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第十二話・人形供養
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祓い屋を頼ってくる人の悩みは様々だ。八神家の裏稼業は視えないものに怯える人にとって駆け込み寺のようなもの。大々的に宣伝をうっている訳ではないけれど、人伝てに噂で聞きつけて、いろんな人が訪ねてくる。
当たり前だが、目に見えるものよりも視えないものから与えられる恐怖の方が断然に大きい。視えないから必要以上に恐れてしまうし、怯えに底がない。
美琴だって、先日のマンションの怪奇現象の話を聞いた時はもっと別の恐ろしいものを想像していた。土地に恨みをもつ怨霊が暴れているのかと身構えていたけれど、実際に現地へ赴いてみれば小さな妖狐が一体しかいなくて正直拍子抜けした。
だからまあ、ちょっとしたことで顔色を変えて駆け込んで来る人を美琴自身も笑うことはできない。視える側からすれば大袈裟だと思うようなことでも、視えない側にとってはそうじゃないのだから。
ただ、中には少しでも上手く物事がすすまないだけで、呪いや憑かれてるからだと思い込んで慌ててくる客もいる。何でもかんでも呪いや悪霊のせいにしてしまうのだ。否、実のところはそういう人の方が多いのかもしれない。
多分、さっき来ていたという客もその類いだったんだろう。御守り代わりに渡された護符で落ち着けたのなら何より。気は持ちようってやつだ。
ゴンタと並んで歩いていて、屋敷の屋根瓦が見えてきた時、美琴は家の門のところに人影を見つけた。周囲をキョロキョロと見回した後、その人影は一抱えほどある荷物を門柱の横に置くとすぐに逃げるようにその場を立ち去っていった。
「置き配かな?」
それにしてはどうも動きがおかしかった。周辺に配達業者の車も見当たらないし、あんな仕事の邪魔になりそうなロングスカートを履いた業者なんて見たことがない。そもそも置き配の場合は門を入って玄関扉の前に置いていかれることがほとんど。あんな道路沿いに無防備に放置されることなんて一度も無かったはずだ。
ゴンタを連れ立って門の前へ走り寄り、置いていかれた荷物を上から覗き見る。送り状も貼られていない、デパートのロゴ入り紙袋。中には様々なサイズの縫いぐるみがギュウギュウに詰め込まれていた。ぱっと見た感じ、新しいものでもなさそうだし、贈り物とも考えにくい。
「なんで、縫いぐるみが?」
「埃っぽいし、ゴミじゃないのか? 家の前にゴミを捨てられるとは、近所から嫌がらせでも受けているのか?」
「そういうことは無いと思うんだけど……」
裏稼業は出来る限り伏せて表向きはオニギリ屋さんとして、ご近所付き合いは良好なはずだ。真知子は気さくなお婆ちゃんを装って、近隣のお宅とは上手くやっている方だと思う。
ゴンタは尖った鼻先で匂いを嗅いで、クシュンとくしゃみして嫌そうな表情になる。何となく触る気にはなれず、美琴達は紙袋をそのままにして屋敷の門をくぐった。
「ただいまー」
玄関で声を掛けると、ツバキがゴンタの足を拭くための濡れ雑巾を持って出てきた。いくら由緒正しい妖狐だろうが、外を出歩いた後は散歩帰りのワンコと同じ扱いだ。足を一本ずつ持ち上げられ、ゴシゴシ拭かれている子ぎつねは、少しばかり不服そうに顔を歪めていたが、それでも黙ってされるがままだ。
美琴はついでに、さっきの紙袋のことをツバキへと聞いてみる。
「縫いぐるみばかり入ってたみたいなんだけど、何なんだろう?」
「おそらくは人形供養が目的でしょう。たまにあるんです」
「じゃあ、取ってきた方がいいよね? 気持ち悪くて、そのままにしてきちゃったんだけど……」
ツバキの話によれば、美琴が気付いていなかっただけで、これまで何度も同じようなことはあったのだという。骨董的な価値のなさそうな古ぼけた人形やこけし、縫いぐるみなどが断りなく置き去りにされているのだ。中には『供養をお願いします』というメモ書きが入れられていることもあるらしいが、勝手に置いていくことに代わりはない。
「一晩くらい放っておきな。朝にもまだ残ってたら、不法投棄で通報すればいい。うちは人形供養は請け負ってないんだから」
玄関先での会話が聞こえたのか、奥からこの家の当主が顔を出して言ってくる。発見してすぐに通報しないことを美琴が不思議に思っていると、真知子は少しばかり意地悪な目でニヤリと笑ってみせた。
「本当に供養しなけりゃいけないような代物なら、夜のうちに自力で元の場所に戻ってくのさ。そしたら置いてったヤツも慌てて頭下げに来るしかないんだよ」
捨てたはずの人形が、朝には一人で勝手に帰ってきている。無事に処分したつもりの持ち主が焦ること間違いなしだ。そして、それこそまさに祓い屋の出番。勝手に供養してしまえば、依頼を受ける機会を失ってしまうことになる。「ボランティアで祓ってやるほど、暇じゃないんだよ」と吐き捨てるように言っていたところをみると、不法投棄はウンザリするほどよくあることだったらしい。
「見た感じ、ゲーセンの景品っぽいのばかりだったけどなぁ」
「顔と手足がついてさえいれば、何だって依り代になる」
祖母の言葉に「なるほど」と納得して頷き返すと、美琴はさっきの紙袋から感じた少し嫌な気配を思い出す。中を覗き込んだ際、袋の奥からもこちら側を覗かれているような気がしたのだ。たくさん詰め込まれていた縫いぐるみ、あの中に何かが――
当たり前だが、目に見えるものよりも視えないものから与えられる恐怖の方が断然に大きい。視えないから必要以上に恐れてしまうし、怯えに底がない。
美琴だって、先日のマンションの怪奇現象の話を聞いた時はもっと別の恐ろしいものを想像していた。土地に恨みをもつ怨霊が暴れているのかと身構えていたけれど、実際に現地へ赴いてみれば小さな妖狐が一体しかいなくて正直拍子抜けした。
だからまあ、ちょっとしたことで顔色を変えて駆け込んで来る人を美琴自身も笑うことはできない。視える側からすれば大袈裟だと思うようなことでも、視えない側にとってはそうじゃないのだから。
ただ、中には少しでも上手く物事がすすまないだけで、呪いや憑かれてるからだと思い込んで慌ててくる客もいる。何でもかんでも呪いや悪霊のせいにしてしまうのだ。否、実のところはそういう人の方が多いのかもしれない。
多分、さっき来ていたという客もその類いだったんだろう。御守り代わりに渡された護符で落ち着けたのなら何より。気は持ちようってやつだ。
ゴンタと並んで歩いていて、屋敷の屋根瓦が見えてきた時、美琴は家の門のところに人影を見つけた。周囲をキョロキョロと見回した後、その人影は一抱えほどある荷物を門柱の横に置くとすぐに逃げるようにその場を立ち去っていった。
「置き配かな?」
それにしてはどうも動きがおかしかった。周辺に配達業者の車も見当たらないし、あんな仕事の邪魔になりそうなロングスカートを履いた業者なんて見たことがない。そもそも置き配の場合は門を入って玄関扉の前に置いていかれることがほとんど。あんな道路沿いに無防備に放置されることなんて一度も無かったはずだ。
ゴンタを連れ立って門の前へ走り寄り、置いていかれた荷物を上から覗き見る。送り状も貼られていない、デパートのロゴ入り紙袋。中には様々なサイズの縫いぐるみがギュウギュウに詰め込まれていた。ぱっと見た感じ、新しいものでもなさそうだし、贈り物とも考えにくい。
「なんで、縫いぐるみが?」
「埃っぽいし、ゴミじゃないのか? 家の前にゴミを捨てられるとは、近所から嫌がらせでも受けているのか?」
「そういうことは無いと思うんだけど……」
裏稼業は出来る限り伏せて表向きはオニギリ屋さんとして、ご近所付き合いは良好なはずだ。真知子は気さくなお婆ちゃんを装って、近隣のお宅とは上手くやっている方だと思う。
ゴンタは尖った鼻先で匂いを嗅いで、クシュンとくしゃみして嫌そうな表情になる。何となく触る気にはなれず、美琴達は紙袋をそのままにして屋敷の門をくぐった。
「ただいまー」
玄関で声を掛けると、ツバキがゴンタの足を拭くための濡れ雑巾を持って出てきた。いくら由緒正しい妖狐だろうが、外を出歩いた後は散歩帰りのワンコと同じ扱いだ。足を一本ずつ持ち上げられ、ゴシゴシ拭かれている子ぎつねは、少しばかり不服そうに顔を歪めていたが、それでも黙ってされるがままだ。
美琴はついでに、さっきの紙袋のことをツバキへと聞いてみる。
「縫いぐるみばかり入ってたみたいなんだけど、何なんだろう?」
「おそらくは人形供養が目的でしょう。たまにあるんです」
「じゃあ、取ってきた方がいいよね? 気持ち悪くて、そのままにしてきちゃったんだけど……」
ツバキの話によれば、美琴が気付いていなかっただけで、これまで何度も同じようなことはあったのだという。骨董的な価値のなさそうな古ぼけた人形やこけし、縫いぐるみなどが断りなく置き去りにされているのだ。中には『供養をお願いします』というメモ書きが入れられていることもあるらしいが、勝手に置いていくことに代わりはない。
「一晩くらい放っておきな。朝にもまだ残ってたら、不法投棄で通報すればいい。うちは人形供養は請け負ってないんだから」
玄関先での会話が聞こえたのか、奥からこの家の当主が顔を出して言ってくる。発見してすぐに通報しないことを美琴が不思議に思っていると、真知子は少しばかり意地悪な目でニヤリと笑ってみせた。
「本当に供養しなけりゃいけないような代物なら、夜のうちに自力で元の場所に戻ってくのさ。そしたら置いてったヤツも慌てて頭下げに来るしかないんだよ」
捨てたはずの人形が、朝には一人で勝手に帰ってきている。無事に処分したつもりの持ち主が焦ること間違いなしだ。そして、それこそまさに祓い屋の出番。勝手に供養してしまえば、依頼を受ける機会を失ってしまうことになる。「ボランティアで祓ってやるほど、暇じゃないんだよ」と吐き捨てるように言っていたところをみると、不法投棄はウンザリするほどよくあることだったらしい。
「見た感じ、ゲーセンの景品っぽいのばかりだったけどなぁ」
「顔と手足がついてさえいれば、何だって依り代になる」
祖母の言葉に「なるほど」と納得して頷き返すと、美琴はさっきの紙袋から感じた少し嫌な気配を思い出す。中を覗き込んだ際、袋の奥からもこちら側を覗かれているような気がしたのだ。たくさん詰め込まれていた縫いぐるみ、あの中に何かが――
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