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第6話:お前が、いなくなるのが怖い(セス視点)
しおりを挟む春の陽が斜めに差し込む午後。
小さな村の坂道を、何気なく歩いていた足が止まった。
ここだ——この場所。
まだ子どもだった頃、何も考えずに坂を駆け下りて、足を滑らせたあの日。
石畳に膝をぶつけて、転がるように倒れた自分のそばに、誰より早く駆け寄ってくれたのが、リセルだった。
「セス、大丈夫……!?」
そのときの声は、今も耳に残ってる。
泣きそうな顔で、でも必死に手を伸ばしてくれた彼の小さな手。
その温もりを、俺は忘れたことがない。
あのときから、ずっと——
リセルは、いつも俺の前にいて、俺の隣にいて、俺のことを見ていてくれた。
だからなのかもしれない。
最近のあいつの距離が、どうしようもなく怖い。
隣に居るはずなのに遠ざかっていく気がして。
何かを失いかけてるような、胸のざわつきが止まらない。
——リセルは、幼馴染だ。俺にとって一番近くて、なのに今一番遠く感じる存在。
最近、王都から来た王子が村に滞在していて、何かとリセルに構ってくる。
最初はただの好奇心かと思っていたけど……あの王子の視線に、ふとした真剣さが混じる瞬間を見てしまった。
◇◇◇
縫製部屋の窓から、リセルの横顔が見えた。
相変わらず、手元に集中している。あいつのこういうところ、ずっと変わらない。
気づけば、足が勝手に動いていた。
「よ……よう、リセル」
「セス? びっくりした……どうしたの?」
「いや、なんか……手伝おうかと思って」
自分でも、何を言ってるんだろうと思う。
針仕事なんてしたことないくせに。
だけど、今はどうしてもこいつの隣にいたかった。それだけだった。
「えっ? 本気で言ってる? セスが?」
「言ったからには手伝うよ、ほら、これ刺しゃいいんだろ……いてっ!」
「だから言ったのに! もう、セスは……ほんといつも無茶しすぎ」
ぷくっと頬をふくらませて、手を止めたリセル。
久しぶりにちゃんと目が合った。
その嬉しさに、思わず笑ってしまった。
「たまには、こういうのも悪くないかなって思っただけ。……お前の隣、悪くないからさ」
「……セス」
何か言いかけたリセルの声が、ほんの少し震えていた。
その意味は、俺にはわからなかった。
けれど、たぶん——
この時の空気は、ほんの少しだけ、あたたかくて優しかった気がする。
夕方。市場の近くを歩いていたときだった。
人混みの向こうで、王子とリセルが話しているのが見えた。
王子は何か冗談を言ったのか、リセルが少し困った顔をしながらも楽しそうに笑っていた。
あんな顔、最近俺には見せたことがない気がする。
(……なんで、他のやつの前だとあんなに自然に笑えるんだよ)
胸の奥が、きゅう、と痛んだ。
理由もなく、呼吸が浅くなる。視界が少しにじんで、知らぬ間に拳を握っていた。
たぶん、それが「嫉妬」だって気づいたのは——
リセルの肩に、王子が無邪気に手を置いた瞬間だった。
思わず、足が止まる。
リセルはその手を払いのけるでもなく、少し眉を下げて笑っていた。
ごく自然な、まるでそれが当たり前のような仕草に見えて、頭の奥がカッと熱くなった。
そのとき、不意に数歩だけ近づいてしまっていたらしい。
気づけば、人ごみのなか、誰にも聞こえないような声で、口をついて出ていた。
「……やめろよ。勝手に触んなよ」
誰に言ったのかもわからない、ほとんど呟きだった。
けれど、心のなかではもっとずっと大きな声で叫んでいた。
(リセルは……おれの、だろ)
その「おれの」が、何を意味するのか、自分でもよくわからなかった。
けれど、それを奪われる気がして、たまらなく怖かった。
過去の時間が、静かに引き裂かれていくような錯覚。
そして、決定的だったのは——
王子が去り際に、リセルにそっと一輪の花を渡していたこと。
「君の目の色に似ていたからね」とかいうキザったらしい言葉で、恥じらうように笑って。
リセルは戸惑いながらも、断らなかった。
花を受け取って、その場に置くでもなく、服の端にそっと挿していた。
その姿が、胸に焼きついた。
(なんで……? そんなの、笑って受け取るなよ。お前は、そんな……)
リセルが、いなくなるかもしれない。
そんな予感に、胸が焼けるような思いだった。
(待てよ……なんで俺は、こんなに焦って……)
答えなんて、もうとうにわかっていたくせに。
言葉にするのが、怖かった。
だけど、はっきりしているのはひとつ。
——このままじゃ、リセルを取られる。
初めて、心の底からそう思った。
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