年下幼馴染から逃げられない

南ひかり

文字の大きさ
19 / 27

19話 休息

しおりを挟む
 愕然とする私に、ソファでひらひらと手を振るこの男を、こんなにも憎たらしく見えたことはない。

「騙したのね……」
「立ちくらみがしたのは本当だよ」

 悪びれる素振りもない様子で口元を持ち上げる。一体どこから演技だったのだろうか。もしかしてパーティーの時からすべて計算済みだってのではないかとさえ思えてくる。
(ここで取り乱したら思うツボだ)
 怒りをぶつける前に、妙な冷静さが身について一呼吸置く。

「私、一人でも帰れますので」

 嫌みったらしく敬語を交えて、愛想笑いを浮かべる。終電はとっくに終わっている。だがここは駅にほど近い場所。つまりタクシーがある。

「タクシーなら諦めた方がいいよ。この時間は駅前にも待機してないから」
「え!?」

 見透かされている。確かにこの閑静な住宅街なら頻繁にタクシーが行き来していることも考えにくい。

「それに――」

 悠が近づいて頬に手を伸ばした。

「ここまで来て、帰してあげるわけないでしょ?」

(この男はっ……!)
 指先が触れる直前に交わして、一歩身を引く。

「お生憎様、別に女の子扱いされる年齢でもないしいざとなれば携帯で――」

 ひらひらと悠が手をふる。何を持っているのかと思えば、その手には私のスマホが握られていた。

「残念だけど諦めて。社長命令」

 至極楽しそうな笑みを浮かべる悠にぐっと拳を握りしめる。権力を振りかざされてしまえば打つ手なし、逃げ道なし。さすがに我が身ひとつでここから飛び出す度胸はない。

「この悪ガキ……」

 思わず本音が漏れる。だが悠は気にする素振りも見せず、むしろ褒め言葉だと言ってぎゅっと抱きしめられる。
 無理やり引きはがそうとするが、ビクともしない。

「離して」

 思わずため息がでる。争うのもバカらしくなって降参すると悠の手はあっさり離れていった。
(なんなのよ、もう)
 疲れてソファに腰掛ける。ふかふかのソファに横になったらすぐに眠気が襲ってきそうだ。

「あんた……本当にこの家に住んでるの?」
「そうだよ」
「生活感ゼロなんだけど」
「寝るだけの場所だしそんなものだよ」

 悠が隣に腰を下ろすと、ソファが深く沈んだ。
(寝るだけの場所ねえ……)
 確かに言葉通りの部屋だ。だがそれが異常で仕方がない。いくら忙しいとはいえ、趣味嗜好品のひとつもないこの部屋はあまりにも殺風景だ。
(昔はプラモデルとかも好きだったはずなんだけど)
 よくクラスのガキ大将におもちゃを取られて泣いていたことを思い出す。その度に私が奪い返していたものだ。今にして思えば、自分もとんだガキ大将だったかもしれない。
(その悠が、今やこんなところに住んでるなんてねえ……)
 ソファの先のガラス窓には、都内の夜景が広がっている。煌めくその景色は、眠らない不夜の街だ。
(綺麗だけど、どこか悲しい)
 ひどく静かだった。さっきまであれほど騒がしかったにも関わらず悠が何も話しかけてこない。
 それはそれで恐ろしい。バレないように横目で悠に視線を向ける。
(あ……)
 寂しげな瞳だった。それはさっきまでとは別人で、どこか憂いを帯びていた。
 わずかな隙間から垣間見える一瞬の刹那。その表情は、自分もよく知るものだった。
(この東京で、悠は何を失ったのだろう)
 地方からたどり着いた者なら誰もが失うものがある。この交差する人混みの中で、忘れゆく感情がある。成功と引き替えに、失う過去がある。

「どうしたの、見惚れちゃった?」

 視線に気づいた悠が、にこりと微笑んだ。そこに先ほどの瞳はない。

「馬鹿言わないで」

 逃げるように顔を逸らす。すると少しの沈黙の後、悠がぐらりと体重を傾けて、膝に頭を乗せてきた。

「ちょっとだけ膝貸してくれる?」

 声色に少し疲労が混ざっていた。やはり体調が悪いのは本当らしい。
 甘えるように見上げるその姿は、捨てられた子犬のようだった。
(ったく、仕方ないなあ……)
 なにも言わずにぽんぽんと頭を撫でる。強ばっていた緊張が解けたのか肩の力が抜けていくのが分かった。

「きもちいい……」
 
 ふいに漏れる悠の言葉に手が泊まる。一瞬、鼓動が早くなった。
 幼子をあやすように頭を撫でる。細い髪が手からこぼれ落ちる。茶色に染めても相変わらず綺麗な髪だ。心地よさに瞼を伏せて身体の力が抜けていくのが分かった。このまま寝させてあげるのもいいかもしれない。せめて掛け布団があればと寝室らしきドアに視線を向けるが、この状況では取りにいけない。

「悠、寝るならベッドの方がーー」
「やだ。このままがいい……」

 身体を反転させて、ぎゅっと腰に腕がからみつく。
 これは逃げきれないなと諦めてしばらくはこのままでいるしかない。
 撫でる手を止めると催促するように、もぞもぞと身体を動かす。苦笑して再び手を動かすと、またまどろみに沈んでいく。
(……可愛いかもしれない)
 立場が変わったとはいえ、年下は年下。
 あの頃では考えられないことだけれど、こういうのも悪くない。

「ちーちゃん……」
「ん? なに?」

 穏やかな寝息が聞こえる。どうやら寝言だったらしい。一体どんな夢を見ているのかと思ったが、緩んだ口元を見ればなんでも良くなった。
 これは朝まで起きないだろうなと覚悟しながら、ほっと安心して息を吐き出したときだった。

「好きだよ……ちーちゃん……」

 ぼそりとか細い声で紡がれた言葉に、ほんの一瞬、息が止まった。
 胸の内に自分でも分からない、塊のようなものが渦巻いて離れない。
 もしも。
 もしも本気で同じことを言われてしまえば、私はなんて答えるのだろう。
 悠の気持ちを知った上で誤魔化そうとする私は、なんてひどい女なのだろう。
 答えが見つからない。
 恋愛なんて二度とするつもりなんてないのだ。
 自分の人生さえ満足に進んでいないのに、そこにもう一人加わるなんて考えられない。ましてはその人が自分の人生の中心になってしまうなど持っての他だ。
 悠だからじゃない、悠じゃなくても同じだ。
 なのにーー。

(……一人で生きていくって、決めたはずなのに)

 ここにきて、自分が分からなくなる。
 何が正しくて何が間違っているのか。
 全部自分で選択してきたはずなのに、不安になる夜がある。
 変化が恐ろしくてたまらない。自分が信じてきたものが変わってしまうのが。
 だから私は――。

(もう誰にも、振り回されたくないのよ)

 たとえそれが、大切な幼馴染みであったとしても――。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

Catch hold of your Love

天野斜己
恋愛
入社してからずっと片思いしていた男性(ひと)には、彼にお似合いの婚約者がいらっしゃる。あたしもそろそろ不毛な片思いから卒業して、親戚のオバサマの勧めるお見合いなんぞしてみようかな、うん、そうしよう。 決心して、お見合いに臨もうとしていた矢先。 当の上司から、よりにもよって職場で押し倒された。 なぜだ!? あの美しいオジョーサマは、どーするの!? ※2016年01月08日 完結済。

契約が終わったら静かにお引き取りくださいと言ったのはあなたなのに執着しないでください

紬あおい
恋愛
「あなたとは二年間の契約婚です。満了の際は静かにお引き取りください。」 そう言ったのはあなたです。 お言葉通り、今日私はここを出て行きます。 なのに、どうして離してくれないのですか!?

無表情いとこの隠れた欲望

春密まつり
恋愛
大学生で21歳の梓は、6歳年上のいとこの雪哉と一緒に暮らすことになった。 小さい頃よく遊んでくれたお兄さんは社会人になりかっこよく成長していて戸惑いがち。 緊張しながらも仲良く暮らせそうだと思った矢先、転んだ拍子にキスをしてしまう。 それから雪哉の態度が変わり――。

そんな目で見ないで。

春密まつり
恋愛
職場の廊下で呼び止められ、無口な後輩の司に告白をされた真子。 勢いのまま承諾するが、口数の少ない彼との距離がなかなか縮まらない。 そのくせ、キスをする時は情熱的だった。 司の知らない一面を知ることによって惹かれ始め、身体を重ねるが、司の熱のこもった視線に真子は混乱し、怖くなった。 それから身体を重ねることを拒否し続けるが――。 ▼2019年2月発行のオリジナルTL小説のWEB再録です。 ▼全8話の短編連載 ▼Rシーンが含まれる話には「*」マークをつけています。

社長の×××

恩田璃星
恋愛
真田葵26歳。 ある日突然異動が命じられた。 異動先である秘書課の課長天澤唯人が社長の愛人という噂は、社内では公然の秘密。 不倫が原因で辛い過去を持つ葵は、二人のただならぬ関係を確信し、課長に不倫を止めるよう説得する。 そんな葵に課長は 「社長との関係を止めさせたいなら、俺を誘惑してみて?」 と持ちかける。 決して結ばれることのない、同居人に想いを寄せる葵は、男の人を誘惑するどころかまともに付き合ったこともない。 果たして課長の不倫を止めることができるのか!? *他サイト掲載作品を、若干修正、公開しております*

初色に囲われた秘書は、蜜色の秘処を暴かれる

ささゆき細雪
恋愛
樹理にはかつてひとまわり年上の婚約者がいた。けれど樹理は彼ではなく彼についてくる母親違いの弟の方に恋をしていた。 だが、高校一年生のときにとつぜん幼い頃からの婚約を破棄され、兄弟と逢うこともなくなってしまう。 あれから十年、中小企業の社長をしている父親の秘書として結婚から逃げるように働いていた樹理のもとにあらわれたのは…… 幼馴染で初恋の彼が新社長になって、専属秘書にご指名ですか!? これは、両片想いでゆるふわオフィスラブなひしょひしょばなし。 ※ムーンライトノベルズで開催された「昼と夜の勝負服企画」参加作品です。他サイトにも掲載中。 「Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―」で当て馬だった紡の弟が今回のヒーローです(未読でもぜんぜん問題ないです)。

【完結】 1年であなたを落としたいと婚約式で告げた結果

紬あおい
恋愛
婚約式の日に明かされた事実と約束。 1年の期限を設け、2人に訪れた結末は? いろいろ順番がおかしい2人の恋のお話。

エリート課長の脳内は想像の斜め上をいっていた

ピロ子
恋愛
飲み会に参加した後、酔い潰れていた私を押し倒していたのは社内の女子社員が憧れるエリート課長でした。 普段は冷静沈着な課長の脳内は、私には斜め上過ぎて理解不能です。 ※課長の脳内は変態です。 なとみさん主催、「#足フェチ祭り」参加作品です。完結しました。

処理中です...