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52、好きなんだ
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まずはギリネアスだ、とフィアリスは衝撃波を放つがギリネアスの魔法で相殺される。
一度石に力をそそぐのをやめると、どっと魔物が出てくる量が増えて、まるで黒い柱のようになった。
放たれる矢を杖で叩き落とし、間近まで踏み込むとギリネアスが今度は剣を振るう。
血だ。大量の血があれば最も強い魔法が使える。命を賭した術を使う場合は、己の血を捧げるのだ。
ギリネアスに切りつけられて出血すれば、望むほどの力が使えるだろう。それで一切のけりをつける。
フィアリスはギリネアスの方へと踏みこんだ。ギリネアスが斬りかかろうとする。
防御をとらないフィアリスを、一瞬不審に思ったのだろうがギリネアスは剣を引かなかった。
続いて訪れるはずの痛みを覚悟する。
――が。
痛みには襲われなかった。
それどころかギリネアスが、ゆっくりと後ろへ倒れていく。
誰かの攻撃がギリネアスに当たったらしかった。そのまま地面に転がって、意識を失う。もう起き上がる気配はなかった。
突然敵が無力化して、フィアリスは状況を飲み込めずに立ち尽くす。
その時。
「フィアリス」
一番聞きたかった、声がした。
優しく耳に届く響き。低いけれど澄んでいて、何度だってその声で名前を呼んでほしかった。
呼ばれる度に、自分の心には小さな幸せが広がるから。
崩れて落ちた岩の上にエヴァンが立って、こちらを見ている。フィアリスは力をなくした両手を、だらりと下げたまま呆然としてエヴァンの方を見上げた。
「あなたは自分の身を犠牲にしなくたって、いたいところにいていいんですよ」
「エヴァン……」
「あなたは幸せになってもいいんですよ」
「…………」
美しいと誉められたことは多々あったけれど、その容姿で人を惑わすなら罪ではないかと思った。
嫌だと抵抗し続けずにおぞましい行為を受け入れたのは、きっと淫靡な人間だからだ。汚されて汚されて、それも罪だ。
罪を償わなくてはいけない。この身をもって。
それが間違いなのだとしたら、そんな間違いを頑なに捨てられない自分がやっぱり間違いで、罪で。
自分を大切にできない。
どの道、自分は愚かなのだ。
「どうしてこんな私が、幸せになっていいんだろう」
「あなたの幸せを願う人間がいるからです。それで十分じゃないですか。怖くないですよ、フィアリス。幸せになるのを怖がらないで。あなたは酷く苦しんだんでしょう? もういいじゃないですか」
「きっと私はおかしいんだよ。自分を傷つけることばかりしてしまう」
「あなたはお気づきじゃないかもしれないですが、すごく、優しいだけですよ」
辺りは騒がしいはずなのに、どの音もみんな遠ざかって、静かになった気がする。その中でエヴァンの声だけが、はっきりと伝わる。
愛情と慈しみのこもった声が。
「私はあなたを幸せにしたいんです。あなたを幸せにさせてください。あなたのそばにずっといたい。あなたを守りたい。そのために強くなったんです」
エヴァンは立派に成長した。
いつか離れてしまう手を、切なく思いながら握ったこともあったのに。こんな私にまた、手を差し出してくれる。
「フィアリス、あなたも私のことが好きなんでしょう? 認めて下さい。私のことを、好きだと言ってください!」
いつかみたいに、言葉がまた胸に突き刺さった。
今度は苦しくなくて、温かいものが広がって、口が自然に開く。
「好、き……だよ。エヴァン。君のことが、すごく……」
喉に熱い固まりが込み上がってくるみたいで、上手く話せない。
涙が、ひとしずく頬を流れたかと思えば、止まらなくなって次々に落ちていった。とうに涸れたはずの涙。
一滴一滴に正直な思いが、感情が込められて、光った。
――私は、君に、恋をしている。
「君が、好きだ……エヴァン……!」
エヴァン。大好きなエヴァン。
どんな時も自分を慕ってついてきてくれた。真っ直ぐに育って、愚かな私を受け入れてくれた。
いつも私の光だった。君が悲しみを和らげた。
君の名を口にするだけで、心に浮かべるだけで、どれだけ癒されただろう。
触れた手の温もりが、私を、闇に流されないよう繋ぎ止めていてくれた。
こんなにも優しい。こんなにも愛してくれる。
これほど愛しい人を、私は知らない。
エヴァンが目を見開いて、岩からこちらへと飛び降りてくる。そのまま走ってきて、フィアリスを強く抱きしめた。
「好きなんだ、エヴァン」
「わかってます」
とめどない涙が、エヴァンの服にしみこんでいく。
逞しい体と体温を感じると、力が抜けていくようだった。
耳元で、エヴァンが囁く。
「フィアリス。私の美しい、フィアリス。あなたは石ころなんかじゃなくて、私の宝石です。どれだけの人があなたのことを汚しても、あなた自身が汚したって、私にはいつでも、いつまでも美しい宝石なんだ」
「……言ってしまった。君のことを、好きだって……」
一度口にしてしまったら、もう二度とは元に戻れないというのに。
「本当のことなんだから、問題ありません」
フィアリスもしっかりと、エヴァンのことを抱きしめていた。幼子がすがるように、強く、強く。
好意を口にすることが、愛を告げて触れ合うことが、こんなにも幸せなことだったなんて、知らなかった。
エヴァンからの愛を確かに感じるし、自分の愛も受け取ってもらえている。
足りないものをようやく、補えた心地だった。満たされるとはこういうことなのだ。
そうやって長いこと、二人は抱きしめあっていた。
「あの……ちょっとそこのお二人さん……もういいかな……あの……惚気は帰ってからにしてくれない? ……こっち手伝ってほしいんだけど……まあまあ立て込んでるから……」
というこちらをのぞきこんだレーヴェの懇願もしばらくは耳に入ってこなかった。気がつけば、確かにレーヴェやノアが魔物と戦っている音がした。
ようやく身を離すと、エヴァンが少し悲しそうにフィアリスの全身を眺めた。
「いつものことですけど、無茶をしますね」
言われてフィアリスは苦笑する。
しかし割れた一級石の対処は自分しかできないので、休んでばかりもいられない。
フィアリスが一級石に近づこうとした時、突然上方で光が迸り、周囲を真っ白に照らした。その光は穴を下って魔法陣まで入り込み、出て来ようとしていた魔物達が一気に消滅する。
何が起こったのかと、フィアリスとエヴァンは揃って穴の上まで跳び上がった。
すると、思わぬ人物がそこに立っていた。
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