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2、夕食
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* * *
夕食の時間となり、一同は食堂で会することとなった。
リトスロード侯爵家当主のジュード。三男のエヴァン。そしてフィアリスとレーヴェ。
家庭教師の二人も、リトスロード家の人々と食事を共にすることを許されている。
ジュード・リトスロード侯爵は五十も間近の男だが、鍛え抜かれた体から老いの気配は一切感じさせない。鷹のような鋭い目つきに滅多に動かない表情筋。とてつもない威圧感から、対面すると大抵の貴族は怯む。その武勇を知らぬ者はこの国でも少ない。
当主は愛想も素っ気もなく、だから当然食事の場が賑わうということもない。
とはいっても皆慣れたものだし、これが日常なので気まずさを感じる者はいなかった。昔はエヴァンの二人の兄も住んでいたので、その頃に比べると幾分寂しさはあったが。
「ああ、やっぱりここでの食事が一番ですね」
フィアリスは微笑みながら言った。
「王都で口にするものの方が豪勢ではなかったか」
口を開いたのはジュードだ。目は上げず、手元の肉を切り分けている。
確かにここは辺鄙な場所であるから仕入れる食材も限られたものになるし、洒落た料理などは出てこない。貴族なので平民と比べればはるかに良い食事はしているが、王都で暮らす貴族が口にするものと比べれば雲泥の差があるだろう。
「そうかもしれませんが、落ち着かないし、私はここで皆と食べるものが一番美味しいです」
贅を凝らしすぎた料理は侯爵が好まないので卓には並ばない。しかし雇っている料理人は大変腕が良かったので、食材の味が生かされた素晴らしい料理に舌鼓を打つことができる。
食事というものは誰と共にするのかという部分も大きな問題になってくるだろう。
そういう意味ではここ数ヶ月の食事はフィアリスにとって惨憺たるものだったといってもいい。味なんてろくに覚えていなかった。
口数の少ないジュードは返事をしなかったが、いつものことだ。声に出さずとも、なるほどそうか、と言っているのだとフィアリスには伝わる。
ふと視線を感じて目を転じると、エヴァンがじっとこちらに眼差しをそそいでいた。
「どうしたの? エヴァン」
「ちゃんとあなたがお食べになるか気になったもので」
「どういう意味?」
エヴァンは少しだけ顔を赤らめて目をそらした。
「……心配なんです」
「まだ心配なの、君は。言ったじゃないか。もう私は全然平気なんだよ! 私が随分丈夫だってことは、知ってるだろう? この通り、食欲もあるし、ぴんぴんしてるって」
フィアリスはくすくす笑った。
ああやって照れるあたりはレーヴェの言う通り、まだ子供らしい。心配されるのが嬉しくて、フィアリスの口角はいつまでも上がったままである。
食事をしながらもフィアリスは人々の様子をうかがって、自分がいない間に何か変化がなかったかを読み取ろうとした。
――特に、何もなさそうだ。
レーヴェもいつも通りだらしなく気が抜けているし、使用人達の態度も変わらない。エヴァンは多少つむじを曲げているが元気そうで、ジュードも平素同様、寡黙である。
エヴァンとジュード、父と子の間に会話がほとんどないのも相変わらず。これは不仲というか、こういう状態になってからかなり経つので普段通りと言えばそうなのだが。
「どこも痛まないですか、フィアリス」
拗ねたように唇を尖らせたままエヴァンがそんなことを言い出すので、フィアリスはこらえきれずに吹き出してしまった。
「君はいつからそんなに心配性になったの! 平気だったら」
そんなやりとりを聞いていたレーヴェが口をはさむ。
「エヴァン、お前はほんっとにフィアリスの心配ばかりだな。少しはもう一人の師匠の心配もしろよ。俺なんて最近、外で虫に食われて、痒くて眠れず睡眠不足なんだぞ」
エヴァンはじろりとレーヴェを睨んだ。
「あんたは毒蛇に噛まれたってけろりとしてるだろ。いちいちそんなことを私に言うな。痒み止めの薬なら棚に置いてある」
「よくねーなぁ、そういう差別は」
嘆くレーヴェに、フィアリスは笑った。これがいつもの光景だ。日常に戻ってきたと実感して、胸の中に温もりが広がっていく。
何事もなく夕食は食べ終え、夜は静かに更けていった。
夕食の時間となり、一同は食堂で会することとなった。
リトスロード侯爵家当主のジュード。三男のエヴァン。そしてフィアリスとレーヴェ。
家庭教師の二人も、リトスロード家の人々と食事を共にすることを許されている。
ジュード・リトスロード侯爵は五十も間近の男だが、鍛え抜かれた体から老いの気配は一切感じさせない。鷹のような鋭い目つきに滅多に動かない表情筋。とてつもない威圧感から、対面すると大抵の貴族は怯む。その武勇を知らぬ者はこの国でも少ない。
当主は愛想も素っ気もなく、だから当然食事の場が賑わうということもない。
とはいっても皆慣れたものだし、これが日常なので気まずさを感じる者はいなかった。昔はエヴァンの二人の兄も住んでいたので、その頃に比べると幾分寂しさはあったが。
「ああ、やっぱりここでの食事が一番ですね」
フィアリスは微笑みながら言った。
「王都で口にするものの方が豪勢ではなかったか」
口を開いたのはジュードだ。目は上げず、手元の肉を切り分けている。
確かにここは辺鄙な場所であるから仕入れる食材も限られたものになるし、洒落た料理などは出てこない。貴族なので平民と比べればはるかに良い食事はしているが、王都で暮らす貴族が口にするものと比べれば雲泥の差があるだろう。
「そうかもしれませんが、落ち着かないし、私はここで皆と食べるものが一番美味しいです」
贅を凝らしすぎた料理は侯爵が好まないので卓には並ばない。しかし雇っている料理人は大変腕が良かったので、食材の味が生かされた素晴らしい料理に舌鼓を打つことができる。
食事というものは誰と共にするのかという部分も大きな問題になってくるだろう。
そういう意味ではここ数ヶ月の食事はフィアリスにとって惨憺たるものだったといってもいい。味なんてろくに覚えていなかった。
口数の少ないジュードは返事をしなかったが、いつものことだ。声に出さずとも、なるほどそうか、と言っているのだとフィアリスには伝わる。
ふと視線を感じて目を転じると、エヴァンがじっとこちらに眼差しをそそいでいた。
「どうしたの? エヴァン」
「ちゃんとあなたがお食べになるか気になったもので」
「どういう意味?」
エヴァンは少しだけ顔を赤らめて目をそらした。
「……心配なんです」
「まだ心配なの、君は。言ったじゃないか。もう私は全然平気なんだよ! 私が随分丈夫だってことは、知ってるだろう? この通り、食欲もあるし、ぴんぴんしてるって」
フィアリスはくすくす笑った。
ああやって照れるあたりはレーヴェの言う通り、まだ子供らしい。心配されるのが嬉しくて、フィアリスの口角はいつまでも上がったままである。
食事をしながらもフィアリスは人々の様子をうかがって、自分がいない間に何か変化がなかったかを読み取ろうとした。
――特に、何もなさそうだ。
レーヴェもいつも通りだらしなく気が抜けているし、使用人達の態度も変わらない。エヴァンは多少つむじを曲げているが元気そうで、ジュードも平素同様、寡黙である。
エヴァンとジュード、父と子の間に会話がほとんどないのも相変わらず。これは不仲というか、こういう状態になってからかなり経つので普段通りと言えばそうなのだが。
「どこも痛まないですか、フィアリス」
拗ねたように唇を尖らせたままエヴァンがそんなことを言い出すので、フィアリスはこらえきれずに吹き出してしまった。
「君はいつからそんなに心配性になったの! 平気だったら」
そんなやりとりを聞いていたレーヴェが口をはさむ。
「エヴァン、お前はほんっとにフィアリスの心配ばかりだな。少しはもう一人の師匠の心配もしろよ。俺なんて最近、外で虫に食われて、痒くて眠れず睡眠不足なんだぞ」
エヴァンはじろりとレーヴェを睨んだ。
「あんたは毒蛇に噛まれたってけろりとしてるだろ。いちいちそんなことを私に言うな。痒み止めの薬なら棚に置いてある」
「よくねーなぁ、そういう差別は」
嘆くレーヴェに、フィアリスは笑った。これがいつもの光景だ。日常に戻ってきたと実感して、胸の中に温もりが広がっていく。
何事もなく夕食は食べ終え、夜は静かに更けていった。
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