大和の風を感じて3~泡沫の恋衣~【大和3部作シリーズ第3弾】

藍原 由麗

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  韓媛からひめはそれから誰にも気付かれないようにして、住居の裏から出ることができた。幸い住居の裏までは兵はきていないようだ。

「どうやら家が全て兵に取り囲まれている訳ではなさそうね。
  となると、本当に攻め入るかもまだ分からないのかも……」

  これなら何とか兵に見つからずに逃げれそうである。
  韓媛は以前からもし今回のようなことがあった際に、どう行動すれば良いか葛城円かつらぎのつぶらから教えられている。
  彼女が馬に乗れるようになったのも、そのための1つだ。

  だが今は辺りもだんだん暗くなってきている。それに下手に馬で移動すれば兵達に気付かれてしまうだろう。なので彼女は歩いて移動することにした。

「とりあえずこのまま葛城の他の家に行ってみようかしら。でもやはりお父様のことが心配だわ……」

  韓媛はとりあえず住居から少し離れた所の茂みに入り、しばらく様子を見ることにした。
  そして彼女はそこから自身の住居がある方を見る。すると彼女の家の前には沢山の兵が見える。

大泊瀬皇子おおはつせのおうじの姿は、ここからだと中々確認できないわね」

  彼はここにくるまでに実の兄を2人殺している。であれば眉輪まよわ様もきっと生かしてはおかないだろう。

(お父様は眉輪様を何とか助けたいといっていた。でもこの状況でそんな話をしたら、お父様もただでは済まされないかも……)

  相手は7歳の子供だ。そんな子供が殺されてしまうのは、さすがに可愛そうだと父親も思ったのだろうか。

  韓媛はそんな父親のことが心配で仕方なかった。それならいっそう大泊瀬皇子に、眉輪を受け渡してくれたらとふと考えてしまう。

「大泊瀬皇子、あなたは一体今何を考えてるの」

  韓媛はふと大泊瀬皇子のことが頭によぎる。こんな事態に陥っても、彼女はまだ彼のことを想っていた。

(本当にこれはとても儚くて悲しい恋ね)

  そしてそんなことを思いながら、韓媛はしばらくここに留まって様子を見ることにした。




  その頃大泊瀬皇子は、葛城円との直接の話しに応じると返答を出した。

  それを聞いた葛城円は、さっそく1人で家の中から出てきた。

  大泊瀬皇子は円の家の前でそんな彼を待ち構えていた。彼の側には何本もの松明もつけられている。
  そして皇子自身も服の上から鎧を身に付けており、いざとなれば戦いも仕掛けてくるつもりのようだ。

  葛城円は大泊瀬皇子を見つけると1度頭を下げて挨拶をした。

  そんな彼を見た大泊瀬皇子は声を大きくし、少し強気な口調で話し出した。

「円ー!  ここに眉輪がいると聞いている。いるならあいつを俺に差し出せ!  いくら子供といえども大王を殺した者を許す訳にはいかない!!
  もし差し出せないとなると、お前やここの家臣たちも皆眉輪に加担したと受け止める!」

  大泊瀬皇子は相手が葛城円だろうと、容赦はしないつもりだ。

  それを聞いた葛城円は意を決して彼に話し出した。

「大泊瀬皇子、それでは私の娘である韓媛をあなたにお譲りすることと、葛城の5ヵ所の屯倉を献上します。それで眉輪様の罪を見逃していただけませんでしょうか」

  葛城円は眉輪を助けるために、屯倉の明け渡しと、さらには自身の大事な娘さえも彼に差し出すといってきた。

  それを聞いた大泊瀬皇子は、彼の意外な返答にとても驚く。

「おい、円!  それではお前と以前に話した約束とは違うではないか。
   それにお前にどういわれても俺は眉輪を許すつもりはない」

  だがそんな彼からは、少し動揺が垣間見え始める。

「皇子、昔から今日まで臣下の者が大和の皇族の元に助けを求めて、逃げ込むことはありました。
  ですが大和の皇族の方が臣下の元に逃げてこられたことは今まで1度もございません。
  そんな中で眉輪様はこんな私を頼ってここ葛城までこられたのです……どうか眉輪様を見逃して貰えないでしょうか」

  大泊瀬皇子についてきた兵達もそんな2人の会話を聞き、このままどうなるのだろうかと、思わず皇子の顔を伺った。

「いいや、駄目だ。眉輪だけは絶対に許す訳にはいかない」

  大泊瀬皇子はそんな葛城円の話しを聞いても、決心を変える気はなかった。

(くそ、このまま兵を中に入れるしかないのか。恐らく円のことだ、韓媛は既に逃がしているだろう)

  彼もここで引き下がる訳には絶対にいかない。そしてついに兵に合図を送ろうかと思った矢先である。

「分かりました。それでは私は一旦家に戻ります。それから最後の決断をしますので、少しお待ちいただけませんでしょうか。最後の決断を下すまで、私も眉輪様も決して逃げたりはいたしません」

(何だと、一体円は何を考えているんだ?眉輪を差し出す気にでもなったのか……)

  大泊瀬皇子は葛城円の意図していることの意味が全く理解できない。だが彼のことだ、何か考えでもあるのだろう。

「分かった。お前が何を考えているのかは知らないが猶予をやる」

  彼はそういうと、自身と兵を少し後ろに下がらせることにした。

  葛城円もその様子を見届けると、再度お辞儀をして自身の家の中へと戻って行った。

  そして大泊瀬皇子がしばらく外で待っている時だった。葛城円の住居の敷地内のあちこちから黒い煙が出はじめ、徐々に火が燃え始めた。

「まさか円のやつ、このまま眉輪を連れて焼け死ぬつもりか!」

  大泊瀬皇子は慌てた。これでは眉輪への復讐ができなくなってしまう。だが兵をこんな火の中に入れるのは自殺行為だ。

(俺は、一体どうすれば良いんだ……)
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