ざこてん〜初期雑魚モンスターに転生した俺は、勇者にテイムしてもらう〜

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第3章:勇者のパパ疑惑!?伝説の師匠と魔の育児研修

第20話:育児ノイローゼと物理無効の罠

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 ブラック企業において、「深夜残業」は日常茶飯事だ。
 だが、今の俺が直面しているのは、そんな生ぬるいものではない。
 終わりが見えない。マニュアルが存在しない。そして、クライアント(赤ちゃん)は言葉が通じない。

 これは、まさに地獄のデスマーチだ。


 ◇◇◇

 丑三つ時。
 勇者の屋敷に、けたたましいサイレンが鳴り響いた。

「オギャァァァァァァァァッ!!!」

 リュウの泣き声だ。
 ただの夜泣きではない。エンシェント・ドラゴンの幼体による本気の咆哮。
 屋敷の防音結界がビリビリと震え、窓ガラスにヒビが入る。

「敵襲かッ!?」

 アレクセイがガバッと飛び起きた。
 枕元の大剣を掴み、殺気立って周囲を見渡す。

「違いますボス……リュウです。夜泣きです」

 俺はふらふらとベッドから這い出した。
 目の下に濃いクマができているのが、自分でも分かる。
 ここ三日、まともに寝ていない。
 リュウは昼間は天使のように可愛く、ガランド師匠の監査(監視)の目がある手前、大人しくしている。
 だが、夜になると野生の本能が目覚めるのか、魔力を暴走させて泣き叫ぶのだ。

「またか……。よし、俺が行く」

 アレクセイが剣を置き、意気込んで子供部屋(元客室)へと向かう。
 俺は止める気力もなく、その後ろをついていった。

 子供部屋に入ると、ベビーベッドの中で真っ白なリュウが手足をバタつかせて泣いていた。
 周囲には放電現象(プラズマ)が発生し、家具が黒焦げになっている。

「よしよし、リュウ。泣き止むんだ。パパだぞ」

 アレクセイが勇敢にも近づき、バチバチと火花が散るリュウを抱き上げた。
 さすが物理最強。魔法防御力も高い彼は、ドラゴンの放電などものともしない。
 蚊に刺された程度にも感じていないだろう。

 だが。

「ギャァァァッ!! パパこわいぃぃぃ! かたいぃぃぃ!」

 リュウの泣き声が倍増した。
 アレクセイの筋肉は鋼鉄のように硬い。さらに、無意識に放っている「強者の覇気」が、赤ん坊にとっては恐怖の対象でしかないのだ。

「む……。なぜだ。なぜ泣き止まん」

 アレクセイが困惑して固まる。
 ドラゴンを素手で殴り殺せる男も、泣く赤子を黙らせるスキルは持っていない。
 彼は助けを求めるように俺を見た。

「ノワール、交代だ。……俺では、ダメらしい」

 その背中が悲哀に満ちている。
 俺はため息をつき、気合を入れ直して「業務モード」に入った。

「下がっていてください、ボス。ここからは専門家の領域です」

 俺はゴム手袋(絶縁用)を装着し、防護メガネをかけた。
 完全防備だ。これがないと死ぬ。

「よしよし、リュウちゃん。マッマですよー」

 俺はアレクセイからリュウを受け取った。
 その瞬間。

 バチッ!!

「ぐっ……!?」

 ゴム手袋越しでも、強烈な電流が走る。
 魔法防御力Fランク以下の俺にとって、この放電はスタンガンを直に当てられているようなものだ。
 視界が明滅する。心臓が早鐘を打つ。

(痛い……ッ! でも、離しちゃダメだ!)

 俺は歯を食いしばり、笑顔(営業用スマイル)を貼り付けた。

「どうしたのかなー? お腹空いた? オムツかなー?」

 俺はリュウをあやしながら、片手で魔法瓶のミルクを取り出し、温度を確認する。
 同時に、オムツの中身をチェック。濡れてない。
 なら、寂しいのか。

「マッマ……マッマ……」

 リュウが涙目で俺の胸に顔を擦り付ける。
 可愛い。
 可愛いが、その際に口から漏れた小さな「しゃっくり」が、火の玉となって俺の胸元を襲う。

 ジュッ。

「あつッ!!」

 パジャマが焦げ、皮膚が焼ける。
 熱い。痛い。
 アレクセイなら「温かいな」で済む火力が、俺には大火傷だ。

「ノワール! 大丈夫か!?」
「き、来ないでください! 今代わったら、またリュウが興奮します!」

 俺はポーションを一気飲みし、痛みを誤魔化しながらリュウを揺すり続けた。

「ねんねんころりよ~、おころりよ~」

 子守唄を歌う。
 背中を一定のリズムで叩く。
 魔力を、攻撃用ではなく「癒やし」の波長に変えて、リュウに送り込む。
 これは俺が元魔物だからできる芸当だ。アレクセイの強すぎる魔力では、刺激が強すぎて逆に興奮させてしまう。

 バチバチ……シュウ……。

 やがて、リュウの放電が収まり、安らかな寝息が聞こえ始めた。
 小さな手が、俺の焦げたパジャマをぎゅっと握っている。

「……ふぅ。ミッション、コンプリート……」

 俺はその場にへたり込んだ。
 全身ボロボロだ。髪はチリチリ、服は焦げ跡だらけ、手は痺れて感覚がない。
 これが毎晩続くのか。
 過労死待ったなしだ。

「すまん、ノワール……」

 アレクセイが申し訳無さそうに俺の肩を抱く。

「俺が代わってやりたいが、どうにも上手くいかん。俺は無力だ」
「何言ってるんですか。ボスにはボスの役割(警備とか稼ぎとか)があるでしょう。……育児はチーム戦ですよ」

 俺はリュウをベビーベッドに戻し、ふらつく足で立ち上がった。

 ふと、視線を感じた。
 廊下の暗がりに、誰かが立っている。

 ガランド導師だ。
 腕を組み、鬼のような形相でこちらの様子を伺っていた。

(……見られてたか)

 不甲斐ないところを見せた、と俺は思った。
 魔物のくせに、赤子の魔法ごときでボロボロになっている姿。
 「やはり雑魚だ」と笑われるだろうか。

 だが、ガランドは何も言わず、無言で踵を返して去っていった。
 その背中からは、いつもの殺気は感じられなかった。


 ◇◇◇

 翌朝。
 ダイニングルームの空気は重かった。

「……いただきます」

 俺は死んだ魚のような目で、スープを啜った。
 睡眠時間、トータル2時間。
 コーヒーとポーションで無理やり動かしている体は、鉛のように重い。

 対面に座るガランド導師は、朝からステーキを平らげながら、ジロリと俺を見た。

「おい、黒ウサギ」
「……はい、なんでしょうか」
「顔色が悪いぞ。死相が出とるわ」

 余計なお世話だ。誰のせいで緊張して眠れないと思っているんだ。

「お前のその体たらく……魔法防御力が皆無に等しいな」
「……はい。生まれつきの仕様(スペック)ですので」

 隠しても仕方がない。俺は認めた。

「ドラゴンの放電は、常人なら即死レベルだ。それを毎晩受け続けて、よく生きておるな」
「気合とポーションでカバーしております。業務ですので」

 俺が淡々と答えると、ガランドは鼻を鳴らした。

「ふん。勇者の伴侶を名乗るなら、最低でもドラゴンのブレスくらい涼しい顔で受け止めろ」
「努力目標として掲げておきます」

 無理だろ。物理的に。
 俺が心の中でツッコミを入れていると、ガランドは不意に立ち上がった。

「おい、アレクセイ」
「はい、師匠」
「今日はわしがリュウと遊んでやる。お前たちは少し休んでおけ」

 ……え?

 俺とアレクセイは顔を見合わせた。
 あの「魔物嫌い」のガランド師匠が、ドラゴンの世話を?

「何をボサッとしている! 監査の一環だ! 赤子の教育が行き届いているか確認するだけだ!」

 ガランドはそう怒鳴ると、ベビーチェアで人参を撒き散らしているリュウの首根っこを掴み上げ、リビングへと連れて行った。

「じっじ! あそぶ!」
「やかましい! まずはその軟弱な鱗を鍛え直してやる!」

 ……大丈夫だろうか。
 スパルタ教育でリュウがトラウマを負わないだろうか。
 だが、その背中は「少しは寝ておけ」と不器用に言っているようにも見えた。

「……師匠なりの、気遣いかもしれんな」

 アレクセイが苦笑する。
 俺は泥のような疲労感の中で、少しだけ救われた気分になった。
 だが、この平穏も束の間。
 ガランド師匠は甘くはない。
 夕方、昼寝から目覚めた俺を待っていたのは、地獄の「実技試験」の通達だった。

「体が回復したようだな、黒ウサギ。……では、監査の続きだ」

 庭に呼び出された俺の前に、ガランドが仁王立ちしていた。
 その手には木剣。しかし彼が持つと、鉄塊に見える。

「口先と根性だけは認めてやる。だが、戦場でアレクセイの足を引っ張らないという証明にはならん」

 ガランドが切っ先を俺に向ける。

「模擬戦だ。わしから一本取ってみせろ。……できなければ、この屋敷から出て行ってもらう」

 やっぱり来たか。
 体力も魔力も回復したとはいえ、相手は伝説の元勇者。
 正面からぶつかれば3秒でミンチだ。

(だが……勝つしかない)

 俺は冷や汗を拭い、覚悟を決めた。
 力で勝てないなら、知恵と、社畜の生存戦略(ズル)を使うまでだ。

「承知いたしました。……ただし、ルールはこちらで決めさせていただきます」

 育児ノイローゼ明けの社畜ウサギ vs 伝説の鬼師匠。
 絶対に負けられない「面接」が始まる。
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