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51、一閃
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息を切らしながらフィアリスは膝をついていた。もうとっくに満身創痍だ。
捕縛の鎖は消えてしまっただろうし、魔法陣から出てくる魔物をどうにかする余力もない。
ノアが来ているようだからまだもつだろうが、はたしてレーヴェが竜を倒せるかどうか。
ギリネアスは執拗にフィアリスを痛めつけた。一気に殺そうとせずに、じわじわと。
(捨て身になれば……)
いけるだろうか。
ギリネアスと竜、そして出続ける魔物。自身の最大級の魔法を使って、その三つの敵を消滅させる。
(リトスロードの家名に傷をつけることは許されない)
この騒動の責任は自分にもあるのだし、きっちりと始末をつけなければならない。
「どうしたフィアリス、来ないのか」
ギリネアスが弓を構えて威嚇した。
(役に立てるなら、私は、死んでもよかったけれど……)
目をつぶるとどうしてか、可愛いあの子の顔が浮かぶ。
エメラルドのような美しい瞳。拗ねたり笑ったりする豊かな表情。私だけにしか見せない、特別な笑顔があって。
(エヴァン、)
(君にすごく会いたくなるのは、どうしてだろう)
* * *
「ああ……無理無理。無理だわ、これは」
レーヴェも泣き言を言わずにはいられなかった。
千切れた鎖を何度も復活させているノアの消耗も激しい。先ほどと違い、ちょっかいをかけてくる魔物を排除しながらということもある。
疲れを知らない竜は身をよじらせ、背中に乗ったレーヴェを振り落とそうとしている。
背骨に沿った突起にしがみついているが、こうして何度吹っ飛ばされたことか。
首どころか大した怪我も負わせられないから苛立ちも募った。
「あなたに期待した私が馬鹿でしたよ……」
額に汗を浮かべるノアが恨み言を口にする。
「じゃあお前がやってみるか?! 俺のせいじゃないんだよ。剣が良くない!」
「道具のせいにする剣士は三流です」
そう言われても歯が立たないのだからどうにもならない。包丁で鉄を切れないことを責められたら、責める方がおかしいではないか。
レーヴェはこの竜と相性が悪かった。鋭さよりも重さに重点を置いて戦ってきているので、こういう、とにかく硬いのは得意ではない。
取り上げられた愛用の剣があればまだしも、普段使っている程度の武器では太刀打ちできないのだ。
培ってきた経験からいって、かなり不利だ。がむしゃらに剣を振り回して打開できる状況ではない。
考える時間が必要だが、そんな時間もなかった。策もないではないが、気の進まないものばかりである。たとえば、体内に潜り込むとか。いちかばちかの選択は、間違えればそれでおしまいだ。
それにしても見晴らしがいいなーここは、と危機的状況を一瞬忘れて辺りを見回すレーヴェだった。
魔物の群れが黒い列になってぞろぞろ走っていく。久方ぶりの遠出だなんて喜びやがってんな、と揺さぶられながらレーヴェは嘆息した。
と、あちこちで旋風や爆発が起こるのが見え始めた。リトスロードの者達が駆けつけて、魔物の進行を食い止めているらしい。
その中に一際強い魔力を感じて、思わず「あらら、マジかよ……」とレーヴェは呟いた。
「レーヴェ、引け!」
ノアのものではない鋭い声を耳にしたのと同時に、レーヴェは竜の背から空中へと退避した。
そして落ち行くレーヴェは、飛び上がる人影とすれ違う。
強い決意を宿した緑の目。新緑のように爽やかで、エメラルドのように高潔で。
引き結んだ唇と、その表情にこめられた真摯さ。
エヴァン・リトスロードが二級石の力を最大まで引き出して輝かせ、竜の腹に斬りかかった。
信じられないものを見る思いだった。
エヴァンの手にした剣の刃は、深く腹に刺さっていく。
一閃。
竜の腹は大きく裂かれ、ほとんど背中の皮一枚で繋がるだけになった。
――オォオオオオォオオオオ!!
一帯を揺らすほどの絶叫が迸る。
臓腑は散らばらない仕組みと見え、身をくねらせた竜は地上へ落下した。
凄まじい地響きと土煙が起こり、ノアとレーヴェは顔を腕でかばう。
「何を遊んでいるんだ、レーヴェ」
背筋をのばして立つ弟子は、眉をひそめてレーヴェを見やる。
「ぞんざいな口のきき方すんなよ……お前の師匠だぞ……」
「威張るならそれなりのことをしてから威張ってくれ」
そう言って、エヴァンは穴の中へと下りていってしまった。レーヴェは、チッと舌打ちする。
「可愛くねー弟子」
エヴァンの剣は、素早くて鋭い。確かにレーヴェよりはあの竜と相性は良いが、それでも驚異的な力だった。
師としての面目が潰れたとしてもレーヴェは気にしない方だった。立派になったな、良かったじゃん、と心の中で賛辞を送る。優れた師匠を持ったことを感謝するがいい、と。
余裕があれば拍手でも送ってやりたかった。
だがこれ以上おちゃらけていてはノアに一発くらい殴られるかもしれない。レーヴェは剣を構え直し、ノアと共に向かってくる魔物の駆除へと専念した。
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