喋る黒猫とうそつきの麦わら

香澄 翔

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二.喋らない猫と最後の夏

16.神様の記憶

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「まぁ、ひまわりが実際に太陽を追いかけるのは花が咲くまでの間で、咲いてしまったらもうほとんど動かないんですけどね」
「そうなんだ?」
「花が咲いてしまえばもうお日様を追いかけなくてもいいのかもしれませんね」

 なんだか寂しそうに告げると、それから自分の背よりも高いひまわりをじっと見つめていた。

「それともどれだけ追いかけても届かないから諦めてしまうのかもしれません」

 ひまわりの花は何も答えずに、ただそこに花を咲かせている。

「私、ここで神様を見たんです。神様の記憶は確かに私の中に残っています」

 ありすは空を見上げながら、ゆっくりと手を伸ばす。
 まるで空の上の雲をつかもうとするかのように。
 だけどもちろん届くはずもなくて、ただまっすぐ上げた腕は虚空をつかむ事しかできなくて、何一つ手にはできずにゆっくりとその手を下ろす。

「私が魔女になったのは、たぶんその時からです。謙人けんとさんは、そんな記憶がありますか? 人生が変わってしまうような、そんな記憶です」

 ありすは静かな声で僕に問いかける。
 その瞳が笑っているのか、泣いているのか。背を向けたままだから、僕にはわからなかった。
 どこかで僕はこれと同じような光景を見たことがある気がしていた。
 どこかで見たひまわり畑の中で、誰かと話していた。
 誰かは覚えていない。だけど何かが僕の頭の中で引っかかっている。
 でも考えても答えはでなくて、僕は息を飲み込む。何も答えられなかった。

有子ゆうこ。それはたぶん錯覚だよ。君は魔女ではないし、神様なんているはずがない」
「わわわっ。有子って言わないで。ありす。ありすって呼んでよぅ」

 僕の代わりにミーシャが答えていた。そのあとはいつもと変わらない二人のやりとりが繰り広げられている。

「はいはい。ありすね」
「それに神様はいるよ。いるもん。私は信じてる」

 ありすはちょっと口をすぼめながら、でも笑顔で答えていた。
 ひまわりの花が風に吹かれて揺れていた。
 静かに静かに。ただ波のようにゆらめていた。

「神様か。まぁいわしあたま信心しんじんからとは言うけどね」

 ミーシャはつまらなさそうにつぶやくと、大きく口を開けてあくびを漏らす。

「でもこの場所が君にとって大切な場所であるのは確かだろうね。そしてこの場所に彼を連れてくるってことは、いよいよ決心を固めた訳だ」
「うん。決めたよ」

 ありすは少しだけ顔を落として、でもすぐに僕の方へと振り返る。

「謙人さんは神様を信じていますか?」

 静かな口調で告げる。

「神様っていうとキリストとか、そういうのかな。いや、あんまり信じてはないけど」
「そういう神様もいるかもしれませんけど、私の言っている神様とはちょっと違いますね。お米の一粒には七人の神様が宿っているとか、そういう神様です」

 僕は神様を信じていないと言ったにもかかわらず、ありすはにこやかに、むしろ嬉しそうに笑顔を向けていた。

「お米の中にいる神様は七福神って説もあるのですけど、土、風、雲、水、虫、太陽、そして作る人っていう説もあるんですよ。私が信じている神様はそういうのです。誰がみていなくてもお天道様てんとうさまが見ているって、小さい頃はお父さんやお母さんによく言われました。だからまっすぐに生きないといけないって」

 ありすは静かな声で、淡々と告げる。

「だからうそをついちゃいけないんです。うそつきは地獄で閻魔大王に舌をぬかれちゃうんですよ。怖いですよね」

 口元を抑えながら、少し冗談っぽく告げる。

「確かにそれは困るなぁ」

 ありすに話を合わせてうなずく。
 閻魔大王の話は子供の頃に聞いたことがあるし、たぶん誰でも知っているような話だとは思う。だけどもちろん信じてはいないし、それに仮に本当だとしても確かめる術もない。
 でもありすが本気で信じているのだとすれば、否定する必要もないかなとは思った。

「まぁまだ死んだ事はないので、ほんとかどうかはわからないですけどね」

 笑顔を漏らしながら、ありすは僕の鼻先にのばした指を軽く伏せさせた。
 少しだけ胸が強く動いた。

「それにしても謙人さんと一緒にいると楽しいです。一緒にいろんなことをしていきたいです。せっかくなので、この村にずーっといませんか?」

 ありすは期待に満ちた瞳で僕の顔をのぞき込んでいた。

「さすがにずーっとは居られないなぁ。今も旅の途中だし」
「そういえば謙人さんはどうして旅をしているんですか」

 首をかしげながら、ありすは僕に問いかけてくる。
 その言葉に僕は少しだけ答えに詰まっていた。
 正直僕自身もその答えは持ち合わせていない。
 両親の死という現実から逃げ出すため。冷静に考えればそうなのかもしれない。
 だけどありすが求めている答えは、きっとそういうものじゃないだろう。

「わからない。わからないから旅をしている」

 だから正直に答える。もしかしたら馬鹿にされるかもしれないけれど、それ以外の言葉を僕は持ち合わせていなかった。

「いいなぁ」

 ありすは馬鹿になんてすることもなく、僕を見つめる目を輝かせていた。

「私、ずっとこの村にいるから、いちどくらい村の外に出てみたいです」
「え。村の外に出た事ないの? もしかしていちども?」
「あ、もちろんふもとの街くらいなら用事があって出かけることは無い訳じゃないですけど、旅行とかそういうのには行ったこと無いです。どこか遠く。生活圏じゃないところにいってみたいなぁって」

 ありすはそう言いながらも楽しそうに笑う。

「私も外の世界に行ってみたいんです。だからこんど私も一緒に旅につれていってほしいです」

 朗らかに告げるありすは、言葉の深い意味なんて考えてもいないようだった。
 だけど二人で一緒に旅をする。それは特別な意味をもっていると思う。
 僕は何と答えていいのかわからずに、ただ口をつぐんでいた。
 だけどありすも特に答えは求めていなかったのか、それ以上は何も言わなかった。また波のように風に揺れるひまわりをじっと見つめていた。
 その姿をみて少しだけわかった。ありすにとってはこの場所は特別な場所なのだろう。
 その特別な場所に僕を連れてきたということは、ありすにとって、僕も特別だという意味なのかもしれない。
 少しだけ胸が高鳴る。
 勘違いかもしれない。ありすは何を告げた訳でもない。
 回りがはやし立てるから、その気になってしまっただけなのかもしれない。
 だけどこの時間が何だか心地よくて、僕はありすの隣でじっとひまわりを見つめていた。
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