美味しい料理で村を再建!アリシャ宿屋はじめます

今野綾

文字の大きさ
66 / 131
熱々干しぶどうとリンゴのパイ

熱々干しぶどうとリンゴのパイ8

しおりを挟む
 ああと声を漏らしてからイザクはアリシャの手から肉を取って持ってくれた。

「すまんな。気が付かなかった。歩きながら話そうか」

 並んで歩きながらアリシャは何度も礼を言った。客に運んでもらうのは悪いと思っていても、燻製肉の重さに閉口して甘えてしまった。

「最近、変わったことなどはないか? ストルカの方が荒れているようだが」

 ジョゼフの事が咄嗟に思い浮かんだが、このことを話すとアリシャの授かった力にまで話が及んでしまいそうで、口には出来なかった。防御カライズの主であることは村人以外には口外しない約束なのだ。ジョゼフだって知らないままだったら命を落とすことはなかっただろう。

「そうですね。旅の人は口々にストルカ国には行きたくないと話しています。イザク様もストルカ国にご用があるのですか?」

 イザクはそれにはとても曖昧な返事をし、代わりにこんな事を言い出した。

「ストルカが荒れている原因は防御カライズの主が姿を見せぬことにあると言われている。君は防御カライズの主のことで何か噂を耳にしていないか?」

 ドキッとしてアリシャの眉がピクリと跳ねたが、アリシャは冷静を装って「聞いてはおりません」と答えた。一本調子になった気もするが、まるで動じていないと思ってくれたらと祈るばかりだ。

 そうかとイザクは口では言ったが、アリシャにはイザクが納得していないような気がした。アリシャは急に不安に駆られ、リリーにうっかり口を滑らせていないかなど、自分の言動を猛烈な勢いで振り返っていく。

防御カライズの主が現れないと世の中は不安定過ぎて荒廃して行くような気がしてな……まぁ、私などが心配しても仕方がないのだが」

「荒廃して……行きますか?」

「この世に産み落とされた魔力は三つ。そのどれもが存在するからこそ均衡がとれるのだとおもわんか? 空には太陽が、地には川が、その間に風が吹くからこそ我々は生きていかれる。どれが欠けてもおかしくなってしまうのだよ」

 改めてアリシャの体に宿った力の大きさに恐れ慄くと共に、アリシャは隠れていて良いのだろうかと新たな気持ちが湧いてきた。自分が隠れているから世の中の流れに狂いが生じているなら罪深いことのように思う。

「やぁ、アリシャ。イザクさん、その荷物は俺が持ちましょう」

 連れだって歩いてきたボリスとエドに宿屋の角で出くわし、ボリスが板を抱え直して片手を空けて手を出した。

「いいよ、ボリス。俺が持つ」

 横から大工道具を担いていたエドが割り込み、イザクに有無を言わさぬ強引さで燻製肉を取り上げた。

「アリシャは忙しいんで、話し相手が欲しいなら川向うのほら村が見えるでしょ?」

 ボリスは川の向こう側を指して、イザクがそちらに顔を向けるまで待ってから続ける。

「あそこで店をやっているリリーさんになんでも聞くといい」

 イザクは自分が軽くあしらわれたことに気がついただろうが、そこは顔には出さなかった。

「なるほど。行ってみよう」

 邪魔をしたなと言い残し、橋の方へと歩いていった。

「アリシャ、いちいち客を相手にしてると時間がいくらあってたらないだろ? 忙しいと言っちゃっても問題ないと思うよ」

 ボリスが宿屋の入り口に向けて足を出したので、皆それに追随した。

「そうなんだけど……」

 断わる方法なんて思いつかないし、そもそもそんなに話が長引くとも思っていなかった。

「アリシャは誰に対してもやたらとからな」

 エドの嫌味にムッとするが、怒りだけではなくて、傷付きもした。

「エド、そんな言い方するなよ。アリシャの人の良さが現れてるだけじゃないか」

 ボリスはすかさずアリシャをフォローしてくれたが、エドは謝りもしないしどこ吹く風だった。エドらしい態度だが、チクチクとアリシャの胸が痛んでいた。

 宿屋の中に入るとボリスはエドから大工道具を貰い受け、暖炉を作る予定の西側の窓の元に行ってしまった。エドは燻製肉を持っていたのでアリシャに続いて料理部屋までついて来た。

「ここに置いて」

 アリシャの指定したテーブルに燻製肉を置くと、エドはさっさと体を翻した。そんなエドの服をアリシャは思わず掴んでいた。エドは引っ張られて不機嫌に振り返る。

「なんだよ」

「うん……あのさ……肉を運んでくれてありがと」

 エドの口の端は下がり、明らかにそんな事で足止めをされたのかと言わんばかりだった。アリシャだってそんなことを言いたかったわけじゃない。

「そんな顔しないでよ」

「どんな顔だよ。生まれてこの方、この顔以外したことないけど?」

 それは嘘だ。ココに向ける笑顔とか、時々見せてくれる優しい顔とか、今とはまるで違う顔なのだ。

「色々、誤解をされてるみたいだから……ちょっと話したかったの! そんなに怒らないでよ」

「誤解? ああ、アリシャが年上の男に弱いとか?」

「ほら! 誤解してるじゃない」

「誤解じゃねぇだろ。事実、事実。ほら、離せって」

 離すもんかとシャツをさらに強く握りしめた。

「離さない! 私は、私は……エドの方が……」

 そこでハッとして顔を上げると、エドのガラスのような美しい茶色の目が自分を見ていることに狼狽えた。いや違う。狼狽えたのは自分の口から勢いで出ていきそうになった言葉だ。

「あの……ええっと……」

 アリシャは自分の顔が熱くなっていくのを感じて、今すぐ布団の中に顔を突っ込んでしまいたかった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】追放された生活錬金術師は好きなようにブランド運営します!

加藤伊織
ファンタジー
(全151話予定)世界からは魔法が消えていっており、錬金術師も賢者の石や金を作ることは不可能になっている。そんな中で、生活に必要な細々とした物を作る生活錬金術は「小さな錬金術」と呼ばれていた。 カモミールは師であるロクサーヌから勧められて「小さな錬金術」の道を歩み、ロクサーヌと共に化粧品のブランドを立ち上げて成功していた。しかし、ロクサーヌの突然の死により、その息子で兄弟子であるガストンから住み込んで働いていた家を追い出される。 落ち込みはしたが幼馴染みのヴァージルや友人のタマラに励まされ、独立して工房を持つことにしたカモミールだったが、師と共に運営してきたブランドは名義がガストンに引き継がれており、全て一から出直しという状況に。 そんな中、格安で見つけた恐ろしく古い工房を買い取ることができ、カモミールはその工房で新たなスタートを切ることにした。 器具付き・格安・ただし狭くてボロい……そんな訳あり物件だったが、更におまけが付いていた。据えられた錬金釜が1000年の時を経て精霊となり、人の姿を取ってカモミールの前に現れたのだ。 失われた栄光の過去を懐かしみ、賢者の石やホムンクルスの作成に挑ませようとする錬金釜の精霊・テオ。それに対して全く興味が無い日常指向のカモミール。 過保護な幼馴染みも隣に引っ越してきて、予想外に騒がしい日常が彼女を待っていた。 これは、ポーションも作れないし冒険もしない、ささやかな錬金術師の物語である。 彼女は化粧品や石けんを作り、「ささやかな小市民」でいたつもりなのだが、品質の良い化粧品を作る彼女を周囲が放っておく訳はなく――。 毎日15:10に1話ずつ更新です。 この作品は小説家になろう様・カクヨム様・ノベルアッププラス様にも掲載しています。

白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます

時岡継美
ファンタジー
 初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。  侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。  しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?  他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。  誤字脱字報告ありがとうございます!

婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る

拓海のり
ファンタジー
 階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。  頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。  破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。  ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。  タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。 完結しました。ありがとうございました。

悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。

向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。 それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない! しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。 ……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。 魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。 木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

売れない薬はただのゴミ ~伯爵令嬢がつぶれかけのお店を再生します~

薄味メロン
ファンタジー
周囲は、みんな敵。 欠陥品と呼ばれた令嬢が、つぶれかけのお店を立て直す。

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

処理中です...