「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g

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第4章 俺たちは『星渡りの夜』じゃなくて、『魔物狩り(デート)』に行きたい

第31話:氷と風のフィナーレ

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 宙を舞う俺たちの目の前には、天井に届くほどの巨大な光の巨人がそびえ立っていた。
 それは無邪気な幼児が積み木を崩すように、巨大な拳を振り上げている。

「――ルシアン、合わせろ!」

 オルドリンの声が鼓膜を打つ。
 俺は彼の腕の中から飛び出し、氷で作られた空中の足場を蹴った。

「了解!」

 俺たちの狙いは一点。
 巨人の胸部でドクンドクンと脈動している、暴走した魔石の核(コア)だ。
 あれを破壊すれば止まる。だが、ただ破壊すればいいわけではない。
 この会場には数百人の貴族がいる。下手に爆発させれば、衝撃波で大惨事になりかねない。

 求められるのは、破壊ではない。
 完全なる『鎮静化』だ。

「風よ、集え……! 針の穴を通すように鋭く、そして優しく!」

 俺は空中で体を捻り、右手に全神経を集中させた。
 白銀領での経験が活きている。あの時、俺はオルドリンの暴走しかけた魔力を繋ぎ止めた。
 その感覚を思い出せ。
 俺の風は、彼のためにある。

「『螺旋穿孔(スパイラル・ピアス)』!!」

 俺の指先から放たれたのは、極限まで圧縮された風のドリルだ。
 それは巨人の振り下ろした腕の隙間を縫い、光の装甲を抉じ開け、一直線に胸の核へと到達した。

 パキィィッ!

 核に微細な亀裂が入る。
 だが、砕かない。
 俺の役目は「道」を作ることだ。

「――よくやった、我が愛しき相棒よ」

 俺の背後から、絶対零度の声が響いた。
 オルドリンだ。
 彼は俺が開けた風のトンネルに、躊躇なく自らの魔力を注ぎ込んだ。

「眠れ。……『氷柩(アイス・コフィン)』」

 カッ……!

 閃光が走った。
 しかし、爆発音はしなかった。
 代わりに聞こえたのは、世界が凍りつく、静謐で美しい音色だった。

 キィィィィン……。

 巨人の動きがピタリと止まる。
 胸の核から広がった青白い氷が、光の身体を内側から瞬時に浸食していく。
 暴れ狂っていたエネルギーが、オルドリンの圧倒的な「静寂」によって強制的に冷やされ、固められていく。

 そして。

「……砕けろ」

 オルドリンが、指揮者がタクトを振るように指を鳴らした。

 パァァァンッ……!

 巨人の体が弾け飛んだ。
 だが、それは破壊の礫ではない。
 魔力が完全に中和され、結晶化した――微細な氷の粒だった。


 ◇◇◇

 俺たちはふわりと床に着地した。
 二人並んで、最後のポーズを決める。
 まるで、一曲のダンスを踊り終えたかのように。

 しん、と会場が静まり返っていた。
 誰も言葉を発しない。
 ただ、天井から降り注ぐ光景に、全員が目を奪われていた。

 サラサラ……キラキラ……。

 頭上から、ダイヤモンドダストが降り注いでいた。
 砕け散った光の巨人の残骸が、会場の照明を反射して七色に輝きながら、雪のように舞い落ちてくる。
 それはあまりにも幻想的で、ここが戦場だったことさえ忘れさせるほどの美しさだった。

「……綺麗だな」

 俺は思わず呟いた。
 隣を見ると、オルドリンが乱れた前髪をかき上げながら、ふぅと息を吐いていた。
 眼鏡が少しズレているのが、なんだか色っぽい。

「君との共同作業だからな。……美しくなければ意味がない」
「またキザなことを。……でも、最高だったよ」

 俺たちは顔を見合わせ、小さくハイタッチを交わした。
 心地よい疲労感と、達成感。
 やっぱり、俺たちにはこれだ。
 堅苦しい挨拶回りよりも、こうやって二人で背中を預け合って暴れる方が、何倍も「俺たちらしい」。

 その時。

 パチ、パチ、パチ……。

 静寂を破る、乾いた拍手の音が響いた。
 俺たちが振り返ると、そこにはアレクセイ王子が立っていた。
 彼は降り注ぐダイヤモンドダストの中で、感極まった表情で涙ぐみながら拍手をしていた。

「……ブラボーだ」

 王子が震える声で言った。

「なんて……なんて美しいんだ! まるで、愛の奇跡を見ているようだった!」

 その言葉を皮切りに、魔法が解けたように会場がどよめいた。

「す、すごい……あんな巨大な魔物を、一瞬で……!」
「しかも、誰一人怪我をさせずに!」
「見たか、あの連携! 阿吽の呼吸とはまさにこのことか!」

 わぁぁぁぁっ!!
 割れんばかりの拍手喝采が巻き起こった。
 恐怖の悲鳴ではない。
 純粋な称賛と、感謝の拍手だ。

 かつて「氷の魔王」と恐れられ、人々から遠巻きにされていたオルドリン。
 今、彼は会場の中心で、英雄として浴びるような拍手を受けている。

(……やったな、オルドリン)

 俺は鼻の奥がツンとなるのを感じた。
 これが見たかったんだ。
 みんなに知ってほしかったんだ。俺の旦那様は、ただ怖いだけの人じゃない。
 こんなにも強くて、頼もしくて、そして誰よりも優しく「守る力」を持った人なんだってことを。

 アレクセイ王子が、つかつかと歩み寄ってきた。
 彼は興奮気味に、オルドリンの肩を掴んだ(俺と繋いでいない方でよかった)。

「クライス伯! 撤回させてくれ! 君の魔法は『至宝』なんかじゃない。……『神業』だ!」
「殿下……」
「そして、それを可能にしたのが……隣にいるルシアン君だね?」

 王子は俺の方を向き、キラキラした瞳を向けた。

「君の風が、彼の氷を導いていた。君がいたからこそ、彼は迷いなく力を振るえたんだ。……これほどの信頼関係、これほどの『相棒』を、私は見たことがない!」
「へへ、それほどでも……」

 俺が照れて頭をかくと、隣でオルドリンがふん、と鼻を鳴らした。
 彼は眼鏡のブリッジをくいっと持ち上げ、王子に向かって不敵な笑みを浮かべた。

「……お分かりいただけましたか、殿下」

 その声には、先ほどまでの嫉妬や焦燥感は微塵もなかった。
 あるのは、圧倒的な「余裕」と、隠しきれない「自慢」だ。

「私の妻は、優秀でしょう?」
「ああ、間違いない! 彼こそが君の力の源泉だ!」
「ええ、その通りです。……彼がいなければ、私は今頃、この会場を不本意な形で氷漬けにしていたかもしれません」

 オルドリンは俺の腰を抱き寄せ、見せつけるように引き寄せた。

「ルシアンは、私の理性であり、ブレーキであり……そして、私が世界で唯一、背中を預けられる『誇り』です」

 会場が、ほう……と溜息に包まれる。
 やめてくれ、そんな大勢の前でド直球な愛の告白をしないでくれ!
 俺の顔はきっと、トマトみたいに真っ赤になっているはずだ。
 でも、ここで引くわけにはいかない。
 せっかくのチャンス、俺だって、皆に伝えなきゃ気が済まない。
 俺は精一杯の虚勢を張って、王子と周囲の貴族たちに向かってニッコリと笑ってみせた。

「えっと……そういうことなんで」

 俺はオルドリンの腕に自分の腕を絡め、彼を見上げた。

「うちの旦那様、見ての通り繊細で愛が重い『芸術品』みたいな人なんです。……愛するにはちょっとしたコツと、あと死ぬほどの情熱が必要なんですよ」
「ぶっ……芸術品!」
「愛するにはコツがいる、か……!」

 どこかの貴族が吹き出し、笑いが広がった。
 それは嘲笑ではなく、温かい笑いだった。

「だから、旦那様について知りたいことがあれば俺に聞いてください。……俺以上に、この人を理解できる人なんていませんから」

 俺が言い切ると、オルドリンは驚いたように目を見開き、それからクククと喉を鳴らして笑った。
 あんなに不機嫌だった「魔王」が、今は少年のように楽しそうに笑っている。

「……聞きましたか、殿下。私の妻は、かっこいいでしょう?」
「ははは! これはすごいな! 空気が甘過ぎて溺れてしまいそうだよ!」

 アレクセイ王子は両手を上げて降参のポーズをとった。

「君たちは、まさに『比翼の鳥』だ。……これからも、どうかその力と絆で、この国を……いや、互いを支え合ってくれ」
「――御意」
「お任せください!」

 俺たちの返答に、再び会場から拍手が送られた。

 ダイヤモンドダストが降り止む頃、俺たちは間違いなく、この夜会で一番輝く「主役」になっていた。
 恐怖の対象だった「氷の魔王」は消え、そこにいるのは「愛妻家の英雄」と、それを隣で支える「最強の相棒」だけだった。


 ◇◇◇

「……さて、そろそろお開きにしようか」

 騒動も落ち着き、王子の一声で近衛兵たちが事後処理に追われ始めた頃。
 オルドリンが俺の耳元で囁いた。

「もう十分だろう。これ以上ここにいると、質問攻めに遭って君との時間が減る」
「だな。俺も疲れたし、腹減った」

「屋敷に戻って、二人で続きをしよう。……まだ、夜は長い」

 意味深な言葉にドキッとする。
 俺たちは王子に目配せで挨拶をし(王子はウインクで返してくれた)、人混みをかき分けて出口へと向かった。

 馬車に乗り込むと、オルドリンはすぐに俺の肩に頭を預けてきた。
 魔力を使いすぎたせいか、あるいは人混みの緊張が解けたせいか、少し甘えるような仕草だ。

「……ありがとう、ルシアン」
「ん?」
「君が手を引いて踊ってくれたから……この夜会も、『楽しい』と思えた」

 彼は目を閉じたまま、俺の手を弄んでいる。

「子供の頃から、星渡りのパーティーは恐怖の場だった。魔力が暴走しないか、誰かを傷つけないか……そればかり考えていた」
「……うん」
「だが今日は違った。……君と戦って、踊って、笑って。……とても、楽しかったよ」

 その言葉を聞いた瞬間、俺の胸がいっぱいになった。
 ああ、よかった。
 今日のミッションは、大成功だ。

「……そりゃよかった。俺も楽しかったぜ」
「ふふ。……だが、やはり王子には嫉妬した」
「まだ言うか」
「君が他の男を褒めるのは、心臓に悪い」

 彼は顔を上げ、潤んだ瞳で俺を見つめた。

「……帰ったら、私だけを褒めてくれ。朝まで、たっぷりと」
「……わかったよ」

 俺たちは笑い合い、馬車は夜の王都を駆けていく。
 星渡りの夜。
 それは俺たち夫婦にとって、また一つ「呪い」が解け、新たな「伝説」を作った記念日となったのだった。
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