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24話 真実
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相模リゾート本社 社長室
私の気持ちを置いて、日々は目まぐるしいスピードで過ぎていく。
あの日から、ほとんど毎日斎賀さんから連絡がくるようになった。とはいってもお互い忙しく、一日に二、三通なのだが。
連絡と言っても、普通の世間話だ。仕事の話、休みの日の話、忙しくて疲れた日は素直に疲れましたと本音を漏らせば、今日はゆっくり休めと優しい言葉が返ってくる。
静かな夜の時間に突然、電話が鳴る日もある。
戸惑いながらも通話ボタンを押せば自然と話は弾むし、やっぱり斎賀さんの声は安心した。
(でも、本当にこのままでいいのだろうか)
斎賀さんは核心には決して触れてこない。恋愛の話題どころか、会う約束もしない。
斎賀さんは待っているのだろうか。私からの返事を。それとももう忘れて、以前のような関係のまま過ごしたいと願っているのだろうか。
彼の本心が分からない。書類に視線を向けながら、つい斎賀さんのことを考えてしまう。
そのときだった。スマホの液晶が光って、斎賀さんの名前が表示された。
『今夜会えるか?』
(今夜……)
手が止まる。すぐには決断できなくて、一旦画面から目を離した。
予感がした。きっともう、これ以上は待って貰えない。現実が荒波のように押し寄せて全身に緊張が走る。
(どうしよう……)
結局、私はずるい女だ。なにひとつ自分で決断なんてできない。無難な答えばかり見つけて、逃げ道ばかり探して。
けれどそれでも、斎賀さんがいなくなってしまうのは嫌なのだ。
(どうすればいいの……)
それは恋心としてなのか、それとも上司としてなのか。
自分の気持さえ曖昧で、分からないことからはまだ時間が欲しいと言ってすぐ逃げたがる。最低の行為だ。
「最近、考えごとばかりしてるね」
するとその様子に気づいた悠が声をかける。
「ごめんなさい。気をつけます」
勤務時間外とはいえ、仕事中には変わらない。慌ててスマホから手を離して頭を切り替える。
「斎賀さん?」
その一言にびくっと背中が震えた。否定しようにも、今の反応でバレてしまったかもしれない。
「なにかあったの?」
「いえ、別に……」
悠が手を止めて、私のデスクへ近づいてくる。慌てて携帯をバッグの一番奥深くへ入れると、肩に手が回された。
「やっぱり、あの人ちーちゃんに悪影響だから消えてもらおうかな」
あからさまに不機嫌な声で、にこりと笑顔を浮かべる。その笑顔ほど恐ろしいものはない。
「そうだなあ……告白でもされちゃった?」
次々と逃げ道を塞がれていく。確信を持った声で、見透かすように顔を覗き込まれる。
下手にごまかしたところで無駄だ。それにやましいことをしたわけではない。正直に話したところでこちらに落ち度はないはずだ。
「そ、そうだけど……」
ぼそりと告げた瞬間、悠の口元からすっと笑みが消えた。
まずいと思った頃にはすでに遅く、射抜くように鋭い視線が突き刺さる。
「……返事はしたの?」
「まだ……」
「今すぐ断って」
突然、悠がバッグに手を伸ばしてスマホを取り上げられた。慣れた手つきで操作すると、眉間にしわを寄せる。
「なにこれハワイ? あの人ハワイに異動? まさかついて行こうとしてるわけじゃないよね?」
責めるような声に、ムッと唇を歪める。
「悪い? 悠には関係ないでしょ」
「悪いに決まってるじゃん。言ったよね、ハワイには行かせないって」
「あんた……私の人生を、自分のものと思ってるんじゃないでしょうね!」
思わずデスクを叩いて、席から立ち上がった。
けれど悠は瞬きひとつしないまま、まっすぐ私を見据える。
「そうだよ。ちーちゃんは俺のものだ。勝手なことはさせない」
その言葉に、自分の中でぷつりと何かが切れた音がした。
「私はあんたのものじゃないわ!」
叫び声をあげて、悠を睨みつける。逃げるようにバッグを持って部屋を出ていくと、訳も分からず涙が溢れた。
エレベーターのボタンを何度も押し続けて、背後を振り返った。誰もいないことに安心して、急いでエレベーターに乗り込む。
ゆっくりと降下しながら、頭が少し冷静になって後悔が押し寄せる。あんなことを言うつもりじゃなかった。けれど悠が悪いのだ。何も知らないくせに、いつも勝手に決めつけて。まるで私を支配するみたいに。
ふらふらと行き場を失ったように気づけば大通りに出ていた。
夜も遅いせいか車もほとんど走っておらず人通りも少ない。
目の前を通り過ぎていく人々が急に羨ましくなって、遠い存在のように感じる。私にはない自由が、その人達にはあるような気がした。
(なにやってるんだろ)
虚しさにため息が漏れて、近くのベンチに座り込む。
馬鹿みたいに感情をぶつけて、逃げ出して、まるで聞き分けのない子どもだ。
いつもそうだ。都合の悪いことが起こるとすぐに見て見ぬふりをして逃げたがる。
昔から何も変わってなんかいない。結局私は、こういう人間なのだ。
立ち向かう勇気もなく、今の自分を受け入れることを拒んで保身に走る。
分かっている。分かっているのに、結局私は何も変わらない。
ーーなんて弱い人間なのだろう。
それを自覚すれば、許されるとでも思っているのだろうか。
そんな甘えた考えがいつまでも離れなくて、いつか誰かに許してもらえることばかり考えて。
私はなにひとつ、私のことを許せてなんかいないのに。
「あれ? 君は相模君の……」
その時だった。
道路脇に止まったタクシーから男性が降りてくると、ふと目が合う。
「加賀美社長……」
タクシーから降りてきたのは、VIRA株式会社の加賀美社長だった。
こちらへ近づいてくる加賀美社長に、慌てて涙を拭って深くお辞儀する。
「先日は、お世話になりました」
――よりにもよって、このタイミングで会うなんて。
この人はきっと"前原千秋"だった頃の私しか知らないのだろう。母が死んだことも、その原因が父だったこともきっと何も知らない。
できればもう会いたくなかった。会えばきっとまた、父の話になるだろう。
「いやいや、前はゆっくりお話できなかったからね。前原君は元気かい? 今はハワイにいるそうだね」
「え?」
意外な形で飛び出した父の名前に、ぴたりと思考が停止する。
「知らなかったのかい? 確かハワイアン・ビーチ・ホテルのマネージャーをしているはずなんだが」
(ハワイアン・ビーチ・ホテルって……)
――私が赴任するはずだったホテルだ。
嫌な予感が一気に全身を駆け抜ける。
(まさか、悠が行かせたくなかった理由って……)
――知ってたのだ。全て。
あの男がハワイにいることも、私が勤務するはずだったホテルにいることも。
もしも。
もしも何も知らずにハワイに行っていたら――。
背筋が凍りついて、考えるだけで身の毛がよだつ。もう二度と、あの男と会うつもりはなかったし、ましてや同じ場所で働くことになるなんて。
(もしかして私は……)
悠に守られていたのだろうか。
どれだけ憎まれようとも、それでも悠が私のために決断を下したのだとしたら。
(私は、とんでもない勘違いをしてるんじゃ……)
「社長、そろそろ」
彼の秘書が腕時計を気にしながら声をかけた。
「分かってるよ。じゃあね、またゆっくり話でもしよう」
去っていく加賀美社長に一礼する。けれど頭の中は真っ白で何も考えられなかった。
遠ざかっていく加賀美社長を見つめながら、呆然と立ち尽くす。
(私は……)
背後から、足音が聞こえた。
なんとなく、そこにいるのは誰なのかすぐに分かった。
足音がすぐ後ろで止まった瞬間、おそるおそる振り返る。息を乱しながら、そこに立っていたのは――。
「ちーちゃん……」
「悠……」
私の気持ちを置いて、日々は目まぐるしいスピードで過ぎていく。
あの日から、ほとんど毎日斎賀さんから連絡がくるようになった。とはいってもお互い忙しく、一日に二、三通なのだが。
連絡と言っても、普通の世間話だ。仕事の話、休みの日の話、忙しくて疲れた日は素直に疲れましたと本音を漏らせば、今日はゆっくり休めと優しい言葉が返ってくる。
静かな夜の時間に突然、電話が鳴る日もある。
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(でも、本当にこのままでいいのだろうか)
斎賀さんは核心には決して触れてこない。恋愛の話題どころか、会う約束もしない。
斎賀さんは待っているのだろうか。私からの返事を。それとももう忘れて、以前のような関係のまま過ごしたいと願っているのだろうか。
彼の本心が分からない。書類に視線を向けながら、つい斎賀さんのことを考えてしまう。
そのときだった。スマホの液晶が光って、斎賀さんの名前が表示された。
『今夜会えるか?』
(今夜……)
手が止まる。すぐには決断できなくて、一旦画面から目を離した。
予感がした。きっともう、これ以上は待って貰えない。現実が荒波のように押し寄せて全身に緊張が走る。
(どうしよう……)
結局、私はずるい女だ。なにひとつ自分で決断なんてできない。無難な答えばかり見つけて、逃げ道ばかり探して。
けれどそれでも、斎賀さんがいなくなってしまうのは嫌なのだ。
(どうすればいいの……)
それは恋心としてなのか、それとも上司としてなのか。
自分の気持さえ曖昧で、分からないことからはまだ時間が欲しいと言ってすぐ逃げたがる。最低の行為だ。
「最近、考えごとばかりしてるね」
するとその様子に気づいた悠が声をかける。
「ごめんなさい。気をつけます」
勤務時間外とはいえ、仕事中には変わらない。慌ててスマホから手を離して頭を切り替える。
「斎賀さん?」
その一言にびくっと背中が震えた。否定しようにも、今の反応でバレてしまったかもしれない。
「なにかあったの?」
「いえ、別に……」
悠が手を止めて、私のデスクへ近づいてくる。慌てて携帯をバッグの一番奥深くへ入れると、肩に手が回された。
「やっぱり、あの人ちーちゃんに悪影響だから消えてもらおうかな」
あからさまに不機嫌な声で、にこりと笑顔を浮かべる。その笑顔ほど恐ろしいものはない。
「そうだなあ……告白でもされちゃった?」
次々と逃げ道を塞がれていく。確信を持った声で、見透かすように顔を覗き込まれる。
下手にごまかしたところで無駄だ。それにやましいことをしたわけではない。正直に話したところでこちらに落ち度はないはずだ。
「そ、そうだけど……」
ぼそりと告げた瞬間、悠の口元からすっと笑みが消えた。
まずいと思った頃にはすでに遅く、射抜くように鋭い視線が突き刺さる。
「……返事はしたの?」
「まだ……」
「今すぐ断って」
突然、悠がバッグに手を伸ばしてスマホを取り上げられた。慣れた手つきで操作すると、眉間にしわを寄せる。
「なにこれハワイ? あの人ハワイに異動? まさかついて行こうとしてるわけじゃないよね?」
責めるような声に、ムッと唇を歪める。
「悪い? 悠には関係ないでしょ」
「悪いに決まってるじゃん。言ったよね、ハワイには行かせないって」
「あんた……私の人生を、自分のものと思ってるんじゃないでしょうね!」
思わずデスクを叩いて、席から立ち上がった。
けれど悠は瞬きひとつしないまま、まっすぐ私を見据える。
「そうだよ。ちーちゃんは俺のものだ。勝手なことはさせない」
その言葉に、自分の中でぷつりと何かが切れた音がした。
「私はあんたのものじゃないわ!」
叫び声をあげて、悠を睨みつける。逃げるようにバッグを持って部屋を出ていくと、訳も分からず涙が溢れた。
エレベーターのボタンを何度も押し続けて、背後を振り返った。誰もいないことに安心して、急いでエレベーターに乗り込む。
ゆっくりと降下しながら、頭が少し冷静になって後悔が押し寄せる。あんなことを言うつもりじゃなかった。けれど悠が悪いのだ。何も知らないくせに、いつも勝手に決めつけて。まるで私を支配するみたいに。
ふらふらと行き場を失ったように気づけば大通りに出ていた。
夜も遅いせいか車もほとんど走っておらず人通りも少ない。
目の前を通り過ぎていく人々が急に羨ましくなって、遠い存在のように感じる。私にはない自由が、その人達にはあるような気がした。
(なにやってるんだろ)
虚しさにため息が漏れて、近くのベンチに座り込む。
馬鹿みたいに感情をぶつけて、逃げ出して、まるで聞き分けのない子どもだ。
いつもそうだ。都合の悪いことが起こるとすぐに見て見ぬふりをして逃げたがる。
昔から何も変わってなんかいない。結局私は、こういう人間なのだ。
立ち向かう勇気もなく、今の自分を受け入れることを拒んで保身に走る。
分かっている。分かっているのに、結局私は何も変わらない。
ーーなんて弱い人間なのだろう。
それを自覚すれば、許されるとでも思っているのだろうか。
そんな甘えた考えがいつまでも離れなくて、いつか誰かに許してもらえることばかり考えて。
私はなにひとつ、私のことを許せてなんかいないのに。
「あれ? 君は相模君の……」
その時だった。
道路脇に止まったタクシーから男性が降りてくると、ふと目が合う。
「加賀美社長……」
タクシーから降りてきたのは、VIRA株式会社の加賀美社長だった。
こちらへ近づいてくる加賀美社長に、慌てて涙を拭って深くお辞儀する。
「先日は、お世話になりました」
――よりにもよって、このタイミングで会うなんて。
この人はきっと"前原千秋"だった頃の私しか知らないのだろう。母が死んだことも、その原因が父だったこともきっと何も知らない。
できればもう会いたくなかった。会えばきっとまた、父の話になるだろう。
「いやいや、前はゆっくりお話できなかったからね。前原君は元気かい? 今はハワイにいるそうだね」
「え?」
意外な形で飛び出した父の名前に、ぴたりと思考が停止する。
「知らなかったのかい? 確かハワイアン・ビーチ・ホテルのマネージャーをしているはずなんだが」
(ハワイアン・ビーチ・ホテルって……)
――私が赴任するはずだったホテルだ。
嫌な予感が一気に全身を駆け抜ける。
(まさか、悠が行かせたくなかった理由って……)
――知ってたのだ。全て。
あの男がハワイにいることも、私が勤務するはずだったホテルにいることも。
もしも。
もしも何も知らずにハワイに行っていたら――。
背筋が凍りついて、考えるだけで身の毛がよだつ。もう二度と、あの男と会うつもりはなかったし、ましてや同じ場所で働くことになるなんて。
(もしかして私は……)
悠に守られていたのだろうか。
どれだけ憎まれようとも、それでも悠が私のために決断を下したのだとしたら。
(私は、とんでもない勘違いをしてるんじゃ……)
「社長、そろそろ」
彼の秘書が腕時計を気にしながら声をかけた。
「分かってるよ。じゃあね、またゆっくり話でもしよう」
去っていく加賀美社長に一礼する。けれど頭の中は真っ白で何も考えられなかった。
遠ざかっていく加賀美社長を見つめながら、呆然と立ち尽くす。
(私は……)
背後から、足音が聞こえた。
なんとなく、そこにいるのは誰なのかすぐに分かった。
足音がすぐ後ろで止まった瞬間、おそるおそる振り返る。息を乱しながら、そこに立っていたのは――。
「ちーちゃん……」
「悠……」
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