔法を展開するが、アレクセイの一撃は障壁ごと彼を吹き飛ばした。
ドゴォォォォン!!
レオニードが壁に激突し、笛が手から離れて転がる。
拘束魔法が解けた俺は、祭壇から転げ落ちた。
「ノワール!」
アレクセイが俺に向かって手を伸ばす。
助かった。
俺は涙目(ウサギだけど)で彼の方へ駆け寄ろうとした。
だが。
「……まだだ! まだ終わっていない!」
瓦礫の中から、血まみれのレオニードが這い出してきた。
彼は執念で笛を拾い上げると、再び口に当て、力強く吹き鳴らした。
ピーーーヒョロロロロ!!
さっきよりも強く、鋭い音色。
それは「従え」という命令ではなく、「攻撃しろ」という直接的な戦闘コマンドだった。
「やれ、黒ウサギ! 目の前の敵を殺せ!!」
ビクンッ!!
俺の体が跳ねた。
脳髄に電流が走る。
命令が、神経を直接操ってくる。
「……ッ、う……!?」
俺の視界が赤く染まる。
目の前にいる金髪の男。アレクセイ。
彼が「愛しい人」ではなく、「排除すべきターゲット」として認識されていく。
殺せ。噛み殺せ。
あいつは敵だ。お前の安息を脅かす侵入者だ。
「ノワール?」
アレクセイが足を止めた。
俺の異変に気づいたのだ。
俺の瞳が、敵意に染まっていることに。
「……殿下、貴様……ノワールに何をした……」
アレクセイの声が震えている。怒りではない。恐怖だ。
俺に憎まれることへの、根源的な恐怖。
「ははは! 傑作だね! 愛するペットに刃向かわれる気分はどうだい、勇者様!」
レオニードが狂ったように笑う。
笛の音が、俺の意識を完全に塗りつぶそうとする。
(やめろ……俺は、俺は……!)
体が勝手に動く。
俺は地面を蹴り、アレクセイに向かって飛びかかった。
かつて彼と契約した時と同じように。
だが今回は、血を舐めるためではない。その喉笛を噛み切るために。
「キュゥゥゥゥッ!!(逃げろアレクセイ!!)」
俺の心の叫びとは裏腹に、鋭く尖った牙が、無防備な勇者の首筋へと迫る。
アレクセイは避けない。
剣を構えることもしない。
ただ、悲しげな瞳で俺を受け止めようとしていた。
絶体絶命。
社畜人生最大の危機(コンプライアンス違反)が、幕を開ける。
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