7歳の侯爵夫人

凛江

文字の大きさ
64 / 100
16歳、やり直し

7

しおりを挟む
「あれ?今日は寄らないのか?」

ダレルは、ルーデル公爵邸前を馬に乗ったまま素通りする主人に声をかけた。

この2ヶ月、毎日律儀に花を買い妻に贈っていたオレリアンが、今日は花屋にも寄らないし、公爵邸も素通りしている。

だが、職場から真っ直ぐ帰るつもりなら公爵邸前を通るのは遠回りだ。

花屋の前でも逡巡していた主人を目にしていたし、ダレルはわざと明るい調子で声をかけた。

しかし主人はダレルの声が聞こえているのか聞こえていないのか、振り返りもしないし歩みも止めない。

ダレルはそっとため息をつくと、あとは黙って主人の後について行った。



「あら?昨日と同じお花なのね」

コンスタンスは窓辺の一輪挿しに目を留めた。

彼女が覚えている限り、そこにある花が翌日も同じだったことはない。

だが今そこに挿してあるのは、昨日と同じ赤いバラだった。

「今日は、昨日と同じお花を贈ってくださったのかしら」

そう言うと、コンスタンスはそっとその花びらに触れた。

でも、すぐに気がついた。

この花は、昨日贈られた花だと。

「その…、今日はいらっしゃらなかったようです」

気まずそうにリアに告げられ、コンスタンスは「そうなの」と一言呟いた。

しかし次の日も、その次の日も、花は変わらなかった。

毎日水切りをして水を替えていたが、5日もすると花はだんだん萎れてきてしまった。

コンスタンスが自ら水を替えようと茎を持って持ち上げると、花びらが一枚落ちた。

そして翌日も一枚、また一枚と落ち、花が届かなくなって1週間過ぎる頃には、バラはとうとう枯れてしまった。

その間オレリアンは全くルーデル公爵家に姿を見せない。

彼はもう、来ないつもりなのかもしれない。

「私がいつまでもお会いしなかったから…、侯爵様もとうとう私をお見限りになったのでしょう」

そう呟く主人に、リアは少しだけ怒ったようにキッパリと言った。

「侯爵様はそんな方ではありません」

「…リア?」

リアは、コンスタンスがオレリアンの話題で頭痛を訴えてから、名前を口にするのは控えてきた。

だが、誤解されたままではあまりにも彼が可哀想だ。

「侯爵様は…、ご自分の話題でお嬢様が頭痛を起こされたと知り、こちらに来るのは控えるようになったのです」

「…そうなの…」

コンスタンスは最後に落ちた花びらを指で拾い上げた。

オレリアンはコンスタンスが頭痛を訴えたせいで、姿を見せなくなっていたのだ。

それまでの2ヶ月間、彼は毎日花を贈ってくれていた。

それなのにコンスタンスはそんな夫に会おうともしなかった。

もちろん、いずれ会わなければいけないとは思っていたが、躊躇していたのだ。

今の、まだフィリップを慕っている自分が夫の存在を受け入れるのは、無理だろうと思われたから。

だったら早く彼を解放してあげなければならないとは思うのにそれさえ放置していたのは、結局今の状況に甘えていたのだろう。



目覚めた日のことを思い出す。

あの日目覚めたコンスタンスの目に、一番はじめに飛び込んできたのはオレリアンの顔だった。

「コニー」と、心配そうな、泣きそうな顔で自分の名を呼んでいた。

それなのに自分は、「触れるな」「名前を呼ぶな」と言ったのだ。

思えば、いくら記憶がなかったからと言って、なんて酷い態度をとっていたのだろうか。

そしてその後も毎日通い続ける夫に会うこともなく放置した。

「私は、なんて酷いことを…」

コンスタンスは自分がどんなに酷いことをしていたのかようやく思い至った。


愕然とする主人を元気付けるかのように、リアが告げた。

「侯爵様はこちらには寄られませんが…、毎日、この前は通られるようです…」

「…どういうこと?」

花を贈ることはなくなったが、それでもオレリアンは毎日仕事帰りに公爵邸前を通るー。

それは、公爵家の門番が目撃し、報告していることである。

「そう…」


その夜いつものように公爵家の前を通りがかったオレリアンは、門番に声をかけられた。

「お嬢様がお会いしたいと言っております」
と。
しおりを挟む
感想 62

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

夫に相手にされない侯爵夫人ですが、記憶を失ったので人生やり直します。

MIRICO
恋愛
第二章【記憶を失った侯爵夫人ですが、夫と人生やり直します。】完結です。 記憶を失った私は侯爵夫人だった。しかし、旦那様とは不仲でほとんど話すこともなく、パーティに連れて行かれたのは結婚して数回ほど。それを聞いても何も思い出せないので、とりあえず記憶を失ったことは旦那様に内緒にしておいた。 旦那様は美形で凛とした顔の見目の良い方。けれどお城に泊まってばかりで、お屋敷にいてもほとんど顔を合わせない。いいんですよ、その間私は自由にできますから。 屋敷の生活は楽しく旦那様がいなくても何の問題もなかったけれど、ある日突然パーティに同伴することに。 旦那様が「わたし」をどう思っているのか、記憶を失った私にはどうでもいい。けれど、旦那様のお相手たちがやけに私に噛み付いてくる。 記憶がないのだから、私は旦那様のことはどうでもいいのよ? それなのに、旦那様までもが私にかまってくる。旦那様は一体何がしたいのかしら…? 小説家になろう様に掲載済みです。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

〖完結〗王女殿下の最愛の人は、私の婚約者のようです。

藍川みいな
恋愛
エリック様とは、五年間婚約をしていた。 学園に入学してから、彼は他の女性に付きっきりで、一緒に過ごす時間が全くなかった。その女性の名は、オリビア様。この国の、王女殿下だ。 入学式の日、目眩を起こして倒れそうになったオリビア様を、エリック様が支えたことが始まりだった。 その日からずっと、エリック様は病弱なオリビア様の側を離れない。まるで恋人同士のような二人を見ながら、学園生活を送っていた。 ある日、オリビア様が私にいじめられていると言い出した。エリック様はそんな話を信じないと、思っていたのだけれど、彼が信じたのはオリビア様だった。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

記憶が戻ったのは婚約が解消された後でした。

しゃーりん
恋愛
王太子殿下と婚約している公爵令嬢ダイアナは目を覚ますと自分がどこにいるのかわからなかった。 眠る前と部屋の雰囲気が違ったからだ。 侍女とも話が噛み合わず、どうやら丸一年間の記憶がダイアナにはなかった。 ダイアナが記憶にないその一年の間に、王太子殿下との婚約は解消されており、別の男性と先日婚約したばかりだった。 彼が好きになったのは記憶のないダイアナであるため、ダイアナは婚約を解消しようとするお話です。

騎士の妻ではいられない

Rj
恋愛
騎士の娘として育ったリンダは騎士とは結婚しないと決めていた。しかし幼馴染みで騎士のイーサンと結婚したリンダ。結婚した日に新郎は非常召集され、新婦のリンダは結婚を祝う宴に一人残された。二年目の結婚記念日に戻らない夫を待つリンダはもう騎士の妻ではいられないと心を決める。 全23話。 2024/1/29 全体的な加筆修正をしました。話の内容に変わりはありません。 イーサンが主人公の続編『騎士の妻でいてほしい 』(https://www.alphapolis.co.jp/novel/96163257/36727666)があります。

処理中です...