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第3章 俺たちは『公務』じゃなくて、『新婚旅行(ハネムーン)』がしたい
第22話:ご褒美はダンジョンで
しおりを挟む翌朝。
まだ空が薄暗いうちに、俺たちは宿を出発した。
目指すは北の渓谷。
未踏破エリア、『氷結の大迷宮(アイス・ラビリンス)』だ。
「……寒いな、やっぱり」
渓谷の入り口に立った俺は、ぶるりと身を震わせた。
街の中とは空気が違う。
肌を刺すような冷気と、濃密な魔素が漂っている。
「ルシアン、こっちへ」
隣に立つオルドリンが、俺の肩を抱き寄せた。
彼の指先から温かい光が流れ込み、俺の体を包み込む。
「『熱遮断結界・改』だ。これで外気温の影響は受けない」
「サンキュー、オルドリン。……準備万端だな」
「当然だ。君とのデートコースだからな。万全を期させてもらう」
彼は余裕の笑みを浮かべている。
今日の彼は、動きやすい冒険者風のコート(といっても最高級素材)を纏い、腰には白銀の杖を差している。
領主モードから冒険者モードへの切り替えも完璧だ。
「よし、行くぞ! 目指せ最深部! 狙うはレア素材『氷竜の結晶』だ!」
「ああ。案内は任せるよ、隊長」
俺たちは視線を合わせ、青白く口を開けた洞窟へと足を踏み入れた。
◇◇◇
ダンジョンの内部は、息を呑むほど美しかった。
壁も天井も、全てが透き通るような氷でできている。
外からの光が複雑に反射し、迷宮全体が淡いブルーに輝いていた。
「うわぁ……綺麗だなぁ」
「足元に気をつけろ。鏡のように滑るぞ」
オルドリンの忠告通り、床はツルツルだ。
だが、俺のブーツには既に彼が『摩擦係数増加』の魔法をかけてくれているので、雪道よりも安定して歩ける。
「さて、こっちだ」
俺は手元のメモ(攻略本)を確認した。
このダンジョンは、入り組んだ迷路になっているが、魔力の流れを読めば正解ルートが分かる――と、昔読んだ文献にあったはずだ。
「右の通路は風が淀んでる。……正解は左だ!」
「ほう。根拠は?」
「勘!」
「……頼もしいな」
俺が自信満々に進むと、オルドリンは苦笑しながらついてくる。
だが、俺の勘は当たっていた。
キィィィン!
通路の奥から、鋭い鳴き声と共に魔物が現れた。
氷の翼を持つコウモリ、『アイスバット』の群れだ。
「敵襲! 先制するぞ!」
「いいだろう。練習の成果を見せてくれ」
オルドリンは手を出さず、腕を組んで見守る構えだ。
試されている。
俺の実力を。
「ウィンドカッター!」
俺は短剣を振るい、風の刃を放った。
ヒュンッ!
以前、庭で特訓した時よりも鋭く、速い。
風の刃は先頭のコウモリを切り裂き、そのまま後続の二匹も巻き込んで消滅させた。
「よしッ!」
「良い攻撃だ。……風の制御が上手くなったな」
オルドリンが感心したように頷く。
残りのコウモリが襲いかかってくるが、俺は慌てずに次々と撃ち落とした。
魔脈の儀式で、彼の膨大な魔力を間近で感じたせいだろうか。魔力の使い方が感覚的に分かるようになっている気がする。
「へへ、これくらい余裕だって!」
「頼もしい限りだ。……だが、調子に乗ると足を掬われるぞ」
オルドリンが指をパチンと鳴らす。
瞬間、俺の頭上から落ちてきていた鋭利な氷柱(つらら)が、空中で粉々に砕け散った。
「うおっ!? トラップか!?」
「天井にも注意が必要だ。ここは迷宮だからな」
「あ、危ねぇ……。サンキュ、オルドリン」
「礼には及ばない。私の役目は、君の死角を埋めることだからな」
彼は涼しい顔で言った。
前衛(俺)が攻め、後衛(オルドリン)が守る。
完璧な布陣だ。
俺たちはハイペースで階層を下っていった。
◇◇◇
そして、到着した最深部。
そこは、巨大なドーム状の空間だった。
「……出たな」
俺は唾を飲み込んだ。
部屋の中央に鎮座するのは、全身が分厚い氷の鎧で覆われた巨人。
ダンジョン・ボス、『フロスト・ギガント』だ。
体長は五メートルほど。その拳は岩をも砕く質量がある。
「ルシアン。あれは物理攻撃が効きにくい。氷魔法も同属性だから半減される」
「知ってる。……弱点は胸のコアだろ?」
俺は巨人の胸元を睨んだ。
分厚い氷の装甲の下に、赤く脈打つ核が見える。
だが、あそこまで近づくには、あの巨体の攻撃を掻い潜らなければならない。
「作戦はどうする?」
「俺が囮になって、奴の装甲を剥がす。……コアが露出したら、アンタの最大火力でぶち抜いてくれ」
「……危険だぞ」
「信じてるからな、相棒!」
俺は返事も待たずに駆け出した。
「グルオオオオォォォ!!」
巨人が咆哮し、丸太のような腕を振り下ろしてくる。
ドォォン!
氷の床が砕け、破片が飛び散る。
「っと! 遅せぇよ!」
俺は風魔法で身体を加速させ(アクセル)、巨人の股下を滑り抜けた。
そのまま背後に回り込み、足の関節を狙う。
「ウィンド・ランス!」
圧縮した空気の槍を放つ。
ガキン! と硬い音がして、氷の装甲の一部が欠けた。
ダメージは浅いが、注意を引くには十分だ。
「こっちだデカブツ!」
俺は壁を蹴って跳躍し、空中戦を仕掛けた。
巨人が苛立ったように腕を振り回す。
風圧だけで吹き飛ばされそうになるが、俺は必死に食らいついた。
(もっと深く! 奴の胸を狙える位置まで!)
俺は空中で身を翻し、巨人の懐へと飛び込んだ。
目の前に、青白い胸板がある。
「ここだぁぁっ!!」
俺は全魔力を短剣に込め、一点突破の突きを放った。
風のドリルが回転し、氷の装甲をガリガリと削っていく。
ピキッ、パリンッ!
甲高い音がして、胸部の氷が砕け散った。
露出した赤いコアが、ドクドクと鼓動しているのが見える。
「今だ、オルドリン!!」
俺は叫びながら、反動を利用して後方へ飛び退いた。
「――待ちかねたぞ」
静かな声が響いた。
オルドリンが、杖を構えて立っていた。
その周囲には、無数の氷の槍が展開されている。
だが、彼が放ったのはそんな単純なものではなかった。
「極北の棺(コキュートス)」
彼が杖を一閃する。
瞬間、巨人の足元から巨大な氷の柱が突き上げられた。
それは巨人の四肢を拘束し、動きを完全に封じる。
そして――。
「砕けろ」
彼が拳を握り込む動作をした瞬間、拘束していた氷が一斉に内側へと圧力をかけた。
圧縮。粉砕。
バキバキバキィィッ!!
轟音と共に、巨人の全身に亀裂が走る。
露出していたコアにもヒビが入り――最後にパァン! と弾け飛んだ。
「グ、オオ……ォ……」
断末魔と共に、巨人の体が光の粒子となって崩れ落ちていく。
圧倒的だ。
俺が作った一瞬の隙を、彼は百倍の威力で返してくれた。
◇◇◇
静寂が戻ったドームに、俺の荒い息だけが響く。
「……はぁ、はぁ……! やった……!」
「怪我はないか、ルシアン」
オルドリンが駆け寄ってくる。
俺はサムズアップで応えた。
「無傷だ。……アンタの魔法、凄すぎだろ。あんなデカブツを一撃かよ」
「君が装甲を剥がしてくれたおかげだ。あれがなければ、私の魔法も弾かれていただろう」
彼は俺の手を取り、立たせてくれた。
そして、崩れ去った巨人の跡地を指差す。
「見ろ。戦利品(ドロップ)だ」
そこには、キラキラと輝く青い結晶が落ちていた。
大人の拳ほどの大きさがある、美しい六角形の石。
「こ、これは……!!」
俺は駆け寄って拾い上げた。
間違いない。
「『氷巨人の心核(ギガント・ハート)』だ!! マジで出た!!」
俺は歓声を上げて飛び跳ねた。
市場に出れば城が建つほどのレアアイテム。
これがあれば、最高の氷耐性装備が作れるし、あるいは強力な魔道具の触媒にもなる。
「やった! やったぞオルドリン!」
「よかったな。君の執念の勝利だ」
はしゃぐ俺を見て、オルドリンも嬉しそうに微笑んでいる。
「これ、加工してアンタとお揃いのペンダントにしようぜ! 魔力増幅の効果があるんだ!」
「……私と、お揃い?」
「ああ。最強のコンビの証だろ?」
俺が言うと、彼は目を見開き、それから愛おしさに耐えきれないというように俺を抱きしめた。
「……君は、本当に欲がないな」
「え?」
「そんな国宝級の素材を、ただのアクセサリーにするなんて。……だが、その提案、喜んで受けよう」
彼は俺の額に、そして鼻先に甘いキスを落とした。
「帰ったら、最高の職人に作らせよう。……私たちの、二個目の結婚指輪のようなものだな」
「指輪じゃなくてペンダントだけどな」
俺たちは笑い合った。
目的は達成した。
ボスも倒したし、レア素材もゲットした。
大満足だ。
「よし、帰ろうか! 腹減った!」
「ああ。……少し体が冷えただろう。帰ったら温かい風呂を用意させる」
「いいねぇ、雪見風呂!」
俺は意気揚々と出口へ向かって歩き出した。
アドレナリンが引いてくると、運動した後の心地よい疲労感と、冷えた空気が肌に感じられる。
「……うー、ちょっと汗が冷えてきたな」
「ルシアン」
俺が腕をさすると、不意にオルドリンが俺の前に立ちふさがった。
そして、問答無用で俺の体を横抱き(お姫様抱っこ)にした。
「うわっ!? ちょ、オルドリン!?」
「体が冷えているんだろう? こうしていれば暖かい」
彼は悪びれもせず、俺を胸に抱き寄せた。
確かに暖かい。彼の体温と、微かに漂う彼自身の香りに包まれて、俺は思わず力を抜いてしまった。
「……歩けるんだけどなぁ」
「知っている。だが、君を抱きしめていたいんだ」
彼は真っ直ぐに俺を見つめ、甘く囁いた。
「よく頑張ったな、私の可愛い相棒。……屋敷に戻ったら、二人で風呂に入ろう」
「え……二人で?」
「ああ。背中を流させてくれ。……それとも、私に洗われるのは嫌か?」
妖艶な笑みに、俺の顔が一気に熱くなった。
この冒険が終われば、次は甘い夜の時間が待っている。
どうやら今日の旦那様は、ダンジョンのボスよりも手強そうだ。
「……お手柔らかに頼むよ」
俺が観念して呟くと、彼は嬉しそうに喉を鳴らした。
白銀の迷宮を後にする俺たちの心は、外の寒さとは裏腹に、熱く燃え上がっていた。
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