「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g

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第4章 俺たちは『星渡りの夜』じゃなくて、『魔物狩り(デート)』に行きたい

第32話:次の地図を広げて


 屋敷に戻り、熱いシャワーを浴びて、ようやく俺たちは「英雄」の肩書きを下ろした。
 寝室のソファ。
 俺とオルドリンは、先日プレゼントしたお揃いのガウン(俺はグレー、彼はネイビー)に身を包み、密着して座っていた。
 正確には、俺がソファに座り、オルドリンがその膝に頭を乗せている。いわゆる膝枕だ。

「……ルシアン」
「ん?」
「約束、覚えているか?」

 濡れた銀髪をタオルで拭いてやると、オルドリンが眼鏡を外した無防備な顔で見上げてきた。
 アイスブルーの瞳が、とろりと甘く潤んでいる。

「『王子と話していた時間分、埋め合わせをする』……そう言ったはずだ」
「あー……言ったな、そういえば」
「王宮では随分とアレクセイ殿下と楽しそうにしていたからな。私の嫉妬は我慢の限界を突破している。……責任を取ってくれ」

 彼は俺の手を取り、指先を甘噛みした。
 拗ねた子供のような、けれど獲物を逃がさない肉食獣のような目だ。
 やれやれ、これだからうちの旦那様は。

「はいはい、分かりましたよ。……で、どうして欲しいんだ?」
「……君だ」

 彼は俺の腰に腕を回し、顔を腹に埋めた。

「君の体温、匂い、声……全部、私に補充してくれ。他の男の記憶が消し飛ぶくらいに」
「注文が多いなぁ。……よしよし、お疲れ様、オルドリン」

 俺は彼の背中をゆっくりと撫でた。
 普段は「氷の伯爵」として張り詰めている背中が、俺の手の下で安堵に緩んでいくのが分かる。

「今日のアンタも、最高にかっこよかったぜ。魔法も、ダンスも」
「……殿下よりも?」
「当たり前だろ。俺の目がアンタ以外に向くわけないって」

 俺が言うと、彼は顔を上げ、俺の首を引き寄せて深いキスをした。
 ワインの残り香と、彼の愛用する石鹸の香り。
 唇が離れると、彼は満足げに、しかしどこか不安げに眉を寄せた。

「……なら、聞かせてもらおうか」
「え?」
「今後の参考にしたい。……君の好みのタイプについてだ」

 彼はなぜか真剣な顔つきになった。

「今日の殿下は、万人に好かれるタイプだった。金髪、碧眼、爽やかな笑顔、社交的な性格……。ルシアン、君はああいう『光属性』の男が好みなのか?」
「はあ? なんだよ急に」
「私は見ての通り、陰気で愛が重い『氷属性』だ。もし君が明るい男が好みなら、明日から私も努力して、爽やかに笑う練習を……」
「やめろ、想像しただけで怖い!」

 俺は慌てて止めた。
 無理して爽やかに笑うオルドリンなんて、ホラーでしかない。

「いいか、よく聞け。俺は銀髪が好きだし、少し冷たいくらいのアイスブルーの目が好きだ。それに……」

 俺は彼のアゴをくすぐった。

「誰にでも愛想がいい男より、俺にだけデレデレな重い男の方が、特別感があって好きなんだよ」
「……っ!」

 オルドリンの顔が、ボッという音がしそうなくらい赤く染まった。
 チョロい。相変わらずチョロすぎるが、そこが可愛い。

「そ、そうか……君は、今のままの私が……いいと言うのか」
「ああ。改善なんてしなくていい。アンタはそのままで完璧だ」
「ルシアン……!」

 彼は感極まったように俺を抱きしめ、頬に何度もキスを降らせた。
 尻尾があったら千切れんばかりに振っているだろう。

「だが、油断はできない! 念のため詳しく教えてくれ。……筋肉の付き方は? 殿下のような細マッチョか、私のような魔法使い体型か?」
「ええ……そこから?」
「髪の長さは? 今の長さでいいか? 短髪の方が男らしいと思うか?」
「今のままでいいって!」
「服装の好みは? 今日のタキシードは合格点だったか? 冒険者の軽装の方が好きか?」

 質問攻めだ。
 完全に恋する乙女のそれである。
 俺は苦笑しながらも、一つ一つの質問に「アンタならなんでも似合うよ」「今の髪が好きだ」と答えてやった。
 そのたびに彼は「ふむ、なるほど」「後で書面に残しておかねば」と嬉しそうに頷く。

 一通りノロケと確認作業(尋問)が終わる頃には、夜明けが近づいていた。
 オルドリンはすっかり精神の安定を取り戻し、とろとろに甘やかされた猫のようにリラックスしていた。

「……ふぅ。満足したか?」
「ああ。……今の私は、世界一幸せな夫だ」
「そりゃよかった。……じゃあさ、ご機嫌なところで一つ提案があるんだけど」

 俺はサイドテーブルに置いていた鞄から、一枚の羊皮紙を取り出した。
 広げたのは、大陸南部の地図だ。

「白銀領の件も片付いたし、しばらくは平和だろ? だから、次はここに行きたいんだ」

 俺が指差したのは、地図の南端。
 広大な海に面した、常夏の楽園『エメラルド諸島』だった。

「……南の海か」
「そう! 覚えてるか? この前のキャンプの帰り、『次は海に行きたい』って約束したろ」

 俺が言うと、オルドリンは「ああ」と頷いた。

「覚えているよ。君との約束を忘れるはずがない。……水着の準備も進めている」
「おっ、マジか! 用意がいいな!」

 さすが仕事が早い。
 俺はワクワクして身を乗り出した。

「で、どんなの? 現地の流行りのやつか?」
「ふむ。……まだ試作段階だが、これだ」

 オルドリンは虚空から一枚の設計図(!)を取り出した。
 そこには、どう見ても『全身タイツ』にしか見えない服が描かれていた。
 いや、よく見ると『耐水圧結界』『自動迎撃機能』『絶対領域保護(肌見せ禁止)』といった不穏な文字が書き込まれている。

「……おい」
「なんだ? 機能美だろう」
「あの時言ったよな!? 『普通のやつ』で『変な機能ナシ』だって!」
「これが私にとっての『普通』だ!」

 オルドリンは真顔で言い放った。

「南国の海など、露出の多い男たちがウヨウヨしている魔窟だ! そんな場所に、君を無防備な姿で放り出せるわけがないだろう!」
「だからって、こんな深海調査用スーツみたいなの着て泳げるか!」
「なら泳がなければいい! 浜辺で私とパラソルの下でチェスでもしよう」
「海に行く意味ねぇよ!」

 俺がツッコむと、彼は苦虫を噛み潰したような顔で黙り込んだ。
 そして、ボソリと呟いた。

「……だって、見られたくないんだ」
「え?」
「君の白くて綺麗な肌を……他の男に見られるなんて、想像しただけで海を凍らせてしまいそうだ」

 彼は本気で悩んでいた。
 嫉妬と、約束を守りたい気持ちと、独占欲の板挟みになっているらしい。

「……はぁ。分かったよ」

 俺は呆れて、でも少し笑ってしまった。
 本当に、愛が重いんだから。

「じゃあ、プライベートビーチのある宿を探そうぜ。そこなら、二人きりだろ?」
「……!!」

 オルドリンが顔を輝かせた。

「その手があったか! よし、島ごと買い取ろう。いや、いっそ諸島周辺海域を封鎖して……」
「だから規模がでかいって!」

 俺は彼の肩を叩いて笑った。
 でも、これが俺たちだ。
 どんな場所に行こうと、どんな冒険をしようと、この過保護で愛が重すぎる旦那様がいれば、きっと退屈することはないだろう。

「……ま、詳細は追々決めようぜ」

 俺は地図を丸めて放り投げ、彼に抱きついた。

「どこに行くかより、誰と行くかが重要なんだろ?」
「……ッ」

 オルドリンは動きを止め、それから破顔した。
 蕩けるような、甘い笑顔。

「……ああ、その通りだ。君がいるなら、世界の果てだろうと、地獄の底だろうと……喜んでお供しよう」
「地獄は勘弁な。……行くなら、美味いものがあるところがいい」
「ふふ。……愛しているよ、私のルシアン」

 彼は俺の顎をすくい上げ、優しいキスを落とした。
 窓の外では、夜明けの光が差し込み始めていた。

 こうして、俺たちの激動の『星渡りの夜』は幕を閉じた。
 でも、俺たちの冒険はまだ終わらない。
 新しい地図。新しい目的地。
 そして隣には、世界一愛が重くて頼りになる、最高の旦那様がいる。

 さあ、次はどんなトラブル……じゃなくて、どんな冒険が待っているのかな。
 俺は彼の腕の中で、幸せな予感に包まれながら目を閉じた。

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