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第3章:勇者のパパ疑惑!?伝説の師匠と魔の育児研修
第19話:本社(師匠)からの抜き打ち監査
しおりを挟む平和な朝の朝食風景が崩壊するのは、いつだって突然だ。
「リュウ、ほら。人参ペーストだよ。あーん」
「パパ~! だっこ~!」
「……俺の膝はノワール専用なのだが」
勇者の屋敷のリビング。
俺がスプーンでリュウ(エンシェント・ドラゴン幼体)に離乳食を与え、リュウはそれを拒否してアレクセイによじ登り、アレクセイは満更でもない顔で文句を言う。
スキャンダル記事のおかげで世間公認となった俺たちの生活は、騒がしくも幸せに回っていた。
そう、あの音が聞こえるまでは。
――ドゴォォォォォンッ!!!!!
爆音。
屋敷全体が震度6クラスの揺れに見舞われた。
テーブルの上のスープが跳ね、リュウが「きゃっ!」と俺にしがみつく。
「て、敵襲か!?」
「いや、結界の反応はない……これは、物理攻撃だ!」
アレクセイが即座に立ち上がり、剣を喚んで構える。
正面玄関の方角だ。
何者かが、防犯結界をすり抜けるのではなく、正面から物理的に門を粉砕して侵入してきたのだ。
「アレクセイィィィィッ!! おるかぁぁぁッ!!」
ビリビリと空気を震わせる怒号。
その声を聞いた瞬間、最強の勇者アレクセイの顔色から、サーッと血の気が引いた。
「……ま、まさか」
「アレクセイ様? 心当たりが?」
「あの声……いや、あり得ない。あの人は辺境の山奥で隠居したはずだ」
アレクセイが冷や汗を流しながら後退る。
あの不敵な勇者が、ここまで動揺するなんて。
一体どんな化け物が来たというのか。
ズン、ズン、ズン。
重厚な足音が近づいてくる。
リビングの扉が、蹴破られるようにして開かれた。
「――そこにおったか、この馬鹿弟子がァッ!!」
現れたのは、一人の老人だった。
白髪白髭。だが、その体躯はアレクセイ以上に逞しく、筋肉が服の上からでも隆起しているのが分かる。
背中には、身の丈ほどもある巨大な戦鎚(ウォーハンマー)。
顔には歴戦の傷跡。
全身から放たれるプレッシャーは、ラスボス級の魔物すら裸足で逃げ出すレベルだ。
「し、師匠……!?」
アレクセイが直立不動になり、震える声で呼んだ。
師匠。
その言葉に、俺の記憶がリンクする。
ゲーム『エターナル・ファンタジア』の設定資料集に載っていた、伝説の元勇者。
先代の剣聖にして、アレクセイを幼少期からスパルタ教育で育て上げた鬼教官。
ガランド・ヴォルテックス導師。
「ひぃっ……!」
俺は本能的な恐怖で身を縮めた。
怖い。レオニード殿下の時は「怪しい」だったが、この人は純粋に「怖い」。
昭和の頑固親父を煮詰めて、兵器で武装させたような威圧感だ。
「新聞を見たぞ、アレクセイ! 隠し子だと? しかも相手は男で、魔物だと!?」
ガランド導師は手に持っていた新聞(グシャグシャに握り潰されている)を床に叩きつけた。
「わしは貴様を、そんな軟弱者に育てた覚えはないわ! 世界を救う勇者が、魔物に誑かされて腑抜けるとは何事か!」
「し、師匠、誤解です! いや、誤解ではありませんが……ノワールはただの魔物では……」
アレクセイが必死に弁解しようとするが、ガランドの一喝がそれを遮る。
「黙れ! 言い訳など聞かん!」
そして、ガランドの鋭い眼光が、俺に向けられた。
ギロリ。
蛇に睨まれたカエルとはこのことか。俺は金縛りにあったように動けない。
「……ふん。その黒ウサギか」
ガランドは俺を値踏みするように鼻を鳴らした。
「見たところ、魔力も大したことはない。種族はダーク・ラビット……最弱の雑魚ではないか。こんなペット風情が、勇者の伴侶気取りとは笑わせる」
痛烈な罵倒。
悔しいが、事実だ。ステータス的には俺は雑魚だ。
だが、その言葉には明確な「侮蔑」と「排除」の意志が込められていた。
「貴様のような寄生虫がいるから、アレクセイの剣が鈍るのだ。……今すぐここから消え失せろ。さもなくば、わしがその手で駆除してやる」
ガランドが背中のハンマーに手をかける。
殺気。本気の殺気だ。
アレクセイが俺を庇って前に出ようとする。
「師匠! ノワールに手出しはさせません!」
「どけアレクセイ! 貴様が切れんのなら、わしがやる!」
一触即発。
このままでは、屋敷が戦場になる。
そして、俺のせいで師弟対決なんてことになれば、アレクセイの立場も心も傷つくことになる。
逃げるか?
いや、逃げたら終わりだ。
ここで尻尾を巻いて逃げ出したら、俺は一生「勇者の足を引っ張るペット」のままだ。
「永久就職」すると誓ったんじゃないのか?
こんな理不尽なリストラ勧告、黙って受け入れられるか!
(……思い出せ、佐伯湊。前世のブラック企業時代を)
理不尽なクライアント。恫喝する取引先の社長。無理難題を押し付ける本社監査役。
そんな修羅場を、俺はどうやって乗り越えてきた?
謝罪? 逃走?
違う。
徹底的な「低姿勢」と、相手の懐に入り込む「営業スマイル」、そして揺るがない「実務能力のアピール」だ!
スッ。
俺はアレクセイの背後から、静かに前に出た。
そして、鬼のような形相のガランドの目前で、流れるように膝をつき、深々と頭を下げた。
「――お初にお目にかかります、ガランド様」
凛とした声。
震えを押し殺し、俺は「デキる秘書」のモードに切り替えた。
「アレクセイ様のパートナーを務めさせていただいております、ノワールと申します。この度は、我々の配慮不足により、ご心配をおかけして申し訳ございません」
「……あ?」
ガランドが虚を突かれたように動きを止める。
命乞いをするでもなく、逃げ出すでもなく、完璧なビジネスマナーで挨拶されたことに困惑しているようだ。
「ふん、口の回るウサギだ。だが、言葉で誤魔化そうとしても無駄だぞ。わしは魔物を認めん」
「はい、重々承知しております。伝説の勇者であらせられるガランド様にとって、魔物は討伐すべき敵。そのご心中、お察しいたします」
まずは相手の言い分を肯定する(イエスセット話法)。
そして、すかさず切り返す。
「ですが、私はただアレクセイ様に庇護されているだけのペットではございません」
俺は顔を上げ、ガランドの目を真っ直ぐに見据えた。
「私は、アレクセイ様の生活管理、ダンジョン探索における後方支援、スケジュール調整、そしてメンタルケア……これら全てを一手に担う『マネージャー』でございます」
「……マネージャーだと?」
「はい。アレクセイ様が最強の剣として十全に力を発揮できるのは、私が雑務と背中の守りを完璧にこなしているからです。もし私を排除すれば……アレクセイ様のパフォーマンスは著しく低下し、結果として世界の損失になるかと存じます」
ハッタリではない。事実だ。
俺がいなければ、この屋敷はゴミ屋敷になり、アレクセイは食事も適当になり、ダンジョンでは不意打ちを食らいまくるだろう。
俺は「必要な人材」なのだ。
「ほう……」
ガランドの目に、侮蔑とは違う色が混じる。
興味。そして、値踏みするような鋭い光。
「大きく出たな、雑魚ウサギ。自分の価値をそこまで信じているとは」
「信じております。……それに」
俺はチラリと背後のアレクセイを見た。
彼は心配そうに、でも誇らしげに俺を見ている。
「私がここを去れば、アレクセイ様が悲しみます。私は、彼の笑顔を守るためなら、どんな相手にでも立ち向かう覚悟です」
言い切った。
リビングに沈黙が落ちる。
ガランドはしばらく俺を睨みつけていたが、やがて「フンッ」と鼻を鳴らし、ハンマーを下ろした。
「……口だけは達者なようだな」
彼はドカッ、とソファに座り込んだ。
重量でソファが悲鳴を上げる。
「いいだろう。そこまで言うなら、証明してみせろ」
ガランドは腕を組み、不敵に笑った。
「わしはこの屋敷に滞在する。お前が本当にアレクセイの益になる存在か、それともただの害虫か……この目で厳しく『監査』してやる」
「監査、ですか」
「そうだ。期間は未定。もし少しでもボロを出せば、即刻叩き出してやるから覚悟しておけ!」
本社からの長期滞在型監査、決定。
しかも監査役は、魔物嫌いの最強ジジイ。
最悪の展開だ。
だが、首の皮一枚で「即時解雇(殺害)」は免れた。
「承知いたしました。……では、まずはウェルカムティーをご用意いたしますね」
俺はニッコリと微笑み、震える足でキッチンへと向かった。
勝負はこれからだ。
元社畜の「おもてなしスキル」と「業務遂行能力」で、この頑固親父を唸らせてやる。
しかし。
俺は忘れていた。
この監査には、もう一つの「不確定要素」が絡んでくることを。
「マッマ~?」
足元で、リュウが目を覚ました。
彼は見慣れないジジイ(ガランド)を見て、首をかしげた。
「……じっじ?」
そして、無邪気にトテトテと歩み寄っていく。
「おい、リュウ! そっちはダメだ!」
俺の制止も間に合わず、リュウはガランドの足に噛み付いた――甘噛みだが。
「なんじゃ、この白いトカゲは」
「あーっ! ガランド様、それは!」
「くしゅんっ!」
ズドンッ!!!!!
リュウのくしゃみ(ブレス)が炸裂した。
至近距離で聖なる雷を受けたガランド導師は、黒焦げになりながらも、微動だにしていなかった。
「……ほう。いい威力の挨拶じゃな」
ガランドがニヤリと笑う。
無傷だ。魔法防御力もカンストしているらしい。
「このチビもまとめて監査してやる。……覚悟するんじゃな、新入りども」
こうして、最強の師匠と、最強の赤ちゃんに挟まれた、俺の地獄の「監査ライフ」が幕を開けたのだった。
胃薬……いや、ポーションが必要だ。今すぐに。
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