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第3章:勇者のパパ疑惑!?伝説の師匠と魔の育児研修
第18話:週刊誌(ギルド新聞)によるスキャンダル
しおりを挟む企業において、不祥事や噂への対応――いわゆる「リスクマネジメント」は、広報担当の腕の見せ所だ。
初期消火に失敗すれば、小さな火種も一瞬で大炎上し、株価(社会的信用)は大暴落する。
そして今、俺たちの屋敷は、物理的にも社会的にも炎上寸前だった。
◇◇◇
「オギャァァァァァァッ!!(マッマぁぁぁぁ! おなかすいたぁぁぁ!)」
鼓膜をつんざく絶叫。
同時に、屋敷の窓ガラスがガタガタと震え、ビリビリという静電気が空間を走る。
「り、リュウ! 泣かないで! 今ミルク作るから! 電気流さないで!」
俺はキッチンで必死に魔力水を調合していた。
髪は逆立ち、エプロンは焦げている。
リュウ(エンシェント・ドラゴン幼体)が泣くたびに、微弱な放電(サンダー・ショック)が発生し、魔法防御力ゼロの俺を襲うのだ。
「……やかましいぞ、チビ。ノワールを困らせるな」
ソファで優雅に新聞を読んでいたアレクセイが、不機嫌そうにリュウを睨む。
するとリュウはビクリと震え、さらにボリュームを上げた。
「パパこわいぃぃぃぃ!! ギャァァァァッ!!」
「ぐわぁぁぁッ!?(電撃の電圧が上がったぁぁぁ!?)」
俺は感電しながらリビングへ滑り込み、哺乳瓶をリュウの口に突っ込んだ。
チュパッ。
ようやく泣き声が止まり、平和が訪れる。
「はぁ……はぁ……。アレクセイ様、睨まないでください。赤ちゃんの夜泣きは仕事(育児)の一部です」
「フン。俺たちの愛の巣を騒音で汚す罪は重いぞ」
アレクセイは納得いかない様子だが、俺にとってはそれどころではない問題があった。
この騒音だ。
ドラゴンの鳴き声は、特殊な波長を持って響き渡る。
防音結界を張ってはいるが、規格外の魔力を持つリュウの声は、時折それを突き抜けて外に漏れ出している可能性がある。
もし、「勇者の屋敷から謎の赤ん坊の声がする」なんて噂が広まったら……。
俺が懸念していた矢先、玄関の魔導チャイムがけたたましく鳴り響いた。
「アレクセイ様! 冒険者ギルド広報部のミネルヴァです! 緊急取材をお願いします!」
――来た。
週刊誌(ギルド新聞)の突撃取材だ。
◇◇◇
屋敷の応接室。
目の前には、瓶底眼鏡をかけた女性記者ミネルヴァと、速記用の魔法ペンが浮いている。
彼女は鼻息も荒く、テーブルに一枚の写真を叩きつけた。
「単刀直入にお伺いします! ここ数日、屋敷から赤ちゃんの泣き声がするとの通報が多数寄せられています! そしてこの写真!」
それは、俺が庭でこっそりリュウを日光浴させている隠し撮り写真だった。
遠目だが、俺が「白い何か」を抱いてあやしている姿が映っている。
「勇者アレクセイ様に、隠し子発覚!? お相手は、同居中のパートナーであるノワール氏なのか!? ……世間はこの話題で持ちきりです!」
ミネルヴァ記者がテーブルに身を乗り出す。
「事実関係をお願いします! その子は、お二人の『愛の結晶』なのですか!?」
さあ、どうする。
ここで「ドラゴンを拾いました」と正直に言えば、「危険生物を住宅街に持ち込むな」と批判されるか、あるいは「討伐対象」としてリュウが狙われる危険がある。
かといって、「隠し子」を肯定すれば、男同士でどうやって子供を作ったんだという生物学的な論争とスキャンダルになる。
俺は元営業マンとして、脳内で素早く「模範解答」を組み立てた。
(ここは、『身寄りのない特殊な亜人の孤児を保護している』という慈善事業(チャリティー)の方向で……)
「ええ、実はですね――」
俺が口を開こうとした、その時。
隣で沈黙していたアレクセイが、不敵な笑みを浮かべて口を開いた。
「隠す必要もあるまい」
え?
待って、ボス。台本にないアドリブはやめてください。
「その子は、俺とノワールの子だ」
――ドカーン!!
俺の脳内で、何かが爆発した。
「ほ、本当ですかぁぁぁッ!!?」
ミネルヴァ記者が絶叫し、ペンが猛スピードでメモを取り始める。
「ちょ、アレクセイ様!? 語弊があります! 言葉が足りません!」
「何も間違っていないだろう。俺とお前で育てている。つまり俺たちの子だ」
間違ってはいないが、世間一般の解釈とは大きく乖離している!
だが、アレクセイは止まらない。彼は俺の肩を抱き寄せ、カメラ目線で堂々と言い放った。
「ノワールが、俺のために頑張ってくれたおかげでな。……初めて見た時は、あまりの可愛さに驚いたものだ」
(※注:拾ってきた卵が孵化した時の感想です)
「なんと……! ノワール氏が出産(?)を!?」
記者の目が爛々と輝く。
異世界ファンタジーとはいえ、男の出産はレアケースだ。だが、「勇者の規格外の魔力」と「魔物であるノワールの特殊生態」が合わされば、奇跡も起こるかもしれない……という妙な説得力が生まれてしまっている。
「あの夜のことは忘れられん。……ノワールは痛がっていたが、最後は光に包まれて……」
(※注:リュウがブレスで俺を吹っ飛ばした時の感想です)
「感動秘話ですね……ッ!」
「違います! 事故です! ただの事故案件です!」
俺の悲痛な訂正も、感動に打ち震える記者の耳には届かない。
まずい。このままでは、「勇者カップル、奇跡の出産!」という見出しで一面を飾ってしまう。
その時。
ガチャリ、とドアが開いた。
「マッマ~?」
やってきてしまった。
お昼寝から目覚めたリュウが、ヨチヨチ歩きで入ってきたのだ。
背中には小さな翼。お尻には尻尾。頭には小さな角。
どこからどう見ても「人外」だ。
「ああっ! その子が!」
記者が振り返る。
これでバレる。「なんだ、ドラゴンじゃないか」と。
俺は観念して目を閉じた。
しかし。
「まぁ……! なんて可愛らしい……!」
「へ?」
目を開けると、記者が頬を染めてリュウを見つめていた。
リュウは人化の魔法など使えないはずだ。今の姿は、完全にトカゲ……いや。
(……そういえば、エンシェント・ドラゴンって『高位の聖なる生き物』だから、見る人によっては神々しい精霊に見えるんだったか?)
記者の目には、リュウが「勇者の血を引く、神秘的な力を持った愛らしい赤ちゃん」としてフィルター越しに映っているらしい。
翼や角も、「勇者の子供ならではのギフト(特殊能力の現れ)」として好意的に解釈されている。
「マッマ! だっこ!」
リュウが俺に抱きつき、甘えた声を出す。
俺は反射的に抱き上げ、背中をトントンする。
「よしよし、いい子だねリュウ」
「パパは?」
リュウがアレクセイを見て首をかしげる。
アレクセイはフンと鼻を鳴らしたが、記者の手前、無下にもできず、不器用にリュウの頭をポンと撫でた。
「……いい子にしていたか」
「うん!」
その光景。
最強の勇者(パパ)、美貌の従魔(ママ)、そして天使のような赤ちゃん。
窓から差し込む陽光が、三人(?)を神々しく照らし出す。
カシャッ、カシャッ!!
魔法カメラのシャッター音が連打された。
「素晴らしい……! これぞ『家族の肖像』です! 王国中が涙します!」
記者はハンカチで涙を拭いながら立ち上がった。
「ありがとうございました! この独占スクープ、明日の朝刊でトップニュースにします!」
「あ、待って! 原稿チェックを! コンプライアンス確認をさせてください!」
俺の叫びも虚しく、記者は風のように去っていった。
残されたのは、満足げな勇者と、キャッキャと笑うドラゴンと、頭を抱える俺だけ。
◇◇◇
翌朝。
王都の広場には、号外を奪い合う人々の姿があった。
『祝! 勇者アレクセイ様に第一子誕生!』
『パートナー・ノワール氏との愛の奇跡! 種族を超えた究極の愛!』
『赤ちゃんは天使のような可愛さ! "マッマ"と呼ぶ姿に全ギルドが泣いた!』
デカデカと掲載された写真には、俺たちがリュウを囲んで幸せそうに(見えるように)微笑む姿。
「……終わった」
俺は屋敷のポストから新聞を取り出し、がっくりと膝をついた。
訂正不可能。既成事実化完了。
これで俺は、世間から「勇者の妻(夫)」兼「一児の母(父)」として完全に認知されてしまった。
「悪くない記事だ」
アレクセイが後ろから新聞を覗き込み、満足げに頷く。
「これでレオニードのような輩も、二度と手出しできまい。お前は俺と家庭を持ったのだからな」
「……それが狙いですか、策士め」
アレクセイは確信犯だったのだ。
スキャンダルを利用して、俺との関係をより強固な「家族」という枠組みで固定してしまった。
所有欲の化身め。
「マッマ! みて! しんぶん!」
リュウが新聞を指差してはしゃいでいる。
俺はため息をつきつつ、リュウの鼻水を拭いてやった。
「はいはい。……もういいよ。ママでもパパでも何でもやってやるよ」
世間の誤解なんて、もうどうでもいい。
問題は、この記事が「ある人物」の目に留まってしまったことだ。
新聞は、王都だけでなく、地方にも配送される。
そして、辺境の山奥で隠居していた「伝説の老人」の元にも。
――バンッ!!
遠く離れた山小屋で、一人の老人がテーブルを叩き割った。
「な、なんじゃとぉぉぉッ!? あのアレクセイが……魔物ごときにうつつを抜かし、隠し子だとぉ!?」
筋骨隆々の老人が立ち上がる。
その背中には、かつて魔王を倒したとされる大剣。
「教育的指導じゃ! 今すぐ王都へ向かう!!」
スキャンダルは、最強の監査役(おじいちゃん)を呼び寄せる狼煙となってしまった。
俺の平穏な育児ライフに、さらなる激震が走るまで、あと数日。
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