「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g

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第2章 俺たちは『伯爵と夫人』じゃなくて、『相棒』になりたい

第9話:最強の護衛と、俺の役割

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「おい、見たかよ今日のアレ」
「ああ……哀れなもんだったな。一瞬で消し炭とか」
「あーあ、あのオーク、自分が何に喧嘩売ったか気づく間もなかっただろうなぁ」

 冒険者ギルドの酒場。
 昼下がりの喧騒の中、周囲からそんなひそひそ話が聞こえてくる。
 視線の先にあるのは、カウンターで報酬を受け取っている俺たち――「冒険者ルーク(偽名)」と、そのパートナーである「旦那様(正体バレバレ)」の二人組だ。

「はい、こちら本日の報酬です。……あの、ルークさん。旦那さん今日は機嫌が悪かったりします?」

 受付のお姉さんが、引きつった笑顔で銀貨を渡しながら、小声で耳打ちしてくる。

「え? いや、別にいつも通りですよ。なんでですか?」
「いえ……さっきから、ギルド内の気温が三度くらい下がっている気がして……」

 俺は隣を見た。
 そこには、目深にフードを被り、仁王立ちで周囲を威圧しているオルドリン様の姿があった。
 表情はよく見えないが、全身から「俺の妻に近づくな」「気安く話しかけるな」「あと五秒で見積書を出し終わらないと凍らせるぞ」という、無言の圧力が冷気となって漏れ出ている。

「……コホン。旦那様、威圧漏れてますよ。このままだと一般冒険者が凍えます」
「……む。すまない。君が他の男(特に受付にいた男性職員)と楽しそうに話していたように見えたから」
「業務連絡です! 嫉妬の沸点が低すぎます!」

 俺が小突くと、彼はシュンと小さくなり、空気が少し和らいだ。
 これだ。
 これが最近の、俺たちの「週末冒険」のデフォルトになっている。

 あの「すれ違い」の日々を経て、俺たちは晴れて想いを通じ合わせた。
 そして約束通り、週に一度、彼の公休日に合わせて二人で冒険に出るようになったのだが――。

 はっきり言おう。
 俺、ルシアン・ヴァーデルの現在の役割は、「冒険者」ではない。
 「お姫様」だ。
 あるいは、「最強の魔王に連れ回される、ただの荷物持ち(愛玩用)」だ。


 ◇◇◇

 遡ること数時間前。
 俺たちは王都から少し離れた岩山へ、鉱石採取のクエストに来ていた。
 ここは中級冒険者向けのエリアで、少し手強い魔物が出る。
 俺一人なら絶対に来ない場所だが、最強の保護者・オルドリン様がいればピクニックコースだ。

「いいですか旦那様。今日は『希少な鉱石』を見つけるのが目的です。魔物が出ても、俺が対処できそうなら手を出さないでくださいね?」
「……善処する」

 馬車の中でそう約束したはずだった。
 だが、現実は非情だ。

「グルルァッ!!」

 岩陰から、全長二メートルはあるロックリザードが飛び出してきた。
 硬い鱗に覆われた、突進攻撃が得意な魔物だ。
 俺は腰のダガーを抜き、身構えた。

「よっしゃ、来た! 俺が囮になって引きつけるんで、旦那様は援護を――」

 俺が地面を蹴ろうとした、その瞬間である。

「消え失せろ」

 ヒュンッ、と俺の横を何かが通り抜けた。
 直後。

 ドォォォォォォン!!!!!

 凄まじい爆音と共に、目の前のロックリザードが、岩山の一部ごと蒸発した。
 砂煙が晴れた後には、綺麗に円形にくり抜かれた地面と、黒焦げになった何かが転がっているだけ。

「…………」

 俺は振り上げたダガーを、行き場のないまま空中で静止させた。
 ゆっくりと振り返る。
 そこには、まだ杖の先端から煙を出しているオルドリン様が、涼しい顔で立っていた。

「……怪我はないか? ルシアン」
「あるわけないでしょう!! 敵が! 接敵する前に! 蒸発しましたけど!?」
「すまない。君の方へ爪を向けたのが見えて、つい……反射的に」

 反射で極大魔法を撃つな。
 王都の守備隊が飛んでくるぞ。

「旦那様……『善処する』って言いましたよね?」
「したつもりだ。地形を変えないように、威力は十分の一に抑えた」
「基準がおかしい!」

 その後も、これの繰り返しだった。
 空からハーピーが襲ってくれば「重力魔法(グラビティ)」で地面に叩きつけられ、岩陰からゴブリンが顔を出せば「氷槍(アイスランス)」で串刺しにされる。
 俺の仕事は、戦闘後に安全確保された場所へ行き、「わー、すごいですねー」と言いながら素材を回収するだけ。

 楽だ。
 安全だ。
 でも……これじゃあ、俺がいる意味なくないか?


 ◇◇◇

 そして現在、帰りの馬車の中。
 俺は窓の外を流れる景色を眺めながら、盛大に拗ねていた。
 隣のオルドリン様は、俺の機嫌が悪いことに気づき、オロオロと視線を泳がせている。

「……ルシアン? 水筒の水、飲むか?」
「いりません」
「では、肩を揉もうか? 荷物が重かっただろう」
「重くありません。だって俺、魔石ひとつしか拾ってませんから」
「うっ……」

 痛いところを突かれた旦那様が黙り込む。
 俺はため息をついて、彼に向き直った。

「あのですね、旦那様。俺はあなたのアクセサリーじゃないんです」
「アクセサリー? ……そんな風に思ったことはないぞ。君は私の心臓だ」
「重い! 例えが重い!」

 いちいち愛が重すぎて調子が狂う。
 俺は気を取り直して、真剣に訴えた。

「俺だって男なんです。自分の身くらい守りたいし、たまには『おっ、やるじゃん』って思われたいんですよ。あなたの後ろで守られてるだけじゃ、いつまで経っても『対等な相棒』になれないじゃないですか」

 そう。これが俺の本音だ。
 前世は男子高校生。スポーツも勉強もそこそこだったけれど、負けず嫌いなところはある。
 ハイスペックな旦那様を見るのは好きだし、尊敬もしている。
 でも、あまりに差がありすぎると、自分が惨めに思えてくるのだ。
 俺は「守られるヒロイン」になりたいんじゃない。「背中を預け合う相棒」になりたいのだ。

 俺の言葉を聞いたオルドリン様は、目を見開いた。
 そして、シュンと眉を下げ、悲しげな大型犬のような顔をした。

「……すまない。君がそんな風に思っているとは」
「分かってくれればいいんです。……だから、次は手出し無用でお願いしますね?」
「しかし、君に怪我をさせるわけには……」
「擦り傷くらい男の勲章です! 旦那様だって、昔は怪我しながら強くなったんでしょ?」
「いや、私は初級魔法を覚えた時点で結界を張っていたから、無傷だが」
「チートかよ!!」

 天才め。
 凡人の苦労を知らない天才め。
 俺は頭を抱えた。
 このままでは平行線だ。俺の「男としてのプライド」と、旦那様の「過保護な愛」の全面戦争だ。

「……分かりました。じゃあ、条件付きでどうですか」

 俺は妥協案を出した。

「次、もし雑魚モンスターが出たら、一対一で戦わせてください。俺が『助けて』って言うか、死にそうになるまでは手出し禁止。その代わり、俺が勝ったら褒めてください」
「……死にそうになるまで、というのは却下だ。私が死ぬ(心労で)」
「じゃあ、『危ない』って判断するラインを下げてください。即死以外はセーフで!」
「基準が緩すぎる……!」

 オルドリン様は苦悩の表情で頭を抱えたが、最後には俺の頑固さに負けたのか、渋々と頷いた。

「……分かった。ただし、私の結界魔法の射程範囲内で戦うこと。そして、相手はゴブリン以下の下級魔物に限る」
「交渉成立!」

 俺はガッツポーズをした。
 よし、これでやっと「冒険」ができる!


 ◇◇◇

 チャンスは、屋敷に帰る途中の森で訪れた。
 街道から少し外れた茂みの中に、一匹のゴブリンが迷い込んでいるのを俺が見つけたのだ。
 武器は錆びた剣。体格も小さい。
 まさに、Fランク冒険者の俺にとっておあつらえ向きの相手だ。

「旦那様、ストップ! あいつ、俺がやります!」

 俺は馬車を止めさせ、飛び降りた。
 オルドリン様も慌てて続いて降りてくる。杖を構え、いつでも極大魔法を放てる体勢で。

「いいですか、手出し無用ですよ!」
「……ああ。分かっている」
「結界もなし! 自分の力で倒したいんです!」
「……くっ」

 彼は苦しげに呻きながら、杖を下ろした。
 その視線は、我が子が初めてのお使いに行くのを見守る親のように、不安と緊張で揺れている。

 俺は深呼吸をして、ダガーを抜いた。
 相手はゴブリン一匹。
 半年間の冒険者生活で、何度も倒してきた相手だ。
 いける。今日こそ、旦那様にいいところを見せるんだ。

「ギャギャッ!?」

 俺の気配に気づいたゴブリンが、奇声を上げて襲いかかってきた。
 速い。
 でも、見えないほどじゃない!

「シッ!」

 俺は錆びた剣の一撃を、体を捻ってかわした。
 風を切る音が耳元でする。
 正直、怖い。心臓がバクバクする。
 後ろに控えている旦那様が、今にも「危ない!」と叫んで魔法を撃ち込みそうな気配を背中に感じる。
 でも、ここで助けてもらったら、俺は一生「守られる側」のままだ。

 泥にまみれてもいい。不格好でもいい。
 俺は、俺の足で立ちたいんだ!

「らぁっ!!」

 俺は踏み込み、ダガーを突き出した。
 狙うは脇腹。
 しかし、ゴブリンもさるもの、バックステップでかわされる。
 勢い余った俺は、ぬかるんだ地面に足を取られた。

「うわっ!?」

 ズザァッ!

 俺は派手に転がり、泥だらけになった。
 頬に泥がつき、服が汚れる。

「ルシアン!!」

 背後でオルドリン様の悲鳴が聞こえた。
 魔法の光が膨れ上がる気配がする。
 俺は泥の中から叫んだ。

「来ないでください!! まだやれます!!」

 俺はすぐに立ち上がり、泥を拭うこともせずにゴブリンを睨みつけた。
 ゴブリンがニヤリと笑い、追撃してくる。
 上等だ。
 綺麗な服も、整った髪もいらない。今の俺は、ただの「冒険者」だ!

 振り下ろされる剣を、ダガーの腹で受け流す。
 金属音が響き、手が痺れる。
 力負けしそうだ。でも、相手の体勢が崩れた。
 今だ!

「風よ(ウィンド)!!」

 俺が使える唯一の魔法。
 そよ風程度の、目潰し魔法。
 塵を含んだ風がゴブリンの顔面を直撃する。
 「ギャッ!?」と怯んだ一瞬の隙。

 俺は全身全霊でタックルをかまし、体勢を崩したゴブリンの懐に潜り込んだ。
 そして、渾身の力でダガーを突き立てる。

「これで……終わりだぁぁぁっ!!」

 ズプッ、という感触。
 ゴブリンが光の粒子となって消えていく。
 残ったのは、魔石ひとつと、荒い息を吐く俺だけ。

「……はぁ、はぁ、はぁ……」

 勝った。
 旦那様の力を借りずに、俺一人で。
 俺は地面に手をつき、肩で息をした。
 全身泥だらけだ。髪もボサボサ。きっと見られたもんじゃないだろう。
 貴族としては失格だ。
 でも、今の俺は、最高に気分がいい。

「……ルシアン」

 背後から、足音が近づいてきた。
 俺はゆっくりと立ち上がり、振り返った。
 そこには、呆然とした表情のオルドリン様が立っていた。

「見てくれましたか、旦那様! 俺、勝ちましたよ!」

 俺はニッと笑って、Vサインをした。
 泥だらけの顔で。

 オルドリン様は、俺の姿を見て、息を呑んだ。
 そして、無言で歩み寄り、ハンカチを取り出した。
 ああ、やっぱり怒られるかな。
 「こんなに汚れて」とか「危なっかしい」とか。
 俺が身構えていると、彼はハンカチで俺の頬の泥を拭う……ことはせず、震える手で俺の肩を掴んだ。

「……格好良かった」
「え?」
「泥にまみれて、必死に剣を振るう君の姿が……どうしようもなく、格好良かった」

 彼の瞳は、熱を帯びていた。
 まるで、最高級の宝石を見つけた時のような、あるいは英雄の凱旋を迎える時のような、キラキラとした尊敬の眼差し。
 呆れているのでも、心配しているのでもない。
 彼は、俺の「泥臭い勝利」に、心から感動していたのだ。

「私にはない強さだ。……魔法で全てを片付ける私には、そんな風に熱く命を燃やすような戦いはできない」

 オルドリン様は、汚れることも厭わず、泥だらけの俺を強く抱きしめた。
 高級なローブに泥がつく。

「旦那様、服が汚れますよ!」
「構わない。……これは、君の勲章だ」

 彼は俺の耳元で囁いた。

「君は、私が守らなければならない『姫』などではなかったな。……君は、立派な『冒険者』だ。私の自慢の、相棒だ」

 その言葉を聞いた瞬間、俺の胸の奥が熱くなった。
 ああ、これが欲しかったんだ。
 過保護な優しさも嬉しいけれど、俺が本当に欲しかったのは、この「信頼」だったんだ。

「……へへ。やっと認めてくれましたね」
「ああ。だが、寿命が三年ほど縮んだ気がする」
「大袈裟ですよ」

 俺は彼の背中をポンポンと叩いた。
 縮んだ寿命の分は、これから俺が楽しい冒険で埋め合わせするから。


 ◇◇◇

 屋敷に帰ると、使用人たちがギョッとした顔で出迎えた。
 泥だらけの奥様と、その奥様の泥がついたローブを誇らしげに纏っている旦那様。
 異様な光景だっただろう。

 風呂に入り、さっぱりとした後。
 いつものように二人で夕食のテーブルを囲んだ。
 今日のメインディッシュは、俺がリクエストしたハンバーグだ。

「……あの、オルドリン様」

 俺はフォークを置いて、彼を見つめた。
 今日の戦いで、俺の中で何かが吹っ切れた気がする。
 彼との距離が、また一歩縮まったような。

「ん? なんだ」
「また、行きましょうね。……今度は、もう少し強いやつと戦わせてほしいな」
「…………それは、検討する」

 彼は苦笑いしたが、その目にはもう、以前のような過剰な不安の色はなかった。
 少しだけ、俺を信じてくれている目だ。

「それと、俺……もっと強くなりたいです。あなたの隣に立っても恥ずかしくないように」
「君はもう、十分すぎるほど眩しいが」
「そういう精神論じゃなくて! 物理的に! もし時間が取れたら、魔法とか教えてくれませんか?」

 俺の提案に、オルドリン様は一瞬きょとんとして、それから嬉しそうに微笑んだ。

「……ああ。喜んで。君の専属教師になれるなら、光栄だ」

 こうして、俺たちの関係は「過保護な保護者と被保護者」から、少しずつ「共に歩むパートナー」へと変化し始めた。
 もちろん、彼の「重い愛」は相変わらずだけど。
 でも、それを受け止められるくらい、俺も強くならなきゃな。

 俺はハンバーグを頬張りながら、隣で幸せそうにワインを傾ける旦那様を見て、こっそりと決意を新たにしたのだった。
 次はオークくらい倒して、もっと驚かせてみせるからな!
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