「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g

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第8話:平凡な俺たちの幸福論

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 小鳥のさえずりが聞こえる。
 カーテンの隙間から差し込む朝日が、部屋の中を白く照らし出していた。

 俺、ルシアンは、ベッドの脇に置いた椅子に座ったまま、大きく伸びをした。
 首と背中がバキボキと音を立てる。
 結局、一睡もできなかった。
 目の前には、スヤスヤと眠るオルドリン様の寝顔がある。

「……やっと熱、下がったな」

 そっと額に手を当てると、昨夜のような火傷しそうな熱さは引いていた。
 その代わり、彼の頬は少し痩けたように見える。
 無理もない。徹夜で装備を作り、デート(という名の護衛任務)で神経をすり減らし、魔力欠乏で倒れたのだから。

「ほんと、手のかかる旦那様だよ……」

 俺は苦笑しながら、彼の乱れた前髪を指で梳いた。
 前の俺なら、こんなふうに彼に触れるなんて想像もしなかっただろう。
 それが今や、こうして無防備な寝顔を独り占めしている。

 世界最強の魔法使いにも、弱点はある。
 そして、その弱点(俺)を守るために、彼はボロボロになるまで戦ってくれた。
 そんなの、愛しくならないわけがないじゃないか。

「……ん……」

 小さく呻き声を上げて、オルドリン様の睫毛が震えた。
 ゆっくりと、アイスブルーの瞳が開かれる。

「……ルシ、アン……?」
「おはようございます、旦那様。気分はどうですか?」

 俺が覗き込むと、彼はぼんやりとした視線を俺に合わせ、それからハッとしたように身を起こそうとした。

「いけない、君の食事を……!」
「何言ってんですか!  寝てください」

 俺は彼の肩を押して、強制的に枕に沈めた。

「今何時だと思ってます? まだ早朝ですよ。それに、今日の旦那様は絶対安静です。トイレ以外でベッドから出るの禁止ですからね!」
「しかし……君が……」
「俺なら元気ですよ。ピンピンしてます。……旦那様が守ってくれたおかげで」

 そう言うと、オルドリン様は安堵したようにふわりと笑った。
 その笑顔の破壊力たるや。
 病み上がりの儚げな雰囲気も相まって、ドキドキしてしまう。

「……喉、乾きましたよね」
「ああ……少し」

 俺はサイドテーブルの水差しから水を注ぎ、彼の口元へ運んだ。
 彼は素直にそれを飲み干し、ふぅ、と息を吐いた。

「……面目ない。デートの最後が、こんな形になるとは」
「ほんと気にしないでください。俺、結構楽しかったし」
「楽しかった?」
「はい。旦那様の看病ができるなんて、レアイベントじゃないですか。いつもお世話されてばっかりだし、たまにはお返ししたかったんですよ」

 俺はニカっと笑って見せた。
 オルドリン様は眩しそうに目を細め、それから少し照れくさそうに視線を逸らした。

「……腹は、減っていないのか?」
「俺はさっき軽く食べました。……旦那様こそ、何か食べないと。魔力回復には栄養が必要なんですよね?」
「ああ……だが、食欲があまり……」
「だと思いました。だから、これ」

 俺はワゴンに乗せてあったボウルを取り出した。
 湯気が立つ、熱々のお粥だ。
 屋敷のシェフに頼んで作ってもらった……わけではない。

「特製、ルシアン粥!」
「……君が、作ったのか?」
「そうです。厨房借りました。味付けは塩だけのシンプルなやつですけど」

 俺はスプーンで掬い、ふーふーと息を吹きかけて冷ました。
 そして、それをオルドリン様の口元へ差し出す。

「はい、あーん」
「……ッ!」

 オルドリン様が固まった。
 デジャヴだ。
 軟禁生活で、彼が俺にやっていたことへの仕返し(リベンジ)である。

「ほら、口開けてください。早くしないと冷めますよ?」
「い、いや、しかし……私が君に世話をさせるなど……」
「いいから! ほら、あーん!」

 俺が強引にスプーンを押し付けると、彼は観念したように口を開けた。
 パクり。
 彼はゆっくりと咀嚼し、ごくりと飲み込んだ。

「……どうですか?」

 俺は少し不安になって聞いた。
 前世の記憶があるとはいえ、料理なんて久しぶりだ。
 ましてや相手は、普段から最高級の料理を食べている貴族様である。

 オルドリン様は、目を閉じて味を噛み締めるようにしていたが、やがてゆっくりと目を開けた。
 その瞳が、潤んでいる。

「……美味い」
「ほんとに?」
「ああ。……世界で一番、美味い」
「大袈裟だなあ」

 俺は笑ったけれど、彼の表情は大真面目だった。

「本当だ。……君が私のために作ってくれた。その事実だけで、どんな宮廷料理よりも価値がある」

 彼は俺の手首を掴み、スプーンに残った一粒まで愛おしそうに見つめた。

「……ありがとう、ルシアン。体に染み渡るようだ」
「……どういたしまして」

 俺は照れ隠しに、次の一口を彼の口に放り込んだ。
 彼が食べるたびに、俺の胸の中も温かいもので満たされていく。
 ああ、これが「夫婦」ってやつなのかな。
 ただお粥を食べさせているだけなのに、こんなに幸せだなんて。


 ◇◇◇

 食後。
 少し顔色が良くなったオルドリン様は、ベッドに背を預けて座っていた。
 俺はその隣に腰掛け、リンゴの皮を剥いていた。
 今回は俺が剥く番だ。不格好だけど。

「……なあ、ルシアン」
「はいー?」
「昨夜、君が言っていたことだが」
「昨夜?」

 俺は手を止めた。
 昨夜、俺は泣きながら色々なことを言った気がする。
 『バカ』とか『旦那様のせい』とか、自分のことを棚に上げまくって結構酷いことを言ったような……。

「『一緒に歩いて、一緒に疲れて、一緒に楽しかったねと言い合えるパートナーがいい』と」
「ああ……言いましたね」
「……私は、君の隣にいてもいいのだろうか」

 彼は不安げに問いかけた。

「私は不器用だ。君のように明るくもないし、気の利いた冗談も言えない。……過保護すぎて、また君を窮屈にさせるかもしれない」

 その言葉には、彼の劣等感が滲んでいた。
 彼は自分を「完璧」だなんて思っていない。
 むしろ、自分のようなつまらない男が、俺を縛り付けていいのかと悩んでいるようだった。

 俺はナイフとリンゴを皿に置き、彼の両手を握った。

「あの、旦那様。……オルドリン様」
「……はい」
「俺はかなりの凡人です。魔法も剣も下手くそだし、すぐ調子に乗って怪我するし、旦那様みたいに立派な仕事もできない」

 俺はまっすぐに彼の目を見た。

「でも、旦那様が俺の『抜け』てる部分を許容してくれるなら、俺も旦那様の『重い』部分ごと愛そうと思います」
「ルシアン……」
「完璧じゃなくていいんです。俺たちは二人で一つになればいい。俺が笑って、旦那様が守る。旦那様が疲れたら、俺が癒やす。……それで十分じゃないですか?」

 俺の言葉に、オルドリン様は息を呑んだ。
 そして、握られた俺の手を強く握り返し、引き寄せた。

「……ああ。十分すぎるほどだ」

 彼は俺の肩に顔を埋めた。

「君がいるだけで、世界は光に満ちている。……もう出ていかないでくれ。ずっと、私のそばにいてくれ」
「出ていくわけないです」

 俺は彼の背中に腕を回し、子供をあやすようにポンポンと叩いた。

「俺の居場所は、ここ。……旦那様の隣が、俺の一番落ち着く場所になりました」
「……愛している」
「俺も」

 顔を上げると、どちらからともなく唇が重なった。
 朝日の中で交わすキスは、森の時のマヨネーズ味とは違って、優しいお粥の味がした。
 とろけるような甘さと、安心感。
 俺たちの長い長い「すれ違い」の旅は、ようやくこの暖かなベッドの上でゴールを迎えたのだ。


 ◇◇◇

 ――それから、数ヶ月後。

「おい見ろよ、今日も来たぞ」
「うわ、眩しっ! 朝から見せつけてくれるよなぁ」

 冒険者ギルドの酒場が、いつになくざわめいていた。
 視線の先にあるのは、入り口から入ってきた二人組だ。

 一人は、蜂蜜色の髪をした愛嬌のある青年。軽装の革鎧に身を包み、楽しそうに笑っている。
 もう一人は、黒髪の長身の男。目深にフードを被っているが、その隙間から覗く美貌と、全身から漂う「強者」のオーラは隠しきれていない。そして何より、背負っている杖が明らかに国宝級だ。

「おはようございます! 今日も依頼受けに来ましたー!」
「あ、ルークさん! ……と、旦那さん」

 受付のお姉さんが、引きつった笑顔で対応する。
 俺、ルシアン(登録名ルーク)は、カウンターに身分証を置いた。
 隣のオルドリン様は、無言で俺の背後に立ち、周囲に「俺の妻に手出し無用」という無言の圧を放っている。

「今日はどの依頼にします? 近場の採取ですか?」
「はい! キルデアの森で、薬草採取と……あと、ピクニックも兼ねて!」
「承知しました。……あの、旦那さん、今日は杖の出力、大丈夫そうですか?」
「……問題ない。妻に『森を更地にするな』と釘を刺されている」

 オルドリン様が真顔で答えると、ギルド中から「ホッ」という安堵の溜息が漏れた。
 そう、あれから俺たちは、週末になるとこうして二人でギルドに顔を出している。
 最初は「謎の貴族カップル」と敬遠されていたが、今ではすっかり名物(ネタ)扱いだ。

 通り名は『過保護な魔王と、その手綱を握る猛獣使い』。
 ……誰が猛獣使いだ。俺はただの凡人だぞ。

「では、行きましょうオルドリン様」
「ああ。足元に気をつけろ」
「分かってますよ。……手、繋いでいいですか?」
「……愚問だ」

 オルドリン様は少し赤くなりながらも、しっかりと俺の手を握った。
 周囲から「ヒューヒュー!」と冷やかしの声が飛ぶ。
 以前の彼なら、不快感を示して氷漬けにしていたかもしれない。
 でも今の彼は、「ふん、羨ましいだろう」と言わんばかりに、少し得意げに口角を上げている。

 丸くなったものだ。


 ◇◇◇

 夕暮れ時。
 俺たちは手をつないで屋敷への道を歩いていた。
 背中の袋には、たっぷりの薬草と、俺たちが食べたお弁当の空き箱。
 心地よい疲労感が、足に溜まっている。

「……楽しかったな」

 オルドリン様が、ぽつりと呟いた。
 その横顔は、執務室で見せる厳しい表情とは別人のように穏やかだ。

「ですね。今日のサンドイッチも最高だったし」
「君が採った薬草も、上出来だった。……君は本当に、見つけるのが上手いな」
「へへ、伊達にFランクやってないですからね!」

 俺は胸を張った。
 特別な力はないけれど、俺にしかできないこともある。
 そして、俺が笑うと、彼も笑ってくれる。
 それだけで、俺がこの世界に転生してきた意味はあるのかもしれない。

 屋敷の門が見えてきた。
 使用人たちが、門の前で整列して待っているのが見える。

「……帰ってきたな」
「はい」

 俺たちは顔を見合わせた。
 俺はこの家を「ただの宿」だと思っていた。
 オルドリン様は、この家を「孤独な職場」だと思っていた。
 でも今は違う。

「――ただいま、オルドリン様」

 俺が言うと、彼は俺の手をギュッと握り締め、世界で一番幸せそうな笑顔で返してくれた。

「……おかえり、ルシアン」

 門をくぐる。
 そこには、温かい夕食と、ふかふかのベッドと、そして愛する人がいる。
 自由気ままな冒険の旅もいいけれど。
 結局のところ、俺の一番の冒険の目的地は、この「家」だったんだな。

 俺は旦那様の腕に抱きつきながら、心の中でガッツポーズをした。
 政略結婚?
 いいえ、これは大恋愛の末のハッピーエンドです!
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