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第十四話
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本人を説得してきますと言って大学へ戻って行った荒川が、怯えるように身体を震わせたロングヘアの女の子を引き連れて再訪したのはその夕方。ちょうど昨日、美琴達が不法投棄を目撃したのと同じ、辺りが少し暗くなりかける時刻だ。
「ご、ごめんなさい……すみません……」
明るいブラウンに染めた髪をまとめもせず、ノーメイクの顔をピンクの不織布マスクで隠した女子学生――光井桃華は、家人がまだ何も言ってない内から謝罪の言葉を繰り返していた。声が震えているのは怖い体験をしたせいか、それとも真知子の威圧のせいだろうか。
「ここのお家のことを教えてくれた人が、門の前に人形が置かれてるのを何度か見たことがあるっていってたので、そういうシステムなんだと思い込んでて……」
「供養して欲しいものがあったら、家の前に置いてけってかい?」
「……はい。でも、冷静に考えたら、何も払わずやってもらえる訳なかったですよね、神社だって祈祷料が要るのに……」
「そもそも、うちは人形供養なんて請けてもいないんだよ」
真知子の反論に、光井は「すみません」と泣きそうな声を出して、完全に俯いてしまう。隣に座る荒川は二度目の訪問になるから、昼よりは少しリラックスしているように見えたが、それでもまだ表情に強張りがみられた。特に光井の方は家の前に不要品を無断で放置した後ろめたさもあってか、屋敷の中へ案内されてから一度も顔を上げることすらできないでいる。
帰宅したばかりの美琴は、ツバキから聞いて和室へ顔を見せた時、自分よりも少し年上に見える男女が祖母に真正面から威圧されている光景にギョッと目を剥く。二人の大学生を前にして、真知子は静かに湯呑のお茶を啜っていただけだが、無言だからこそなおさら怖い。
「ただいま。ツバキさんからこっちに行くよう言われたんだけど……お客様、だよね?」
「ああ、おかえり、美琴。お前がこの子達の話を聞いておやり。客っていうか、昨日の不法投棄の犯人だよ」
配慮の欠片もない犯人呼びに、光井がビクリと小さく身体を震わせて、「すみませんでした……」と今にも消え入りそうな声で呟いていて、少しばかり気の毒になってしまう。
祖母の隣に正座した後、美琴は取ってつけたような作り笑顔で「孫の美琴です」と目の前の大学生に自己紹介した。そして、ずっと俯いたままの女子学生の様子をチラ見する。
――うん、昨日、私が見たのはきっとこの人だ。
夕日の逆光でシルエットくらいしか見えなかったが、紙袋を門の前に置いてったのは、確かにこの女子大生だと思った。昨日は髪を下ろしてなかったみたいだから髪の長さまでは分からないけれど、背丈とか体型とかは一致する。ということは、つまり――
「捨てたつもりだったのに、戻って来ちゃったんですか?」
美琴の言葉に、光井が「ヒッ!」と短い叫び声で即座に反応する。思い出さないようにしていた恐怖が一気に掘り起こされてしまったのか、小刻みに震え始めた。その後輩の肩へと荒川が心配そうに片手を置いて、「ちゃんと話せばいいから」と宥めていた。
「袋の中は少し覗いただけなので、あまりよく分からないんですが、あれって全部ゲーセンの縫いぐるみですか?」
「そうです。クレーンゲームが得意な知り合いがいて、その人からプレゼントされたものばかりです」
手の平サイズのものから、そこそこのサイズがあるものもあった気がするが、あれだけの量となると、かなりやり込んだ上級者なのかもしれない。美琴はこれまでゲーセンで景品が取れたためしがないから、少し羨ましいなと思った。
「その内の、どんなのが?」
てっきり問題の品を持参してきたのかと促してみるが、光井は顔を少し上げてから美琴の方を向いて首を横に振った。
「怖くて、部屋には帰ってないので……朝起きたら、枕の横に今まで通りに座ってたんです。昨日、捨てたはずなのに」
何も見たくないとでもいうように、光井は両手で顔を覆い隠す。そして、少し時間を置いてから、ふぅっと息を吐いて気持ちを落ちつけた後に説明し出した。
「あまりよく知らないんですけど、何かのアニメに出てくるっていう猫の縫いぐるみなんです。このくらいの大きさで、ふわふわした手触りの」
高さ二十センチちょっとの、猫のキャラクター。割と気に入っていて普段からベッドの横に置いて寝ていたらしいのだが。
「どうして捨てようと思ったんですか?」という美琴の問いかけに、光井は少し言い難そうに小声になる。
「その、いつも縫いぐるみをくれる人のことを、最近ちょっと怪しいなって思い始めて……」
「怪しいって、どういうことですか?」
「偶然かもしれないんですけど、私が部屋で別の友達と話してたこととか、なんか知ってる感じで。もしかしたら、盗聴されてるんじゃないかって。ほら、縫いぐるみの中に盗聴器を入れてプレゼントするとか、よく聞くじゃないですか?」
数か月の間に沢山貰ってしまった中に、機械が仕掛けられてるんじゃないかと考え始めたのだという。でも、ただの思い違いの可能性だってあるし、実際に貰った縫いぐるみ達にも何かが入っているような感じでもなかった。
「そしたら、私が大学へ行っている時間に、誰かが部屋に入ったような形跡があったんです。置いてある物が微妙に動いてたり、毛布がぐちゃぐちゃになってたり……」
「だから、貰ったモノを全部捨てようとしたんですか?」
「だって、どれに盗聴器が入ってるか分からないから。でも、縫いぐるみや人形みたいな、顔のあるモノは普通にゴミで出す気になれなくって。実家ではいつも、近所の神社でお札とかと一緒に御焚き上げしてもらってたんで」
そして相談した友達から、八神家のお祓い業のことを聞いたのだという。あそこなら人形供養してくれるっぽいよ、と。
「ご、ごめんなさい……すみません……」
明るいブラウンに染めた髪をまとめもせず、ノーメイクの顔をピンクの不織布マスクで隠した女子学生――光井桃華は、家人がまだ何も言ってない内から謝罪の言葉を繰り返していた。声が震えているのは怖い体験をしたせいか、それとも真知子の威圧のせいだろうか。
「ここのお家のことを教えてくれた人が、門の前に人形が置かれてるのを何度か見たことがあるっていってたので、そういうシステムなんだと思い込んでて……」
「供養して欲しいものがあったら、家の前に置いてけってかい?」
「……はい。でも、冷静に考えたら、何も払わずやってもらえる訳なかったですよね、神社だって祈祷料が要るのに……」
「そもそも、うちは人形供養なんて請けてもいないんだよ」
真知子の反論に、光井は「すみません」と泣きそうな声を出して、完全に俯いてしまう。隣に座る荒川は二度目の訪問になるから、昼よりは少しリラックスしているように見えたが、それでもまだ表情に強張りがみられた。特に光井の方は家の前に不要品を無断で放置した後ろめたさもあってか、屋敷の中へ案内されてから一度も顔を上げることすらできないでいる。
帰宅したばかりの美琴は、ツバキから聞いて和室へ顔を見せた時、自分よりも少し年上に見える男女が祖母に真正面から威圧されている光景にギョッと目を剥く。二人の大学生を前にして、真知子は静かに湯呑のお茶を啜っていただけだが、無言だからこそなおさら怖い。
「ただいま。ツバキさんからこっちに行くよう言われたんだけど……お客様、だよね?」
「ああ、おかえり、美琴。お前がこの子達の話を聞いておやり。客っていうか、昨日の不法投棄の犯人だよ」
配慮の欠片もない犯人呼びに、光井がビクリと小さく身体を震わせて、「すみませんでした……」と今にも消え入りそうな声で呟いていて、少しばかり気の毒になってしまう。
祖母の隣に正座した後、美琴は取ってつけたような作り笑顔で「孫の美琴です」と目の前の大学生に自己紹介した。そして、ずっと俯いたままの女子学生の様子をチラ見する。
――うん、昨日、私が見たのはきっとこの人だ。
夕日の逆光でシルエットくらいしか見えなかったが、紙袋を門の前に置いてったのは、確かにこの女子大生だと思った。昨日は髪を下ろしてなかったみたいだから髪の長さまでは分からないけれど、背丈とか体型とかは一致する。ということは、つまり――
「捨てたつもりだったのに、戻って来ちゃったんですか?」
美琴の言葉に、光井が「ヒッ!」と短い叫び声で即座に反応する。思い出さないようにしていた恐怖が一気に掘り起こされてしまったのか、小刻みに震え始めた。その後輩の肩へと荒川が心配そうに片手を置いて、「ちゃんと話せばいいから」と宥めていた。
「袋の中は少し覗いただけなので、あまりよく分からないんですが、あれって全部ゲーセンの縫いぐるみですか?」
「そうです。クレーンゲームが得意な知り合いがいて、その人からプレゼントされたものばかりです」
手の平サイズのものから、そこそこのサイズがあるものもあった気がするが、あれだけの量となると、かなりやり込んだ上級者なのかもしれない。美琴はこれまでゲーセンで景品が取れたためしがないから、少し羨ましいなと思った。
「その内の、どんなのが?」
てっきり問題の品を持参してきたのかと促してみるが、光井は顔を少し上げてから美琴の方を向いて首を横に振った。
「怖くて、部屋には帰ってないので……朝起きたら、枕の横に今まで通りに座ってたんです。昨日、捨てたはずなのに」
何も見たくないとでもいうように、光井は両手で顔を覆い隠す。そして、少し時間を置いてから、ふぅっと息を吐いて気持ちを落ちつけた後に説明し出した。
「あまりよく知らないんですけど、何かのアニメに出てくるっていう猫の縫いぐるみなんです。このくらいの大きさで、ふわふわした手触りの」
高さ二十センチちょっとの、猫のキャラクター。割と気に入っていて普段からベッドの横に置いて寝ていたらしいのだが。
「どうして捨てようと思ったんですか?」という美琴の問いかけに、光井は少し言い難そうに小声になる。
「その、いつも縫いぐるみをくれる人のことを、最近ちょっと怪しいなって思い始めて……」
「怪しいって、どういうことですか?」
「偶然かもしれないんですけど、私が部屋で別の友達と話してたこととか、なんか知ってる感じで。もしかしたら、盗聴されてるんじゃないかって。ほら、縫いぐるみの中に盗聴器を入れてプレゼントするとか、よく聞くじゃないですか?」
数か月の間に沢山貰ってしまった中に、機械が仕掛けられてるんじゃないかと考え始めたのだという。でも、ただの思い違いの可能性だってあるし、実際に貰った縫いぐるみ達にも何かが入っているような感じでもなかった。
「そしたら、私が大学へ行っている時間に、誰かが部屋に入ったような形跡があったんです。置いてある物が微妙に動いてたり、毛布がぐちゃぐちゃになってたり……」
「だから、貰ったモノを全部捨てようとしたんですか?」
「だって、どれに盗聴器が入ってるか分からないから。でも、縫いぐるみや人形みたいな、顔のあるモノは普通にゴミで出す気になれなくって。実家ではいつも、近所の神社でお札とかと一緒に御焚き上げしてもらってたんで」
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