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第11章
218話
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傍観者side
昼間だというのに、空はますます暗くなり、灰が雪のように降り積もる。
ゾフィーを抱きかかえながら走るユリウスは、広場の脇に停めてあった自分のトラックへ駆け寄り、荷台に彼女を乗せた。
「父さん、母さん、早く乗って!」
両親もお互いに手を貸し合いながら、必死に荷台へ這い上がる。
ユリウスはさらに、広場にいた子供たちやお年寄りをヤーコプと協力して次々と乗せていき、ようやく全員が乗り込んだのを確認すると、運転席に飛び乗り、ハンドルを握った。
「ヤーコプ! 僕は村に残ってるお年寄りを迎えに行く! お前はみんなを港町まで誘導してくれ!」
「分かった! 急げよ!」
エンジンが唸り声を上げ、ユリウスのトラックは土煙を巻き上げながら走り出した。
彼は避難が遅遅れた家々を巡り、足の悪い老人たちを一人、また一人と荷台に乗せていく。
丘を下れば、すぐそこは港町。
そこまで行けば――助かる。
誰もがそう信じていた。
だが、現実は非情だった。
港町にたどり着いたユリウスたちの目に映ったのは、炎に包まれた街だった。
建物は崩れ落ち、あちこちに溶岩弾の直撃跡が残る。
焦げた空気が鼻を突き、あたりには泣き叫ぶ声が響いていた。
「なんて酷い…」
思わず呟いたユリウスの目に、先に避難していたはずのヤーコプ達の姿が映る。
呆然と立ち尽くすヤーコプに駆け寄り、その肩を背後から掴んだ。
「ヤーコプ、これは一体……」
「俺たちが着いた時には、もう……」
「そんな……」
ここに来れば助かる。
そう信じて疑わなかった希望が、崩れ落ちていく。
燃える港を見上げる村人たちの間に、絶望が静かに、しかし確実に広がっていった。
そのとき、顔を紅潮させ、目を血走らせた男が一人、ヤーコプに詰め寄った。
「この豚野郎…!!騙しやがって!あのまま丘に残ってりゃ助かっていたんだ!!」
「んだと…!?」
ヤーコプは男の言葉に憤慨する。
男は怒りに任せて、ヤーコプの胸ぐらを乱暴に掴み始めた。
「やめろ!落ち着け!」
すぐにユリウスが間に割って入り、男の手を無理やり引き剥がした。
だが男は舌打ちしながら、周囲の仲間たちと目配せを交わすと、信じがたい行動に出た。
「もういい。俺たちは丘に戻る!お前らと心中するなんざ、まっぴらごめんだ!!」
そう叫ぶや否や、彼らはユリウスのトラックの荷台に押しかけ、子供やお年寄りを強引に引き摺り下ろし、自分たちの家族を乗せて、元来た道を戻ってしまった。
「戻るな! 死ぬぞ!!お前たちのはあのマグマが見えていないのか!!」
ユリウスとヤーコプの必死の叫びも虚しく、男たちの姿は濃く降りしきる火山灰の帳の中に消えていった。
「クソッ……俺たちだけでも海に向かうぞ! マグマも、さすがに海までは来ないはずだ!!」
ヤーコプの言葉に、残された村人たちは僅かな望みに縋るようにして、海に向かって走り出した。
だが、現実の壁が立ちはだかる。
トラックで連れてきたお年寄りの数はあまりにも多く、足の悪い者、寝たきりの者、動けない者…トラックが奪われてしまった今では、全員を運ぶ手段は、もはやなかった。
「ここまで連れてきたのに見捨てるなんて、あんまりだ…!!恨むぞユリウス…!!」
誰かが、悔しさに震える声で叫んだ。
ユリウスには返す言葉がなかった。
彼の手には膝の悪い老いた両親の手。
目の前には、いつ火砕流が迫ってくるかわからない焦げた地平。
その中で、他の人々に手を貸す余裕など残されていなかった。
背後から、聞こえてくる声――
子どものころ林檎の収穫の仕方を教えてくれたポールおじさん。
熱を出したとき看病してくれた近所のドーリスおばさん。
畑の端で、笑って手を振ってくれた顔、顔、顔……。
「……ごめん、ごめん……!」
ユリウスは、何度も何度も謝りながら、両親の手を引いて、炎と灰の中を突き進んでいった。
人々の息遣い、咳き込む声、遠くで火山が再び唸る音が重なり合い、重苦しい混沌があたりを包む。
そのときだった。
不気味な唸りが頭上を走り、空を裂くようにして溶岩弾が飛来した。
「あっ…!」
誰かの叫びとほぼ同時に、灼熱の塊が建物の屋根に衝突した。
轟音が空気を裂き、瓦礫が爆ぜるように四方へ飛び散る。
爆音とともに瓦礫を撒き散らす。
そして、次の瞬間。
崩れ落ちた壁の一部が、ユリウスの少し後ろを走っていたゾフィーめがけて、轟音とともに倒れ掛かってきた。
「ゾフィーっ!!」
ユリウスの叫びが響いた瞬間、母親がとっさにゾフィーの背を突いた。
ゾフィーの身体は転がるようにして地面を滑り、間一髪で瓦礫の直撃を逃れる。
しかし。
その代償は、あまりに大きかった。
崩れた壁が、母、カミラの小さな身体を容赦なく押し潰したのだ。
「母さん!!」
ユリウス、父、そしてゾフィーが同時に叫んだ。
すぐさま駆け寄り、3人で必死に瓦礫をどかそうとするが、びくともしない。
「どうした、ユリウス!!」
先を走っていたヤーコプが異変に気付き、ユリウスたちの元に駆け戻ってきた。
「大変なんだ!母さんが瓦礫の下敷きに!!」
「なんだって!?」
ヤーコプも加わり、4人がかりで瓦礫に力を込める。だが、その巨大な壁はうんともすんとも言わない。
瓦礫の隙間から、じわじわ広がる林檎のような鮮やかな赤。
それが視界に飛び込み、焦燥が一気に胸を締め付けた。
「大丈夫だ、母さん!こんな瓦礫すぐにどかしてやる!!」
肌を焼く熱風。滝のように流れる汗。
それでもユリウスたちは腕が千切れそうなほど力を込めて声を張り上げる。
だが、そんなユリウスたちを無視して、大地はうねり、マグマの赤い光がすぐそこまで迫っていた。
「行きなさいっ!!」
突然、母が鋭い声を張り上げた。
その切迫した声に、ユリウスは思わず手を止める。
「何を言っているんだ、母さん!」
「そうよ!こんな所に置いていくなんて出来ないわ!!」
普段は滅多に声を荒げない父が怒りを露わにし、ゾフィーは震える手で母の手を握る。
涙が次々と頬を伝うゾフィーに、母は静かに微笑んだ。
「……ティムと……結婚式、やり直すんでしょ……?」
そのかすれた声に、ゾフィーは顔をくしゃくしゃにして首を振った。
「そこに母さんがいなきゃ、意味がないのよ…!」
その場に崩れ落ちるようにして、ゾフィーは母の手にしがみつく。
母はゾフィーの頭を撫で、今度は父の顔を見上げた。
「あなた…お願い。私たちの大切な宝物を、守って。」
「カミラ…」
父は強く唇を噛み、目を伏せた。
だが、やがて決意を宿した眼差しで強く頷いてみせた父は、ゾフィーを抱き上げ立ち上がると、振り返ることなく走り出した。
「行くぞ、ユリウス!」
「やだ!降ろして父さん!いやぁぁぁぁぁああっ!!」
泣いて暴れるゾフィーを強く抱き締め、父はただ前を向く。。
その背中に、ユリウスが必死に叫んだ。
「父さん、待って!まだ母さんが……!クソッ!ヤーコプ!もう一度だ!」
「おう!せーのっ!」
二人は再び瓦礫に力を込める。だがーーー
「…もう、行きなさい。あなたたちまで巻き添えになるわ。」
母の静かな声が、それを止めた。
「そんなこと、言わないでくれよ…!」
「そうだぜ、おばさん!俺、おばさんの林檎のケーキ、また食べてぇんだ!!」
額や腕に青い血管を立たせ、歯を食いしばって必死に瓦礫を持ち上げようとする2人に、母は首を振る。
「もう、足の感覚がないの…」
その言葉に、ユリウスの血の気が引いた。
思わず瓦礫の下敷きになっている、母の足を想像してしまう。
「だ、大丈夫だよ!僕が…僕が担げばいいんだから…!僕が力持ちなの知っているでしょ…!?だから、だから、諦めないでくれよ…!母さん…!!」
ユリウスの悲痛な叫びが炎の中に掻き消されていく。。
めったに涙を見せない母の目尻に、涙が滲んだ。
そして、微笑みながら、最後の言葉を絞り出した。
「昔から…あなたは一度言い出したら、聞かない子だったわね…。」
母はヤーコプを見上げた。
「ヤーコプ。いつもユリウスの傍に居てくれてありがとう。内気なユリウスが村でやっていこれたのは貴方のような友達が居てくれたおがけよ。」
「やめてくれ、おばさん!そんな最後の別れみてぇな台詞を言うには、あと50年ぐらい早いぜ!!」
ヤーコプの言葉に母はくすりと笑う。
「ふふ…ほんと、口の減らない子ね…。」
母は微笑みながら、ヤーコプの目を真っ直ぐに見つめた。
「…でもね、それがユリウスを救ってくれたの。あなたが傍に居てくれるなら、ユリウスは大丈夫。ーーーだからお願い。ユリウスを連れて行って。」
「おばさん…」
「やめろ、母さん!ヤーコプも耳を貸すな!!」
「この子、変に意地っ張りでしょ?誰かが無理やりでも連れて行かなきゃ、ずっとここに居座ろうとするわ。」
母の揺るぎない瞳と言葉に、ヤーコプの思考が冷静になった。
彼は、どんなに足掻いても母を助けられないことを悟ってしまったのだ。
だからヤーコプは、今の自分ができることを考えた。
それがーーー
「な、なにするんだ!やめろ!降ろしてくれヤーコプ!!まだ母さんが…!!」
怒りと戸惑いに満ちた声を上げるユリウスを、ヤーコプは迷いなく抱きかかえた。
ヤーコプは、ユリウスの母親をこの場に置いてでも、ユリウスの命を守ることを優先したのだ。
「おばさん、安心してくれ。俺がユリウスを守ってやるから。」
ヤーコプの言葉に、母は深く安心したように、やわらかく微笑んだ。
「ありがとう、ヤーコプ。ユリウスを、お願いね…。」
彼女の最期の願いを胸に、ヤーコプはユリウスを抱え、燃え盛る炎の中を駆け出した。
「待て!行くな!降ろせ!降ろせって言ってるだろクソがッ!!!」
「おばさんの気持ちを…無駄にするな…!!」
暴れるユリウスを強く抱き締め、ヤーコプは振り返らず、海に向かって全力で走る。
「母さん!母さん…!!」
ユリウスはヤーコプの腕の中で、遠ざかっていく母に手を伸ばした。
瓦礫の下に伏せた母が、ゆっくりと、自分の運命を悟ったように目を閉じるーーー。
それが、ユリウスの目に映った、母の最期の姿だった。
轟く音、揺れる地面。火の粉と灰が空を覆い尽くす中。
母の姿は完全に見えなくなった。
「ああああああああーーーー!!!」
火山の驚異は、ユリウスの悲痛な叫びさえも、容易く呑み込んでいった。
昼間だというのに、空はますます暗くなり、灰が雪のように降り積もる。
ゾフィーを抱きかかえながら走るユリウスは、広場の脇に停めてあった自分のトラックへ駆け寄り、荷台に彼女を乗せた。
「父さん、母さん、早く乗って!」
両親もお互いに手を貸し合いながら、必死に荷台へ這い上がる。
ユリウスはさらに、広場にいた子供たちやお年寄りをヤーコプと協力して次々と乗せていき、ようやく全員が乗り込んだのを確認すると、運転席に飛び乗り、ハンドルを握った。
「ヤーコプ! 僕は村に残ってるお年寄りを迎えに行く! お前はみんなを港町まで誘導してくれ!」
「分かった! 急げよ!」
エンジンが唸り声を上げ、ユリウスのトラックは土煙を巻き上げながら走り出した。
彼は避難が遅遅れた家々を巡り、足の悪い老人たちを一人、また一人と荷台に乗せていく。
丘を下れば、すぐそこは港町。
そこまで行けば――助かる。
誰もがそう信じていた。
だが、現実は非情だった。
港町にたどり着いたユリウスたちの目に映ったのは、炎に包まれた街だった。
建物は崩れ落ち、あちこちに溶岩弾の直撃跡が残る。
焦げた空気が鼻を突き、あたりには泣き叫ぶ声が響いていた。
「なんて酷い…」
思わず呟いたユリウスの目に、先に避難していたはずのヤーコプ達の姿が映る。
呆然と立ち尽くすヤーコプに駆け寄り、その肩を背後から掴んだ。
「ヤーコプ、これは一体……」
「俺たちが着いた時には、もう……」
「そんな……」
ここに来れば助かる。
そう信じて疑わなかった希望が、崩れ落ちていく。
燃える港を見上げる村人たちの間に、絶望が静かに、しかし確実に広がっていった。
そのとき、顔を紅潮させ、目を血走らせた男が一人、ヤーコプに詰め寄った。
「この豚野郎…!!騙しやがって!あのまま丘に残ってりゃ助かっていたんだ!!」
「んだと…!?」
ヤーコプは男の言葉に憤慨する。
男は怒りに任せて、ヤーコプの胸ぐらを乱暴に掴み始めた。
「やめろ!落ち着け!」
すぐにユリウスが間に割って入り、男の手を無理やり引き剥がした。
だが男は舌打ちしながら、周囲の仲間たちと目配せを交わすと、信じがたい行動に出た。
「もういい。俺たちは丘に戻る!お前らと心中するなんざ、まっぴらごめんだ!!」
そう叫ぶや否や、彼らはユリウスのトラックの荷台に押しかけ、子供やお年寄りを強引に引き摺り下ろし、自分たちの家族を乗せて、元来た道を戻ってしまった。
「戻るな! 死ぬぞ!!お前たちのはあのマグマが見えていないのか!!」
ユリウスとヤーコプの必死の叫びも虚しく、男たちの姿は濃く降りしきる火山灰の帳の中に消えていった。
「クソッ……俺たちだけでも海に向かうぞ! マグマも、さすがに海までは来ないはずだ!!」
ヤーコプの言葉に、残された村人たちは僅かな望みに縋るようにして、海に向かって走り出した。
だが、現実の壁が立ちはだかる。
トラックで連れてきたお年寄りの数はあまりにも多く、足の悪い者、寝たきりの者、動けない者…トラックが奪われてしまった今では、全員を運ぶ手段は、もはやなかった。
「ここまで連れてきたのに見捨てるなんて、あんまりだ…!!恨むぞユリウス…!!」
誰かが、悔しさに震える声で叫んだ。
ユリウスには返す言葉がなかった。
彼の手には膝の悪い老いた両親の手。
目の前には、いつ火砕流が迫ってくるかわからない焦げた地平。
その中で、他の人々に手を貸す余裕など残されていなかった。
背後から、聞こえてくる声――
子どものころ林檎の収穫の仕方を教えてくれたポールおじさん。
熱を出したとき看病してくれた近所のドーリスおばさん。
畑の端で、笑って手を振ってくれた顔、顔、顔……。
「……ごめん、ごめん……!」
ユリウスは、何度も何度も謝りながら、両親の手を引いて、炎と灰の中を突き進んでいった。
人々の息遣い、咳き込む声、遠くで火山が再び唸る音が重なり合い、重苦しい混沌があたりを包む。
そのときだった。
不気味な唸りが頭上を走り、空を裂くようにして溶岩弾が飛来した。
「あっ…!」
誰かの叫びとほぼ同時に、灼熱の塊が建物の屋根に衝突した。
轟音が空気を裂き、瓦礫が爆ぜるように四方へ飛び散る。
爆音とともに瓦礫を撒き散らす。
そして、次の瞬間。
崩れ落ちた壁の一部が、ユリウスの少し後ろを走っていたゾフィーめがけて、轟音とともに倒れ掛かってきた。
「ゾフィーっ!!」
ユリウスの叫びが響いた瞬間、母親がとっさにゾフィーの背を突いた。
ゾフィーの身体は転がるようにして地面を滑り、間一髪で瓦礫の直撃を逃れる。
しかし。
その代償は、あまりに大きかった。
崩れた壁が、母、カミラの小さな身体を容赦なく押し潰したのだ。
「母さん!!」
ユリウス、父、そしてゾフィーが同時に叫んだ。
すぐさま駆け寄り、3人で必死に瓦礫をどかそうとするが、びくともしない。
「どうした、ユリウス!!」
先を走っていたヤーコプが異変に気付き、ユリウスたちの元に駆け戻ってきた。
「大変なんだ!母さんが瓦礫の下敷きに!!」
「なんだって!?」
ヤーコプも加わり、4人がかりで瓦礫に力を込める。だが、その巨大な壁はうんともすんとも言わない。
瓦礫の隙間から、じわじわ広がる林檎のような鮮やかな赤。
それが視界に飛び込み、焦燥が一気に胸を締め付けた。
「大丈夫だ、母さん!こんな瓦礫すぐにどかしてやる!!」
肌を焼く熱風。滝のように流れる汗。
それでもユリウスたちは腕が千切れそうなほど力を込めて声を張り上げる。
だが、そんなユリウスたちを無視して、大地はうねり、マグマの赤い光がすぐそこまで迫っていた。
「行きなさいっ!!」
突然、母が鋭い声を張り上げた。
その切迫した声に、ユリウスは思わず手を止める。
「何を言っているんだ、母さん!」
「そうよ!こんな所に置いていくなんて出来ないわ!!」
普段は滅多に声を荒げない父が怒りを露わにし、ゾフィーは震える手で母の手を握る。
涙が次々と頬を伝うゾフィーに、母は静かに微笑んだ。
「……ティムと……結婚式、やり直すんでしょ……?」
そのかすれた声に、ゾフィーは顔をくしゃくしゃにして首を振った。
「そこに母さんがいなきゃ、意味がないのよ…!」
その場に崩れ落ちるようにして、ゾフィーは母の手にしがみつく。
母はゾフィーの頭を撫で、今度は父の顔を見上げた。
「あなた…お願い。私たちの大切な宝物を、守って。」
「カミラ…」
父は強く唇を噛み、目を伏せた。
だが、やがて決意を宿した眼差しで強く頷いてみせた父は、ゾフィーを抱き上げ立ち上がると、振り返ることなく走り出した。
「行くぞ、ユリウス!」
「やだ!降ろして父さん!いやぁぁぁぁぁああっ!!」
泣いて暴れるゾフィーを強く抱き締め、父はただ前を向く。。
その背中に、ユリウスが必死に叫んだ。
「父さん、待って!まだ母さんが……!クソッ!ヤーコプ!もう一度だ!」
「おう!せーのっ!」
二人は再び瓦礫に力を込める。だがーーー
「…もう、行きなさい。あなたたちまで巻き添えになるわ。」
母の静かな声が、それを止めた。
「そんなこと、言わないでくれよ…!」
「そうだぜ、おばさん!俺、おばさんの林檎のケーキ、また食べてぇんだ!!」
額や腕に青い血管を立たせ、歯を食いしばって必死に瓦礫を持ち上げようとする2人に、母は首を振る。
「もう、足の感覚がないの…」
その言葉に、ユリウスの血の気が引いた。
思わず瓦礫の下敷きになっている、母の足を想像してしまう。
「だ、大丈夫だよ!僕が…僕が担げばいいんだから…!僕が力持ちなの知っているでしょ…!?だから、だから、諦めないでくれよ…!母さん…!!」
ユリウスの悲痛な叫びが炎の中に掻き消されていく。。
めったに涙を見せない母の目尻に、涙が滲んだ。
そして、微笑みながら、最後の言葉を絞り出した。
「昔から…あなたは一度言い出したら、聞かない子だったわね…。」
母はヤーコプを見上げた。
「ヤーコプ。いつもユリウスの傍に居てくれてありがとう。内気なユリウスが村でやっていこれたのは貴方のような友達が居てくれたおがけよ。」
「やめてくれ、おばさん!そんな最後の別れみてぇな台詞を言うには、あと50年ぐらい早いぜ!!」
ヤーコプの言葉に母はくすりと笑う。
「ふふ…ほんと、口の減らない子ね…。」
母は微笑みながら、ヤーコプの目を真っ直ぐに見つめた。
「…でもね、それがユリウスを救ってくれたの。あなたが傍に居てくれるなら、ユリウスは大丈夫。ーーーだからお願い。ユリウスを連れて行って。」
「おばさん…」
「やめろ、母さん!ヤーコプも耳を貸すな!!」
「この子、変に意地っ張りでしょ?誰かが無理やりでも連れて行かなきゃ、ずっとここに居座ろうとするわ。」
母の揺るぎない瞳と言葉に、ヤーコプの思考が冷静になった。
彼は、どんなに足掻いても母を助けられないことを悟ってしまったのだ。
だからヤーコプは、今の自分ができることを考えた。
それがーーー
「な、なにするんだ!やめろ!降ろしてくれヤーコプ!!まだ母さんが…!!」
怒りと戸惑いに満ちた声を上げるユリウスを、ヤーコプは迷いなく抱きかかえた。
ヤーコプは、ユリウスの母親をこの場に置いてでも、ユリウスの命を守ることを優先したのだ。
「おばさん、安心してくれ。俺がユリウスを守ってやるから。」
ヤーコプの言葉に、母は深く安心したように、やわらかく微笑んだ。
「ありがとう、ヤーコプ。ユリウスを、お願いね…。」
彼女の最期の願いを胸に、ヤーコプはユリウスを抱え、燃え盛る炎の中を駆け出した。
「待て!行くな!降ろせ!降ろせって言ってるだろクソがッ!!!」
「おばさんの気持ちを…無駄にするな…!!」
暴れるユリウスを強く抱き締め、ヤーコプは振り返らず、海に向かって全力で走る。
「母さん!母さん…!!」
ユリウスはヤーコプの腕の中で、遠ざかっていく母に手を伸ばした。
瓦礫の下に伏せた母が、ゆっくりと、自分の運命を悟ったように目を閉じるーーー。
それが、ユリウスの目に映った、母の最期の姿だった。
轟く音、揺れる地面。火の粉と灰が空を覆い尽くす中。
母の姿は完全に見えなくなった。
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