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25話 告白
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風が止んで、静寂が覆った。
悠と向き合ったまま私は静かに口を開く。
「全部、知ってたのね」
悠は少し悩んだ後、まっすぐ私の目を見た。
「……そうだよ」
「っ……別にあいつがいたって!」
「本当に? 毎日顔を合わせて、あの人の下で働くことになるんだよ?」
突きつけられたその現実に、私は言葉を詰まらせる。
(あいつの元で……働く?)
途端に吐き気がこみ上げてきた。口元を抑えて体が前かがみになる。
体というものは正直だ。どれだけ強がっても誤魔化しがきかない。
「ちーちゃんは、どうしてハワイに行きたかったの」
唐突な悠の質問に、当惑する。
(どうして……?)
突然、戸惑いが生まれて、頭の中では困惑と疑問が竜巻のようにぐるぐる回る。
「そんなの、海外で働いてみたい気持ちがあって……ハワイなら行ったことがあるから丁度いいって思っただけよ」
「それは違う」
強い口調で、悠が言葉を遮った。
「ちーちゃんは………思い出を塗り替えたいんだ」
その一言に、一瞬呼吸が止まった。
「幸せだった思い出が、今もちーちゃんを苦しませる。だから全部、忘れたいんだよね」
一歩ずつ、真実に近づくように悠がその距離を埋めてくる。
離れないと。逃げないと。そう思って足が一歩引き下がると同時に、悠の顔が目の前に迫った。
「ちーちゃんは乗り越えられてなんかいない。だから幸せだった過去を、二度と戻らない日々を、忘れるために--」
「違う! 私は、私はただ……!」
自分のために、長年の夢を叶えたかっただけだ。
けれど何をしたかったの?
あの場所で、何を探しに行くつもりだったの?
何を求めて、何に縋って、何のためにハワイに行きたかったの?
「私は……」
「ちーちゃん、あの場所に楽園はないよ」
残酷な宣告と同時に強く抱きしめられ、その腕の中に閉じ込められた。
「過去に縋るのはもう終わりにしようよ。これからは俺がちーちゃんを幸せにするから」
温もりに包まれ、崩れ落ちそうになった体を支えられる。
優しい瞳だった。昔と何も変わらない、私の知っている悠だった。
(楽園は……ない)
まるで夢から覚めたように、もやのかかった視界が少しずつ晴れていく。
その先にあるのは、幸せな景色なんかじゃない。私が目を逸らし続けた地獄だった。
かつての楽園は、あの日から私に地獄を見せ続けてきた。
幸せが大きければ大きいほど苦しくて。
今でも夢に見る。あれは最初で最後の家族旅行だった。
切り捨てなければいけない過去を、自分の手で終わらせる。きっと私はそれ自体が目的だったのだ。
海外志向でも、なんでもない。私はただ開放されるためだけにあの地を求めて続けていただけだ。
どうしようもなく、記憶から消えてくれない過去に縛られて、そこにいけば幸せになれるんじゃないかってありもしない期待に縋って。
けれどまた、あの男が立ちふさがる。私達を捨てたあの男が。
結局私は、逃げられないのだ。目を逸らし続けても、それでも何も変わらない。
仮初の楽園に縋って、いつか忘れられると信じていた。
けれど、本当に見なきゃいけなかったものは――。
「何度……」
ぼそりとか細い声が漏れた。
「何度、殺してやりたいと……思ったか……」
ずっと心の奥底で押し殺してきた醜い感情を、決して言葉にしてはいけないと思っていた。
そんな感情を抱く自分が嫌だった。けれどそう思わずにはいられなかった。
自分は人とは違う。幸せになんて生きられない。一生恨みつづけて生きたていく。
周りの全てが敵に思えて、だがそれでも生きていけなくて、気づけばこんなに時間が流れて。
それでも憎しみは消えない。消えないはずなのに。
(どうして、幸せだったときのことばかり思い出すのだろう)
そんなものはもう、戻ってはこないのに――。
「もう誰にも、期待したくないの……だって皆、私の前からいなくなるじゃない」
期待した分だけ、一番残酷な形で裏切られて。
それなら最初から誰にも期待なんかしない。
私は私の力だけで生きていくと、あの時決めたはずだった。
「悠だって、一度は私の前からいなくなった」
たとえそれが今の地位を手に入れるためだったとしても、その事実は変わらない。
手に入れてきたもの全てを捨てて、私はまたあの楽園へ戻りたかった。
「ごめんね、寂しい思いをさせたよね」
「だから私はもう……!」
悠の腕を振りほどこうとした瞬間、ぐっと強い力で引き寄せられて、その手が頬に触れる。
「けど俺はもう二度と、あんな思いはさせたくなかったんだ」
「悠……」
「俺は絶対に裏切らない。ずっとちーちゃんの傍にいる。ちーちゃんに助けてもらったあの日から、俺はそのためだけに生きてきた」
嘘をつかないで、と突き放してしまいたかった。
けれど悠の瞳があまりにも真剣だったから、息の仕方を忘れてその瞳に魅入られる。
「どんなに嫌われても、突き放されても、それでも俺はちーちゃんが好きだ。他の誰にも渡したくない」
「だから、逃してなんかあげない」
世界が一瞬にして彩られたような景色が、目の前に広がった。
――いつのまに、こんなに大きくなったんだろう。
私の時間は、あの時からずっと止まっているのに。
今でもあの男を憎み続けて、逃げるように楽園を求めていたのに。
自分の弱さを受け入れられず、見えるもの全てを否定して自分を守って――そんな生き方しかもうできないと思っていたのに。
「馬鹿ね……」
呆れるように薄笑いを浮かべた。
こんな私のために、どうしてそんなことを言えるのかしら。
逃げられなくなるのは、悠の方なのに。
ゆっくりと唇が近づいていくる。少しずつ体の力が抜けて、悠の首に両手を回した。
静かに目を瞑った瞬間、触れる温もりに身を預ける。名残惜しそうに唇が離れていくと、悠はこれまでにないほど幸せそうな笑みを頬に浮かべて、抱きしめる腕が強くなった。
「大好きだよ、ちーちゃん」
それは心の奥底で長年凍りついていた枷が、音もなく静かに消えていったような気がした。
悠と向き合ったまま私は静かに口を開く。
「全部、知ってたのね」
悠は少し悩んだ後、まっすぐ私の目を見た。
「……そうだよ」
「っ……別にあいつがいたって!」
「本当に? 毎日顔を合わせて、あの人の下で働くことになるんだよ?」
突きつけられたその現実に、私は言葉を詰まらせる。
(あいつの元で……働く?)
途端に吐き気がこみ上げてきた。口元を抑えて体が前かがみになる。
体というものは正直だ。どれだけ強がっても誤魔化しがきかない。
「ちーちゃんは、どうしてハワイに行きたかったの」
唐突な悠の質問に、当惑する。
(どうして……?)
突然、戸惑いが生まれて、頭の中では困惑と疑問が竜巻のようにぐるぐる回る。
「そんなの、海外で働いてみたい気持ちがあって……ハワイなら行ったことがあるから丁度いいって思っただけよ」
「それは違う」
強い口調で、悠が言葉を遮った。
「ちーちゃんは………思い出を塗り替えたいんだ」
その一言に、一瞬呼吸が止まった。
「幸せだった思い出が、今もちーちゃんを苦しませる。だから全部、忘れたいんだよね」
一歩ずつ、真実に近づくように悠がその距離を埋めてくる。
離れないと。逃げないと。そう思って足が一歩引き下がると同時に、悠の顔が目の前に迫った。
「ちーちゃんは乗り越えられてなんかいない。だから幸せだった過去を、二度と戻らない日々を、忘れるために--」
「違う! 私は、私はただ……!」
自分のために、長年の夢を叶えたかっただけだ。
けれど何をしたかったの?
あの場所で、何を探しに行くつもりだったの?
何を求めて、何に縋って、何のためにハワイに行きたかったの?
「私は……」
「ちーちゃん、あの場所に楽園はないよ」
残酷な宣告と同時に強く抱きしめられ、その腕の中に閉じ込められた。
「過去に縋るのはもう終わりにしようよ。これからは俺がちーちゃんを幸せにするから」
温もりに包まれ、崩れ落ちそうになった体を支えられる。
優しい瞳だった。昔と何も変わらない、私の知っている悠だった。
(楽園は……ない)
まるで夢から覚めたように、もやのかかった視界が少しずつ晴れていく。
その先にあるのは、幸せな景色なんかじゃない。私が目を逸らし続けた地獄だった。
かつての楽園は、あの日から私に地獄を見せ続けてきた。
幸せが大きければ大きいほど苦しくて。
今でも夢に見る。あれは最初で最後の家族旅行だった。
切り捨てなければいけない過去を、自分の手で終わらせる。きっと私はそれ自体が目的だったのだ。
海外志向でも、なんでもない。私はただ開放されるためだけにあの地を求めて続けていただけだ。
どうしようもなく、記憶から消えてくれない過去に縛られて、そこにいけば幸せになれるんじゃないかってありもしない期待に縋って。
けれどまた、あの男が立ちふさがる。私達を捨てたあの男が。
結局私は、逃げられないのだ。目を逸らし続けても、それでも何も変わらない。
仮初の楽園に縋って、いつか忘れられると信じていた。
けれど、本当に見なきゃいけなかったものは――。
「何度……」
ぼそりとか細い声が漏れた。
「何度、殺してやりたいと……思ったか……」
ずっと心の奥底で押し殺してきた醜い感情を、決して言葉にしてはいけないと思っていた。
そんな感情を抱く自分が嫌だった。けれどそう思わずにはいられなかった。
自分は人とは違う。幸せになんて生きられない。一生恨みつづけて生きたていく。
周りの全てが敵に思えて、だがそれでも生きていけなくて、気づけばこんなに時間が流れて。
それでも憎しみは消えない。消えないはずなのに。
(どうして、幸せだったときのことばかり思い出すのだろう)
そんなものはもう、戻ってはこないのに――。
「もう誰にも、期待したくないの……だって皆、私の前からいなくなるじゃない」
期待した分だけ、一番残酷な形で裏切られて。
それなら最初から誰にも期待なんかしない。
私は私の力だけで生きていくと、あの時決めたはずだった。
「悠だって、一度は私の前からいなくなった」
たとえそれが今の地位を手に入れるためだったとしても、その事実は変わらない。
手に入れてきたもの全てを捨てて、私はまたあの楽園へ戻りたかった。
「ごめんね、寂しい思いをさせたよね」
「だから私はもう……!」
悠の腕を振りほどこうとした瞬間、ぐっと強い力で引き寄せられて、その手が頬に触れる。
「けど俺はもう二度と、あんな思いはさせたくなかったんだ」
「悠……」
「俺は絶対に裏切らない。ずっとちーちゃんの傍にいる。ちーちゃんに助けてもらったあの日から、俺はそのためだけに生きてきた」
嘘をつかないで、と突き放してしまいたかった。
けれど悠の瞳があまりにも真剣だったから、息の仕方を忘れてその瞳に魅入られる。
「どんなに嫌われても、突き放されても、それでも俺はちーちゃんが好きだ。他の誰にも渡したくない」
「だから、逃してなんかあげない」
世界が一瞬にして彩られたような景色が、目の前に広がった。
――いつのまに、こんなに大きくなったんだろう。
私の時間は、あの時からずっと止まっているのに。
今でもあの男を憎み続けて、逃げるように楽園を求めていたのに。
自分の弱さを受け入れられず、見えるもの全てを否定して自分を守って――そんな生き方しかもうできないと思っていたのに。
「馬鹿ね……」
呆れるように薄笑いを浮かべた。
こんな私のために、どうしてそんなことを言えるのかしら。
逃げられなくなるのは、悠の方なのに。
ゆっくりと唇が近づいていくる。少しずつ体の力が抜けて、悠の首に両手を回した。
静かに目を瞑った瞬間、触れる温もりに身を預ける。名残惜しそうに唇が離れていくと、悠はこれまでにないほど幸せそうな笑みを頬に浮かべて、抱きしめる腕が強くなった。
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