「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g

文字の大きさ
22 / 57
第3章 俺たちは『公務』じゃなくて、『新婚旅行(ハネムーン)』がしたい

第22話:ご褒美はダンジョンで

しおりを挟む

 翌朝。
 まだ空が薄暗いうちに、俺たちは宿を出発した。
 目指すは北の渓谷。
 未踏破エリア、『氷結の大迷宮(アイス・ラビリンス)』だ。

「……寒いな、やっぱり」

 渓谷の入り口に立った俺は、ぶるりと身を震わせた。
 街の中とは空気が違う。
 肌を刺すような冷気と、濃密な魔素が漂っている。

「ルシアン、こっちへ」

 隣に立つオルドリンが、俺の肩を抱き寄せた。
 彼の指先から温かい光が流れ込み、俺の体を包み込む。

「『熱遮断結界・改』だ。これで外気温の影響は受けない」
「サンキュー、オルドリン。……準備万端だな」
「当然だ。君とのデートコースだからな。万全を期させてもらう」

 彼は余裕の笑みを浮かべている。
 今日の彼は、動きやすい冒険者風のコート(といっても最高級素材)を纏い、腰には白銀の杖を差している。
 領主モードから冒険者モードへの切り替えも完璧だ。

「よし、行くぞ! 目指せ最深部! 狙うはレア素材『氷竜の結晶』だ!」
「ああ。案内は任せるよ、隊長」

 俺たちは視線を合わせ、青白く口を開けた洞窟へと足を踏み入れた。


 ◇◇◇

 ダンジョンの内部は、息を呑むほど美しかった。
 壁も天井も、全てが透き通るような氷でできている。
 外からの光が複雑に反射し、迷宮全体が淡いブルーに輝いていた。

「うわぁ……綺麗だなぁ」
「足元に気をつけろ。鏡のように滑るぞ」

 オルドリンの忠告通り、床はツルツルだ。
 だが、俺のブーツには既に彼が『摩擦係数増加』の魔法をかけてくれているので、雪道よりも安定して歩ける。

「さて、こっちだ」

 俺は手元のメモ(攻略本)を確認した。
 このダンジョンは、入り組んだ迷路になっているが、魔力の流れを読めば正解ルートが分かる――と、昔読んだ文献にあったはずだ。

「右の通路は風が淀んでる。……正解は左だ!」
「ほう。根拠は?」
「勘!」
「……頼もしいな」

 俺が自信満々に進むと、オルドリンは苦笑しながらついてくる。
 だが、俺の勘は当たっていた。

 キィィィン!

 通路の奥から、鋭い鳴き声と共に魔物が現れた。
 氷の翼を持つコウモリ、『アイスバット』の群れだ。

「敵襲! 先制するぞ!」
「いいだろう。練習の成果を見せてくれ」

 オルドリンは手を出さず、腕を組んで見守る構えだ。
 試されている。
 俺の実力を。

「ウィンドカッター!」

 俺は短剣を振るい、風の刃を放った。

 ヒュンッ!

 以前、庭で特訓した時よりも鋭く、速い。
 風の刃は先頭のコウモリを切り裂き、そのまま後続の二匹も巻き込んで消滅させた。

「よしッ!」
「良い攻撃だ。……風の制御が上手くなったな」

 オルドリンが感心したように頷く。
 残りのコウモリが襲いかかってくるが、俺は慌てずに次々と撃ち落とした。
 魔脈の儀式で、彼の膨大な魔力を間近で感じたせいだろうか。魔力の使い方が感覚的に分かるようになっている気がする。

「へへ、これくらい余裕だって!」
「頼もしい限りだ。……だが、調子に乗ると足を掬われるぞ」

 オルドリンが指をパチンと鳴らす。
 瞬間、俺の頭上から落ちてきていた鋭利な氷柱(つらら)が、空中で粉々に砕け散った。

「うおっ!? トラップか!?」
「天井にも注意が必要だ。ここは迷宮だからな」
「あ、危ねぇ……。サンキュ、オルドリン」
「礼には及ばない。私の役目は、君の死角を埋めることだからな」

 彼は涼しい顔で言った。
 前衛(俺)が攻め、後衛(オルドリン)が守る。
 完璧な布陣だ。
 俺たちはハイペースで階層を下っていった。


 ◇◇◇

 そして、到着した最深部。
 そこは、巨大なドーム状の空間だった。

「……出たな」

 俺は唾を飲み込んだ。
 部屋の中央に鎮座するのは、全身が分厚い氷の鎧で覆われた巨人。
 ダンジョン・ボス、『フロスト・ギガント』だ。
 体長は五メートルほど。その拳は岩をも砕く質量がある。

「ルシアン。あれは物理攻撃が効きにくい。氷魔法も同属性だから半減される」
「知ってる。……弱点は胸のコアだろ?」

 俺は巨人の胸元を睨んだ。
 分厚い氷の装甲の下に、赤く脈打つ核が見える。
 だが、あそこまで近づくには、あの巨体の攻撃を掻い潜らなければならない。

「作戦はどうする?」
「俺が囮になって、奴の装甲を剥がす。……コアが露出したら、アンタの最大火力でぶち抜いてくれ」
「……危険だぞ」
「信じてるからな、相棒!」

 俺は返事も待たずに駆け出した。

「グルオオオオォォォ!!」

 巨人が咆哮し、丸太のような腕を振り下ろしてくる。

 ドォォン!

 氷の床が砕け、破片が飛び散る。

「っと! 遅せぇよ!」

 俺は風魔法で身体を加速させ(アクセル)、巨人の股下を滑り抜けた。
 そのまま背後に回り込み、足の関節を狙う。

「ウィンド・ランス!」

 圧縮した空気の槍を放つ。
 ガキン! と硬い音がして、氷の装甲の一部が欠けた。
 ダメージは浅いが、注意を引くには十分だ。

「こっちだデカブツ!」

 俺は壁を蹴って跳躍し、空中戦を仕掛けた。
 巨人が苛立ったように腕を振り回す。
 風圧だけで吹き飛ばされそうになるが、俺は必死に食らいついた。

(もっと深く! 奴の胸を狙える位置まで!)

 俺は空中で身を翻し、巨人の懐へと飛び込んだ。
 目の前に、青白い胸板がある。

「ここだぁぁっ!!」

 俺は全魔力を短剣に込め、一点突破の突きを放った。
 風のドリルが回転し、氷の装甲をガリガリと削っていく。

 ピキッ、パリンッ!

 甲高い音がして、胸部の氷が砕け散った。
 露出した赤いコアが、ドクドクと鼓動しているのが見える。

「今だ、オルドリン!!」

 俺は叫びながら、反動を利用して後方へ飛び退いた。

「――待ちかねたぞ」

 静かな声が響いた。
 オルドリンが、杖を構えて立っていた。
 その周囲には、無数の氷の槍が展開されている。
 だが、彼が放ったのはそんな単純なものではなかった。

「極北の棺(コキュートス)」

 彼が杖を一閃する。
 瞬間、巨人の足元から巨大な氷の柱が突き上げられた。
 それは巨人の四肢を拘束し、動きを完全に封じる。

 そして――。

「砕けろ」

 彼が拳を握り込む動作をした瞬間、拘束していた氷が一斉に内側へと圧力をかけた。
 圧縮。粉砕。

 バキバキバキィィッ!!

 轟音と共に、巨人の全身に亀裂が走る。
 露出していたコアにもヒビが入り――最後にパァン! と弾け飛んだ。

「グ、オオ……ォ……」

 断末魔と共に、巨人の体が光の粒子となって崩れ落ちていく。
 圧倒的だ。
 俺が作った一瞬の隙を、彼は百倍の威力で返してくれた。


 ◇◇◇

 静寂が戻ったドームに、俺の荒い息だけが響く。

「……はぁ、はぁ……! やった……!」
「怪我はないか、ルシアン」

 オルドリンが駆け寄ってくる。
 俺はサムズアップで応えた。

「無傷だ。……アンタの魔法、凄すぎだろ。あんなデカブツを一撃かよ」
「君が装甲を剥がしてくれたおかげだ。あれがなければ、私の魔法も弾かれていただろう」

 彼は俺の手を取り、立たせてくれた。
 そして、崩れ去った巨人の跡地を指差す。

「見ろ。戦利品(ドロップ)だ」

 そこには、キラキラと輝く青い結晶が落ちていた。
 大人の拳ほどの大きさがある、美しい六角形の石。

「こ、これは……!!」

 俺は駆け寄って拾い上げた。
 間違いない。

「『氷巨人の心核(ギガント・ハート)』だ!! マジで出た!!」

 俺は歓声を上げて飛び跳ねた。
 市場に出れば城が建つほどのレアアイテム。
 これがあれば、最高の氷耐性装備が作れるし、あるいは強力な魔道具の触媒にもなる。

「やった! やったぞオルドリン!」
「よかったな。君の執念の勝利だ」

 はしゃぐ俺を見て、オルドリンも嬉しそうに微笑んでいる。

「これ、加工してアンタとお揃いのペンダントにしようぜ! 魔力増幅の効果があるんだ!」
「……私と、お揃い?」
「ああ。最強のコンビの証だろ?」

 俺が言うと、彼は目を見開き、それから愛おしさに耐えきれないというように俺を抱きしめた。

「……君は、本当に欲がないな」
「え?」
「そんな国宝級の素材を、ただのアクセサリーにするなんて。……だが、その提案、喜んで受けよう」

 彼は俺の額に、そして鼻先に甘いキスを落とした。

「帰ったら、最高の職人に作らせよう。……私たちの、二個目の結婚指輪のようなものだな」
「指輪じゃなくてペンダントだけどな」

 俺たちは笑い合った。
 目的は達成した。
 ボスも倒したし、レア素材もゲットした。
 大満足だ。

「よし、帰ろうか! 腹減った!」
「ああ。……少し体が冷えただろう。帰ったら温かい風呂を用意させる」
「いいねぇ、雪見風呂!」

 俺は意気揚々と出口へ向かって歩き出した。
 アドレナリンが引いてくると、運動した後の心地よい疲労感と、冷えた空気が肌に感じられる。

「……うー、ちょっと汗が冷えてきたな」
「ルシアン」

 俺が腕をさすると、不意にオルドリンが俺の前に立ちふさがった。
 そして、問答無用で俺の体を横抱き(お姫様抱っこ)にした。

「うわっ!? ちょ、オルドリン!?」
「体が冷えているんだろう? こうしていれば暖かい」

 彼は悪びれもせず、俺を胸に抱き寄せた。
 確かに暖かい。彼の体温と、微かに漂う彼自身の香りに包まれて、俺は思わず力を抜いてしまった。

「……歩けるんだけどなぁ」
「知っている。だが、君を抱きしめていたいんだ」

 彼は真っ直ぐに俺を見つめ、甘く囁いた。

「よく頑張ったな、私の可愛い相棒。……屋敷に戻ったら、二人で風呂に入ろう」
「え……二人で?」
「ああ。背中を流させてくれ。……それとも、私に洗われるのは嫌か?」

 妖艶な笑みに、俺の顔が一気に熱くなった。
 この冒険が終われば、次は甘い夜の時間が待っている。
 どうやら今日の旦那様は、ダンジョンのボスよりも手強そうだ。

「……お手柔らかに頼むよ」

 俺が観念して呟くと、彼は嬉しそうに喉を鳴らした。
 白銀の迷宮を後にする俺たちの心は、外の寒さとは裏腹に、熱く燃え上がっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【16話完結】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー AI比較企画作品

婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。

フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」  可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。  だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。 ◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。 ◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。

(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? 騎士×妖精

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!一肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

【本編完結】落ちた先の異世界で番と言われてもわかりません

ミミナガ
BL
 この世界では落ち人(おちびと)と呼ばれる異世界人がたまに現れるが、特に珍しくもない存在だった。 14歳のイオは家族が留守中に高熱を出してそのまま永眠し、気が付くとこの世界に転生していた。そして冒険者ギルドのギルドマスターに拾われ生活する術を教わった。  それから5年、Cランク冒険者として採取を専門に細々と生計を立てていた。  ある日Sランク冒険者のオオカミ獣人と出会い、猛アピールをされる。その上自分のことを「番」だと言うのだが、人族であるイオには番の感覚がわからないので戸惑うばかり。  使命も役割もチートもない異世界転生で健気に生きていく自己肯定感低めの真面目な青年と、甘やかしてくれるハイスペック年上オオカミ獣人の話です。  ベッタベタの王道異世界転生BLを目指しました。  本編完結。番外編は不定期更新です。R-15は保険。  コメント欄に関しまして、ネタバレ配慮は特にしていませんのでネタバレ厳禁の方はご注意下さい。

悪役の僕 何故か愛される

いもち
BL
BLゲーム『恋と魔法と君と』に登場する悪役 セイン・ゴースティ 王子の魔力暴走によって火傷を負った直後に自身が悪役であったことを思い出す。 悪役にならないよう、攻略対象の王子や義弟に近寄らないようにしていたが、逆に構われてしまう。 そしてついにゲーム本編に突入してしまうが、主人公や他の攻略対象の様子もおかしくて… ファンタジーラブコメBL 不定期更新

BLR15【完結】ある日指輪を拾ったら、国を救った英雄の強面騎士団長と一緒に暮らすことになりました

BL
 ナルン王国の下町に暮らす ルカ。 この国は一部の人だけに使える魔法が神様から贈られる。ルカはその一人で武器や防具、アクセサリーに『加護』を付けて売って生活をしていた。 ある日、配達の為に下町を歩いていたら指輪が落ちていた。見覚えのある指輪だったので届けに行くと…。 国を救った英雄(強面の可愛い物好き)と出生に秘密ありの痩せた青年のお話。 ☆英雄騎士 現在28歳    ルカ 現在18歳 ☆第11回BL小説大賞 21位   皆様のおかげで、奨励賞をいただきました。ありがとう御座いました。    

【完結】王宮勤めの騎士でしたが、オメガになったので退職させていただきます

大河
BL
第三王子直属の近衛騎士団に所属していたセリル・グランツは、とある戦いで毒を受け、その影響で第二性がベータからオメガに変質してしまった。 オメガは騎士団に所属してはならないという法に基づき、騎士団を辞めることを決意するセリル。上司である第三王子・レオンハルトにそのことを告げて騎士団を去るが、特に引き留められるようなことはなかった。 地方貴族である実家に戻ったセリルは、オメガになったことで見合い話を受けざるを得ない立場に。見合いに全く乗り気でないセリルの元に、意外な人物から婚約の申し入れが届く。それはかつての上司、レオンハルトからの婚約の申し入れだった──

処理中です...