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第2章:スーパー・ヘッドハンティング大戦
第16話:やっぱりここが一番(ブラックだけど)
しおりを挟む結論から言えば、隣国との「スーパー・ヘッドハンティング大戦」は、我らがブラック企業(勇者パーティー)の圧勝で幕を閉じた。
最強のキメラ部隊を瞬殺され、ご自慢の洗脳アイテム『支配の笛』をウサギ(俺)に噛み砕かれたレオニード殿下は、完全に戦意を喪失した。
彼は青ざめた顔で「……君たちの愛は重すぎて、僕の優雅なコレクションには似合わないよ」と負け惜しみを残し、転移魔法で早々に撤退していった。
去り際、アレクセイが追撃の魔法を放とうとしたのを止めるのが、戦いの中で一番大変だったかもしれない。
こうして、俺の短い「ホワイト企業体験」は終わりを告げ、俺たちは元の鞘――もとい、愛の巣へと帰還したのだった。
◇◇◇
王都、勇者の屋敷。
日付が変わる頃、俺たちはようやく寝室のベッドに辿り着いた。
俺はパジャマに着替え、サイドテーブルの薬を飲み干した。
舌の傷は、アレクセイの最上級ポーションですっかり塞がっている。
だが、精神的な疲労はピークに達していた。
「……ノワール」
ふかふかのベッドに潜り込むと、待ち構えていたアレクセイが背後から覆いかぶさってきた。
重い。物理的にも、愛情的にも。
彼は俺を背中から抱きすくめ、逃がさないとばかりに手足を絡めてくる。
「今日は、本当にすまなかった」
彼は俺のうなじに顔を埋め、消え入りそうな声で謝罪した。
戦場での修羅のような覇気はどこへやら、今はただの「不安な男」になって震えている。
「俺の不手際で、お前を危険な目に遭わせた。……あの男の言っていたことは正しいのかもしれん。俺の側にいることは、お前にとって不幸なのではないか」
また始まった。勇者のネガティブ・ループだ。
レオニードが提示した「週休4日」や「安全な生活」という好条件が、彼の中で棘となって刺さっているらしい。
無理もない。客観的に見れば、あちらの方が圧倒的に「良い待遇」だったのは事実だ。
「俺には、あいつのような広大な庭園も、繊細な気遣いも用意できない。お前を戦場に連れ回し、泥にまみれさせることしか……」
俺は寝返りを打ち、ウジウジ悩む最強勇者の口を自分の手で塞いだ。
「あのですね、アレクセイ様。勘違いしないでください」
俺は呆れ半分、愛しさ半分で彼を見つめた。
「俺は『楽』がしたいわけじゃないんです」
そりゃあ、週休4日は魅力的だった。美味しい人参も最高だった。
でも、あの豪華な馬車の中で感じた空虚さは、何物にも代えがたい「退屈」だった。
俺は社畜だ。働くことに意義を見出す生き物なのだ。
「俺は、仕事(生きがい)が欲しいんです。誰かの役に立っているという実感。俺の背中を預けられる信頼。そして……」
俺は彼の手のひらを握りしめた。
ゴツゴツして、剣ダコだらけの、武骨な手。
レオニードの洗練された手とは違う、戦う男の手だ。
「俺を必要としてくれる、あなたの熱量が好きなんです」
レオニードの愛は「鑑賞」だった。
でも、アレクセイの愛は「共有」だ。
苦しみも、痛みも、喜びも、全部二人で分け合う。泥臭くて、必死で、重たい。
その関係こそが、俺が選んだ「職場環境」なのだ。
「だから、追い出しようなんて考えないでください。俺は定年まで……いや、死ぬまでここで働きますから」
俺の「永久就職宣言」を聞いて、アレクセイの瞳が揺れた。
碧眼に、じわりと熱いものが滲む。
「……ああ。絶対に離さん」
彼は俺の手を握り潰さんばかりに力を込め、そして真剣な顔で言った。
「やはり、セキュリティが甘かったな」
「はい?」
「首輪だけでは足りん。位置情報だけでなく、お前のバイタルサイン、魔力残量、精神状態を常時モニタリングできる魔道具が必要だ」
……ん?
雲行きが怪しくなってきたぞ。
感動的な話だったはずが、なぜか監視体制の強化に話が及んでいる。
「さらに、一定距離以上俺から離れたら自動的に転移で戻ってくる術式と、他の男のフェロモンを遮断するフィルター機能付きのマスクも開発させるか……いや、いっそ屋敷全体に結界を張り直して……」
「待って待って! それはやりすぎです! プライバシーゼロじゃないですか!」
俺が抗議すると、アレクセイは「駄目だ」と首を振った。
その瞳には、先ほどまでの弱気な色はなく、代わりに怪しい独占欲の炎が燃え上がっていた。
「お前は隙が多すぎる。今日だって、あんな簡単に魅了されて……」
「あれは不可抗力で……!」
「俺以外の男に、あんなとろんとした目を見せるなど……思い出すだけで気が狂いそうだ」
アレクセイの手が、俺の両手首を掴み、ベッドに縫い止める。
強引だ。でも、その強引さが心地よいと思ってしまう自分もいる。
「上書きが必要だな」
「う、上書き?」
「お前の体と心に刻まれた、あの男の痕跡を……俺の色で塗りつぶす」
アレクセイの顔が近づいてくる。
逃げ場はない。
というか、逃げる気力も体力も残っていない。
「覚悟しろ、ノワール。今夜は、一睡もさせんぞ」
宣言通り、濃厚なキスが降り注ぐ。
魔力供給という建前すら忘れた、ただの情熱的な捕食。
とろけるような快感の中で、俺の「ホワイト企業への未練」は跡形もなく消し飛んだ。
(……はぁ。これだからブラック企業は)
俺は心の中で毒づきながらも、彼の首に腕を回した。
労働時間は長いし、上司の愛は重いし、命の危険もある。
とんでもない職場だ。
でも、この温かさと、満たされる感覚は、ここにしかない。
「お手柔らかにお願いしますよ……」
俺の呟きは、熱い吐息の中に溶けていった。
部屋の明かりが消え、長い夜が始まる。
窓の外では、月が静かに俺たちの「契約更新」を見守っていた。
元社畜の雑魚ウサギ・ノワール。
最強勇者の右腕として、そして最愛の伴侶として。
俺の波乱万丈で幸せな「異世界就職ライフ」は、まだまだ続きそうだ。
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