年下幼馴染から逃げられない

南ひかり

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18話 前言撤回

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 ◆◆◆

 無事にパーティーも終わり、なんとか悠の体調も幾分良好にはなっていた。
 とはいっても、まだ月曜日。あと四日間、悠の体力が持つか心配だ。笹桐さんが病院に寄りましょうかと言ったが、本人は断固拒否。なんとか説得の末、点滴だけでもということで妥協し、病院を出たところだった。
 悠のマンションへ車を走らせる中、本人は未だに不服そうだ。ちらちらと腕を確認しながらガーゼをはがすタイミングを計らっている。

「まだ剥がしちゃいけません」

 こっそり手をのばそうとする矢先、すかさずその手を牽制する。

「まだ針が刺さってるみたいで気持ち悪い……」
「刺さってないし、痛みもないでしょう? 子どもじゃないんだから我慢してください」

 まだ注射が怖いだなんて、そういうところは変わってないなと苦笑する。子どものようにふてくされて後部座席に背中を預けるとバックミラー越しに目があった。
 さっきよりも大分顔色も良くなっておりほっと息をつく。
 幸い明日の外出は午後からだ。せめて午前中はゆっくり休んで欲しい。
 夜も遅いこともあって道路は比較的空いていた。車は閑静な住宅街を抜け、緑に囲まれたマンションの前で停車する。
(で、でかっ……!)
 悠の送迎はいつも笹桐さんが担当しているため、来るのは初めてだった。
 都心に構える会社のビルから車で約十分。そう遠くはないが辺りは静かでファミリー向けのタワーマンションが連なっている。そのせいか夜空がどこか遠く感じ、星の光よりも街灯の方が眩しいぐらいだった。
「朝倉」
 笹桐さんに呼ばれて我に返る。呆然としている場合ではなかった。
 ドアのロックを外し車を降りると、後部座席のドアを開けた。

「どうぞ、社長」
「ちーちゃんにその呼び方されると変な感じ」

 少し足元がふらつきながら、悠が車を降りる。

「笹桐さん、少しここでお待ちいただけますか。社長を部屋までお連れしてきます」

 ただでさえ体調が悪いのにここで一人置き去りにはできない。笹桐さんが無言で頷く。

「ほんと? じゃあちーちゃん泊まっていく?」
「泊まりません」

 馬鹿なことを言う余裕は残っているようだ。
 キッパリそう言うと悠は不服そうに眉を垂れ下げて、エントランスへと向かう。

「すぐ戻ります」

 笹桐さんに頭を下げて悠に付き添う。
 何に拗ねているのか分からないが本人は淡々とロックを解除してエレベーターへ乗った。

「何階?」
「最上階だよ」

 さも当然のように告げられたその言葉に一瞬指先が止まる。
 反応する気力もなく無言で三七階のボタンを押すとエレベーターは静かに動き始めた。
 エレベーターの中は意外にも静かだった。てっきりまた変なことを言い出すのかと思ったが、やはり疲れているのだろう。たった数十分仮眠を取っただけで体力は元には戻らない。

「……明日の予定をずらしましょうか?」
「大丈夫だよ、心配しないで」

 にこりと笑顔を向ける。いつもと同じ表情だ。けれどどうにも胸に引っかかって心が落ち着かない。
 そうしてる間に最上階へと到着する。廊下を抜けて一番奥の扉の前にたどり着くと、悠が鞄から鍵を取り出した。

「じゃあ、私はこれで――」
「っ……!」

 部屋に入るのを見届けて去ろうとした時だった。突然、悠が眉間を押さえてその場にしゃがみこむ。

「ちょ、ちょっと! 大丈夫!?」
「……ごめん、ちょっと目眩がして」

 悠の手がドアノブを掴もうとするが、見えていないのかふらふらとさ迷ってしまう。
 床に落ちた鍵を拾って急いでドアを開ける。考えている余裕なんてなかった。身体を支えながらなんとか部屋へ入ると悠が玄関に座り込む。

「ごめんね……さっきまで大丈夫だったんだけど……」

 無理に笑顔を見せようとする悠に、ぎゅっと胸が締め付けられるような痛みを覚えた。
(このまま、一人にはしておけない……)
 悠の背中に触れて優しくさする。

「ベッドまで歩ける?」
「うん……たぶん……」
「よし、じゃあ立って」

 ゆっくり立ち上がった悠の手を引いてリビングのドアを開ける。全面ガラス窓に囲まれたリビングはひどく殺風景だった。焦げ茶色のフローリングに大きなソファとガラステーブル、そして液晶型テレビがあるだけだ。

「悠、寝室はあそこ?」
「いや……いっつもこのソファで寝てるから……」
「え!?」

 向かって右手には、明らかに寝室と思わしきドアがあるのだが、悠は目の前のソファに腰掛ける。
 そのまま辛そうに横になると身体を小さく折り畳んで胸を上下に浅く呼吸を繰り返す。

「悠……」

 返事はない。今はなにも声をかけない方がいいかもしれない。
 ダイニングキッチンのすぐ横に冷蔵庫が目に入った。

「悠、冷蔵庫開けるね」

 駆け足で冷蔵庫の扉を開けると、ミネラルウォーターが数本入っているだけだった。一体どんな生活をしているのかと言葉を失う。けれど今はそんなことを気にしている場合じゃない。
 ペットボトルを取り出してコップに注ぐ。病院で貰った薬がバッグの中にある。それを飲めば少しは体調も良くなるはずだ。

「悠、これ――」
「もしもし笹桐。ちーちゃん今日は泊まっていくから帰ってくれていいよ」
「……へっ?」

 水を注いだコップを持って、振り返った直後だった。
 思わず間抜けな声が漏れて、コップが手から滑り落ちそうになる。

「悠……あんた、まさか……」

 プツリと通話を切って、にっこりと満面の笑みを浮かべる悠と目があった。

「お泊まり決定だね」

 さっきまでの姿とは打って変わって、本人はいたってピンピンしている。
(こいつっ……!)

 ああそうだ。すっかり忘れていた。
 今の相模悠は、こういう男だったのだ。

 
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