「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g

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第4章 俺たちは『星渡りの夜』じゃなくて、『魔物狩り(デート)』に行きたい

第30話:ダンスは戦闘のように


 優雅なワルツの旋律が、大広間に響き渡る。
 先ほどまでのピリついた空気(主にうちの旦那様の嫉妬によるものだが)は霧散し、会場は華やかな舞踏会の熱気に包まれていた。

「……踊ろうか、ルシアン」

 オルドリンが、恭しく右手を差し出した。
 その仕草は洗練されていて、まるで絵画から抜け出してきた王子のようだ。……本物の王子(アレクセイ殿下)もすぐ近くにいるけれど、俺の目には旦那様の方が何百倍も輝いて見える。

「お手柔らかにな。俺、ステップ踏むの久しぶりだぞ」
「問題ない。私がリードする。君はただ、私に身を任せていればいい」

 俺はその手を取り、ダンスフロアの中央へと進み出た。
 彼の手が俺の腰に添えられる。
 至近距離で重なる視線。アイスブルーの瞳が、蕩けるように甘く俺を見つめている。

 タン、タ、タン……。

 音楽に合わせて、俺たちは滑り出した。
 回転するたびに、彼の香水の香りと、ペンダントから伝わる心地よい魔力の温もりが俺を包み込む。
 幸せだ。
 白銀領での冒険も楽しかったけれど、こうして着飾って、二人だけの世界で踊るのも悪くない。

「……愛しているよ、ルシアン」
「ん、俺も」

 甘い囁きを交わし、次のターンに入ろうとした――その時だった。

 パリンッ……!!

 不協和音が、音楽を切り裂いた。
 俺は反射的に足を止め、音のした方を見上げた。

「……え?」

 頭上に広がる「光の海」。
 その中心にあった巨大な魔石の一つが、内側から弾け飛んだのだ。
 破片がキラキラと降り注ぐ中、そこから溢れ出したのは――質量を持った「光」だった。

 ボウッ!!

 光は形を変え、膨張し、やがて歪な巨人の姿を形成した。
 それだけではない。連鎖反応を起こした周囲の魔石も次々と砕け散り、大小様々な「光の怪物」たちが会場へと降り注いできたのだ。

「キャァァァァッ!!」
「な、なんだあれは!?」
「魔物だ! 魔物が出たぞぉぉ!!」

 悲鳴。怒号。
 優雅だった舞踏会場は、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図へと変わった。

「……星の精霊(スター・ゴーレム)か」

 オルドリンが俺を庇うように抱き寄せながら、冷静に、しかし不愉快そうに呟いた。

「今年のアレは魔力が強すぎたようだ。会場の祝祭ムードと共鳴して、悪戯心を持った魔力が実体化してしまったらしい」
「悪戯心ってレベルじゃねーぞ、あれ!」

 俺が見る限り、あいつらは決して邪悪ではない。
 ただ、「もっと騒ごうぜ!」「遊ぼうぜ!」という純粋なエネルギーの塊だ。
 だが、質量を持った巨体が無邪気に暴れ回れば、人間なんてひとたまりもない。現に、巨人の一撃でビュッフェのテーブルが粉砕された。

「おいおい、せっかくの料理が!」
「心配しているのはそこか」

 オルドリンが呆れたように言った直後、一体の精霊が近くの貴族令嬢に向かって飛びかかった。

「させないッ!!」

 鋭い声と共に、白銀の閃光が走った。
 アレクセイ王子だ。
 彼は腰のサーベルを抜き、果敢にも精霊と令嬢の間に割って入った。

「下がりたまえ! 近衛兵、客人を守れ!」

 王子は流れるような剣技で精霊を切り裂いた――はずだった。

 スカッ。

 剣は光の身体をすり抜け、何の手応えもなく空を切った。

「なっ……!?」
「物理攻撃無効か!」

 俺が叫ぶと、王子は悔しげに唇を噛んだ。

「くっ……! ならば魔法で! 『火球(ファイア)』!」

 王子が左手から炎を放つ。
 だが、精霊はその炎をパクりと「食べて」しまい、さらに輝きを増して巨大化した。

「魔法も吸収するのか!? なんて厄介な……!」
「殿下! 星の魔力は純粋なエネルギー体です! 同属性の魔力では餌を与えるだけです!」

 オルドリンが叫んで警告するが、状況は最悪だ。
 物理は効かず、魔法は吸収される。
 会場中を逃げ惑う貴族たち。泣き叫ぶ婦人たち。
 そして、楽しそうに会場を破壊していく光の巨人たち。

「……ルシアン」

 オルドリンの声が、地を這うように低くなった。

「私の……大切な、君との舞踏会を」

 彼の手から、バキバキと氷が生成される音がした。
 眼鏡の奥の瞳が、完全なる「魔王」の色に染まっている。

「よくも……台無しにしてくれたな。……ここを更地にしてでも、あの光るゴミ屑どもを殲滅してやる」
「ストーーーップ!!」

 俺は彼の頬を両手で挟み、強引にこちらを向かせた。
 更地にするな。ここ王宮だぞ。国際問題になるわ!

「落ち着けオルドリン! キレたら負けだ!」
「だが、あいつらが君とのダンスを邪魔した! 万死に値する!」
「ダンスなら、続ければいいだろ」
「は?」

 俺はニッと笑い、彼の手を強く握った。

「俺たちが誰だか忘れたか? 最強の冒険者夫婦だぞ。……あんなの、俺たちにかかればただのスポットライトだ」

 胸元のペンダントが共鳴し、青い光を放つ。
 俺の意図を汲み取ったのか、オルドリンの瞳から怒りの色が消え、代わりに好戦的な、そして信頼に満ちた色が宿った。

「……そうだな。君の言う通りだ」

 彼は俺の腰をグイッと引き寄せた。

「では、再開しようか。……少しばかり、激しいステップになるが」
「望むところだ。……リードしてくれよ、旦那様!」


 ◇◇◇

 カツン、とオルドリンが床を踏み鳴らした。

「――楽団! 演奏を止めるな!」

 彼の凛とした一喝が、パニックに陥っていた会場に響き渡った。
 指揮者がビクッとし、震える手でタクトを構え直す。
 再び、ワルツの旋律が流れ始めた。ただし、テンポはさっきよりも速く、激しい。

「行くぞ、ルシアン」
「おう!」

 オルドリンが右手を振るう。
 瞬間、俺たちの足元の床が凍りつき、滑らかなアイスリンクへと変わった。

 シュパァッ!

 俺たちは氷の上を滑るように加速した。
 ドレスコードの靴が、まるでスケート靴のように機能する。これもオルドリンの『摩擦制御』の魔法のおかげだ。

「ギャァウ!」

 一体の精霊が、俺たちに気づいて光の触手を伸ばしてきた。

「邪魔だ」

 オルドリンが短く呟き、俺の手を引いて優雅にターンを決めた。
 遠心力がかかる。俺の体が宙に浮く。
 それは完璧なダンスのステップであり、同時に回避行動だった。
 触手が俺の鼻先をかすめ、床を砕く。

「今だ、ルシアン! 私の魔力を使え!」
「了解!」

 俺は繋いだ手から流れ込んでくる、膨大な魔力を感じ取った。
 自分一人では扱いきれないほどの奔流。だが、魔法の練習を積み重ねてきた今の俺には制御できる。
 俺の「風」の適性と、彼の「氷」の魔力が混ざり合う。

「風よ、凍てついて切り裂け! 『氷嵐刃(ブリザード・エッジ)』!!」

 俺が空いた手を振るうと、風の刃に氷の粒子を纏わせた斬撃が放たれた。
 ただの魔法ではない。物理的な質量を持つ「氷」を、風で超高速射出する複合魔法だ。

 ザシュッ!!

 光の精霊の腕が、呆気なく切断された。
 物理無効? 魔法吸収?
 関係ない。彼らの許容量を超える密度で、かつ物理的な質量をぶつければ、その構成を崩壊させられる!

「効いたぞ!」
「いい手応えだ。……次、右から来るぞ」

 オルドリンが俺を引き寄せ、背中合わせの体勢になる。
 背中で感じる彼の鼓動。
 視界には映らない死角を、彼が守ってくれているという絶対的な安心感。

「おっと!」

 俺たちは呼吸を合わせ、同時にステップを踏んだ。
 氷の上を滑りながら、互いの周りを公転するように回転する。
 傍から見れば、それは情熱的なダンスに見えるだろう。
 だが実際は、全方位からの攻撃を躱し、カウンターを叩き込むための戦闘機動だ。

「殿下! 頭を下げてください!」

 俺は叫びながら、アレクセイ王子の近くへ滑り込んだ。
 王子がハッとして屈んだ瞬間、その頭上を俺の放った氷の礫が通過し、背後の精霊の顔面を粉砕した。

「す、すごい……!」

 王子が目を見開いて俺たちを見上げている。

「な、なんて動きだ……! まるで舞踏のようだ!」
「お褒めにあずかり光栄です! ……っと!」

 俺は王子の前で着地し、優雅に一礼して見せた――その直後、オルドリンに腕を引かれて再び宙を舞った。

「ルシアン、王子に愛想を振りまくのは後にしてくれ」
「はいはい、嫉妬深いなぁ!」
「嫉妬ではない。……君の美しく舞う姿を、特等席で見られるのが私だけだという優越感に浸っているだけだ」

 彼は不敵に笑い、俺の腰を抱き上げてリフトした。
 高い!
 シャンデリアが目の前に迫る。

「そこだ、ルシアン! 一掃しろ!」

 天井付近に群がっていた小型の精霊たち。
 俺はオルドリンの腕を足場にして跳躍した。

「吹き飛べぇぇぇッ!!」

 旋回しながら全周囲に氷の礫をばら撒く。
 散弾銃のような掃射。
 パパパパンッ! と乾いた音が響き、精霊たちが次々と光の粒子となって弾け飛んだ。

 キラキラと降り注ぐ光の雨の中、俺は重力に従って落下する。
 下を見れば、オルドリンが両手を広げて待っていた。
 不安なんて一ミリもない。

 ストン。

 俺は彼の腕の中にすっぽりと収まった。
 完璧なキャッチ。

「……ナイスキャッチ、旦那様」
「君こそ。……最高のダンスだったよ、私の相棒」

 至近距離で見つめ合う。
 周りはまだパニックの最中だし、巨大なボス格の精霊が残っているけれど、俺たちの周りだけ時間が止まったように甘い空気が流れた。

「……何だ、あれ……」

 近くでへたり込んでいた貴族が、呆然とした声を出した。

「あの夫婦……戦いながらイチャついてるぞ……」
「なんなのあの動き……あんなの、人間業じゃないわ……」
「美しい……」

 誰かが呟いたその言葉が、さざ波のように会場に広がっていく。
 恐怖は、驚愕へ。そして驚愕は、熱狂的な興奮へと変わりつつあった。

 そう。
 俺たちは今、ただ戦っているのではない。
 これは、国一番の魔法使いと、その相棒による、一夜限りの『英雄のダンス』なのだ。

「さて、ルシアン。……仕上げと行こうか」

 オルドリンが、会場の中央に鎮座する一番巨大な光の巨人を見据えた。
 あれが親玉だ。あいつを鎮めれば、この騒動も終わる。

「ああ。……派手に決めようぜ」

 俺は汗を拭い、髪をかき上げた。
 タキシードも乱れたし、息も上がっている。
 でも、気分は最高だ。

 楽団の演奏がクライマックスへと向かう。
 激しく、壮大なフィナーレへ。

「行くぞ!」

 俺たちは再び氷の床を蹴った。
 狙うは巨人の胸にある、暴走した魔石の核。

 右へ、左へ。
 互いに交差しながら、螺旋を描くように肉薄する。
 巨人が腕を振り下ろすが、俺たちのスピードにはついて来られない。

「風よ!」
「氷よ!」

 二人の声が重なる。
 俺が風で道を切り開き、彼が氷で足場を作る。
 究極の阿吽の呼吸。

 この夜会、間違いなく俺たちが一番目立っている。
 皆見てくれ。
 これが俺の、自慢の旦那様だ!
 俺たちは最後の一撃に向けて、高く、高く跳躍した。

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