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第3章 俺たちは『公務』じゃなくて、『新婚旅行(ハネムーン)』がしたい
第21話:白銀の祝祭
しおりを挟む大仕事を終えた翌日。
白銀領の領都『クリスタリア』は、朝から熱気に包まれていた。
窓の外から聞こえてくる賑やかな音楽と、人々の笑い声。
俺、ルシアンはベッドの上で大きく伸びをした。
「……んー、よく寝た!」
昨日の儀式の疲れは、泥のように眠ったおかげですっかり取れていた。
隣を見ると、すでにオルドリンの姿はない。
昨夜はあれほど「魔力が枯渇した、補給させてくれ」と言って俺に張り付いていたのに、回復力が人間離れしている。
枕元には書き置きがあった。
『少し残務処理をしてくる。昼には戻るから、着替えて待っていてくれ。約束通り、午後は君の時間だ』
達筆な文字に、俺は思わず顔を綻ばせた。
あの過酷な儀式の翌日に、もう仕事をしているのか。タフすぎる旦那様だ。
でも、そのおかげで今日の午後からは完全にフリーだ。
そして「約束」という言葉に、俺の胸は高鳴った。
「よし……! 準備万端だぞ!」
俺はベッドから飛び起き、クローゼットを開けた。
今日は街を挙げての『氷華祭(ひょうかさい)』。
儀式の成功と、冬の到来を祝うこの地最大のお祭りだ。
仕事を終えた開放感と共に、俺の心は踊っていた。
◇◇◇
昼過ぎ。
俺とオルドリンは、お忍びで街へと繰り出していた。
「……すごい人だな!」
メインストリートは、色とりどりの屋台と観光客で溢れかえっていた。
道の両脇には、職人たちが腕を競って作った精巧な「氷像」が並び、陽の光を浴びて宝石のように輝いている。
「はぐれるなよ、ルシアン」
「分かってるって」
隣を歩くオルドリンは、目立たないように認識阻害の眼鏡をかけ、地味めなコートを着ている。
それでも隠しきれない高貴なオーラが漏れ出ているが、今のところ領主だとバレている様子はない。
彼は当然のように俺の手を握り、自分のコートのポケットに入れた。
いわゆる「ポケット繋ぎ」だ。
「……あのさ、歩きにくくないか?」
「君の体温を感じられるから、これがいい」
彼は涼しい顔で言った。
昨日の「神々しい魔導師」はどこへやら。今は完全に「妻とデート中の激甘夫」だ。
そのギャップがくすぐったくて、俺は握られた手をぎゅっと握り返した。
「あ、見てオルドリン! 『ホワイトシチュー』の屋台がある! 湯気がすごい!」
「……食べたそうだな」
「うん。昨日の儀式の後、携帯食しか食べてないからさ」
「よし、買おう。店ごと買うか?」
「ちょ、どんだけ食うと思ってんだよ! 二つでいいの!」
俺たちは屋台でアツアツのホワイトシチューを二つ買った。
大きなパンをくり抜いた器に入っていて、濃厚なミルクの香りが漂ってくる。
「ん~っ! 美味い! 五臓六腑に染み渡る~!」
「……ふふ。君は本当に美味しそうに食べるな」
俺がハフハフと言いながら頬張ると、オルドリンは愛おしそうに俺の口元を指で拭った。
彼も一口食べ、「悪くないな」と微笑む。
そんな時だった。
屋台の裏から、店主のおばちゃんと、常連らしき客の話し声が聞こえてきた。
「いやぁ、今年の『氷華祭』は一段と盛り上がってるねぇ」
「ああ。なんせ、昨日のお天気、見たか? あの吹雪が一瞬で晴れたんだぞ」
「領主様のおかげだねぇ。クライス伯爵様が、儀式を成功させてくださったんだ」
俺はスプーンを止めた。
オルドリンも動きを止めている。
「ありがたいことだよ。あのお方が魔脈を整えてくれなきゃ、この街は寒すぎて冬を越せないからね」
「ああ。噂じゃ『氷の魔王』なんて呼ばれて恐れられてるけどよ……俺たちにとっては、命の恩人だ」
「違いない。あの方のおかげで、今年も子供たちに暖かい部屋と食事を用意してやれる。……本当に、頭が上がらないよ」
しみじみとした感謝の言葉。
それは、お世辞でも建前でもない、市井の人々の本音だった。
俺は隣を見た。
オルドリンは少し目を見開き、そして気恥ずかしそうに視線を逸らした。
耳が赤い。
「……聞こえたか、オルドリン」
「……ああ」
「アンタ、愛されてるなぁ」
俺がニヤニヤしながら小突くと、彼は小さく咳払いをした。
「……私は、領主として当然の義務を果たしただけだ。感謝されるようなことではない」
「素直じゃないねぇ。……ほら、もっと胸張れよ。アンタは、こんなにたくさんの人を笑顔にしてるんだぜ」
俺は広場を見渡した。
楽しそうに笑う家族連れ。氷像を見てはしゃぐ子供たち。
この光景の全てが、昨日の彼の頑張りによって守られている。
「……俺さ、鼻が高いよ」
「え?」
「『見ろ! この街を守ったかっこいい領主様は、俺の旦那なんだぞ!』って、大声で自慢したいくらいだ」
俺が言うと、オルドリンは驚いた顔をして、それからふわりと笑った。
それは、昨日見せた勝利の笑みとはまた違う、柔らかくて幸せそうな笑顔だった。
「……そうか。なら、その自慢話は君だけの特権にしておいてくれ」
「へへ、そうするよ」
俺たちはシチューを平らげ、再び歩き出した。
心もお腹も満たされ、足取りは軽い。
オルドリンが守ったこの街を、俺も少し好きになった気がする。
◇◇◇
祭りの喧騒を離れ、俺たちは街を見下ろせる高台の公園に来ていた。
夕暮れ時。
氷の街が夕日に染まり、幻想的なオレンジ色に輝いている。
ベンチに並んで座り、俺たちは静かな時間を過ごしていた。
「……ルシアン」
「ん?」
「今回の遠征、ついてきてくれて本当にありがとう」
オルドリンが、俺の手を両手で包み込みながら言った。
真剣な眼差しだ。
「君がいなければ、私は仕事に忙殺され、こんな風に街の景色を楽しむ余裕もなかっただろう。……君のおかげで、私は領主としての喜びを知ることができた」
「よせよ。俺は何もしてないって」
「いいや。君は私の心を支え、民との橋渡しをしてくれた。……君こそが、この遠征の最大の功労者だ」
彼は俺の指先に口づけた。
「……さて。功労者には、相応の報酬が必要だな?」
「報酬?」
彼が顔を上げ、悪戯っぽく笑った。
「先日の約束だ。儀式が終わったら、君の行きたい場所へ連れて行くと言っただろう」
「うん!」
「どうだ? 心変わりはしていないか? もっと安全で、ロマンチックな場所に変更してもいいのだぞ」
彼は試すように言った。
俺が「やっぱり寒いからやめようかな」と言うのを期待しているのかもしれない。
だが、残念だったな旦那様。
俺の決意はダイヤモンドより硬い。
「まさか! 変更なんてありえない!」
俺はポケットから、ボロボロになるまで読み込んだ地図(自作メモ付き)を取り出し、バッと広げた。
「ここから北へ十キロ! 未踏破エリア、『氷結の大迷宮(アイス・ラビリンス)』!」
「……ふっ、くくっ!」
俺の勢いに、オルドリンが肩を震わせて笑い出した。
「ははっ……! やはりブレないな、君は」
「当たり前だろ! このために来たと言っても過言じゃない!」
「おいおい、私の補佐がメインじゃなかったのか?」
「そ、それはそれ! これはこれ!」
俺が赤くなって抗議すると、彼は涙を拭いながら頷いた。
「分かっている。君が熱心に装備の手入れをしていたのも知っている」
「げっ、やっぱり全部バレてた……」
「……愛しい妻が、ダンジョン攻略を夢見て目を輝かせている可愛い姿を、見逃すはずがないだろう」
彼は立ち上がり、俺に手を差し伸べた。
「約束だ。連れて行こう、君の望む場所へ」
「やったぁぁ! さすが旦那様!」
「ただし、条件がある」
彼はニヤリと、好戦的な笑みを浮かべた。
「私も同行する。……君の冒険(デート)に、最後まで付き合わせてもらうぞ」
「望むところだ! てか、むしろアンタがいないと無理だし!」
俺は彼の手を力強く握り返した。
「じゃあ、明日の早朝出発な! 装備の最終チェックしなきゃ!」
「気が早いな。……だが、その笑顔が見たかった」
こうして、俺への「ご褒美」は確定した。
高級レストランでも、スイートルームでもない。
魔物が巣食う、極寒のダンジョン。
でも、俺にとっては、それが最高にワクワクするデートコースなのだ。
「今日は早めに寝るぞ、オルドリン」
「ああ。……だが、興奮して寝られないときは、私が寝かしつけてやろうか?」
「子供扱いすんな!」
夕日に染まる街を見下ろしながら、俺たちは翌日の冒険に思いを馳せた。
最強の魔導師と、へっぽこ(だけどやる気満々の)相棒。
二人の本当の「新婚旅行」は、いよいよメインイベントを迎えようとしていた。
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