おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美

文字の大きさ
13 / 47

第十三話

しおりを挟む
 日替わりオニギリが炊き込みご飯だった日。狭い店内にはほんのりと醤油と出汁の香りが漂い、レジ待ちの列に並ぶ学生達の待ちきれない腹の音が聞こえてきそうだった。
 人参と油揚げ、こんにゃくとゴボウ、そして安く仕入れることができたシメジをたっぷり炊き込んだご飯を、真知子は手際よく三角に握っていく。それを白ご飯に海苔を巻いた鮭と梅のオニギリと一緒にパックに並べて厨房のカウンターに置くと、ツバキが順に蓋をして輪ゴムで留めてから客へと手渡していく。完璧な連携プレイ。

 全てのパックが売り切れた後、ツバキは店の前に立て掛けていた『営業中』ののぼりを取り込む為に外へ出た。柔らかい風にユラユラなびいていた赤色の目印を、挿していたプラスチック製ののぼり立てから抜いていると、通りを曲がってきた男子学生が後ろから少し焦ったような声を掛けてきた。

「あ、あのっ……」
「申し訳ありません。本日の分は、売り切れてしまいました」

 振り向いてみれば、ここ最近よく見かけるようになった学生の一人。つい先日もサークルの時に食べたいからまとめて予約できないかと問い合わせてきた子だ。今日は来るのが遅くて買いそびれてしまったのだろうかと、ツバキは丁寧にお詫びの言葉を口にする。
 けれど、学生はふるふると首を横に振った。

「違うんです、今日はオニギリじゃなくて。その……」

 声を掛けたものの何て説明すればいいんだろ、と当人もなぜか困惑しているみたいで、後ろ頭を掻いて首を捻っている。

「同じサークルの女の子が、何か困ってるみたいで……ここん家が、そういう相談に乗ってくれるとこだって聞いて……」
「お祓いの依頼ということでしょうか?」
「あ、そう、そうです! 昨日、一人で来たっぽいんだけど、どうも黙って置いてったみたいで、だから絶対怒られるって言ってて――」

 又聞きの相談事というのは厄介だ。知り合いの女の子のことを心配しているのは察することができるが、肝心なことがまるで伝わって来ない。ただ、彼の知り合いというのが、昨夕に門の前に大量の縫いぐるみを不法投棄していった犯人だということだけは分かった。後ろめたいことがあるから、本人が来れず代理を立てたということか。

 どちらにしても道端で聞く内容ではなさそうだ。ツバキは店のある離れではなく、屋敷の玄関の方を示してそちらへ回るようにと伝えた。今朝まで門の前にあった紙袋は朝一で通報したことで役所の手配により回収されたようでもう跡形もない。

「人ん家の敷地に黙ってゴミを捨ててくのは犯罪なんだけどねぇ。そのお友達ってのは、少し常識が足りない」

 手拭いと割烹着を脱いで、菫色の着物に身を包んだ真知子が、硬い表情で正座する男子学生に向けてワザと厳しめに言い放つ。学生は荒川泰明と名乗り、すぐ目と鼻の先にある大学の三年生で、相談したいのは二学年下の後輩のことだという。

「はい。オレも最初に話を聞いた時は、同じことを思いました。意外と非常識なヤバイ子だったんだなって」
「まあ、よっぽど怖い思いをしたんだろうけどさ。そういうのはあんた達先輩がしっかり教えてあげなきゃいけない」

 こじんまりした店でオニギリを握っている真知子しか知らなかった荒川は、目の前にいる和装の老女にかなり萎縮しているようだった。通された和室の床の間に飾られた花瓶も掛け軸も、見るからに価値のありそうな骨董品。デニムにパーカーで気軽に訪ねてしまったことを悔んでいるといったところか。

「で、肝心のその後輩はどうしてるんだい?」
「怖いから自分のアパートには帰りたくないって言ってたんで、サークルの部室で他の部員に付き添って貰ってると思います」
「何にせよ、本人が直接来て、その問題のものを見せてくれないことにはねぇ……」

 捨てたはずの縫いぐるみが、朝起きると枕の横に座っていた。そう喚きながら、普段はフルメイクでお洒落に定評のある後輩――光井桃華が、スッピンにマスク姿で部室へ飛び込んできたのは、荒川が一限目の講義をサボって長椅子で仮眠を取っていた時だ。

「怪奇現象とかを研究するサークルのヤツから、ここん家のことを聞いたらしくて。霊とか妖怪とか、オレは全く信じてなかったんですけど」
「探せば人形供養を請け負ってる寺や神社なんて、いくらでもあるだろうに」
「地方から出て来たばっかの子なんで、土地勘が全然らしいんです。住んでるアパートもすぐ近くみたいなんで、ここが一番近かったからって」

 だからって、そんな散歩のついでみたいにゴミを置いてかれては堪らんと、真知子は呆れを含んだ溜め息をついた。ふと部屋の隅に視線を送れば、堂々と盗み聞きに侵入して来ていたアヤメとゴンタが退屈そうに欠伸を洩らしている。

「あんまり大物な感じはしいひんな。狐が行って、ぱくって食ってきたったらいいやん。今回の依頼はちょろそうやなー」
「由緒正しい妖狐が、そんなものを喰うわけないだろ!」

 二体が好き勝手なことを話しているのを、真知子は眉を寄せて苦笑いしていた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

同窓会に行ったら、知らない人がとなりに座っていました

菱沼あゆ
キャラ文芸
「同窓会っていうか、クラス会なのに、知らない人が隣にいる……」  クラス会に参加しためぐるは、隣に座ったイケメンにまったく覚えがなく、動揺していた。  だが、みんなは彼と楽しそうに話している。  いや、この人、誰なんですか――っ!?  スランプ中の天才棋士VS元天才パティシエール。 「へえー、同窓会で再会したのがはじまりなの?」 「いや、そこで、初めて出会ったんですよ」 「同窓会なのに……?」

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...