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華麗なる婚約破棄パーティー
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楽団の演奏が、ぴたりと止まった。
先ほどまで舞踏会の華やかさを彩っていた音が消えた瞬間、会場全体が息をひそめる。
光の反射する大理石の床、見上げれば幾万ものクリスタルが揺れるシャンデリア。
けれど今、そのすべてが、まるで時間を止めたように沈黙している。
──そして、王子が口を開いた。
「この場を借りて、皆様にご報告があります」
凍った空気の中で、その声だけが澄んで響く。
誰かが小さく息を飲んだ。別の誰かは、グラスを持つ手を止めた。
「私、王太子ライゼル・シュトラールは、本日をもって……マリー・ディアラン侯爵令嬢との婚約を破棄いたします」
場が、音を失った。
いや、正確には、音の種類が変わったのだ。
言葉にならないざわめき、落ち着き払った顔で扇を持ち上げる女たち。
扇の裏でひそひそと目配せし、口元を歪める貴族たちのしたたかな笑み。
「始まったわね」「あれね」「ようやく」
そんな無言のセリフが空気に混じって飛び交っている。
けれど、私にはそれがすべて“筋書き通り”にしか見えなかった。
この瞬間のために、どれだけの人間が準備してきたのか。
この空間の大半が、それを知っていたのだろう。
やがて、王子の隣に立つ少女が一歩、前へ出る。
淡いピンクのドレス。銀の刺繍と、神殿の刻印が輝くティアラ。
そのすべてが“神に選ばれた聖女”という看板のために用意されたものだ。
──彼女こそが、新たな聖女・ミキ。
「わたし……王子様のそばにいられるだけで、幸せです……」
震える声でそう言ったミキの目元には、あざとさすら感じる“美しい涙”。
演じているのだ。誰もがそれをわかっていながら、誰も指摘しない。
「まあ……」「なんて健気な……」
何人かの貴婦人が目元にレースのハンカチを添え、わざとらしい感動のふりをする。
だがその口元には笑みが浮かび、目元は冷たい。
神に選ばれし“新聖女”の涙に、逆らえる者はいない。
それがこの場の絶対的なルールだった。
そして、予想通り、火に油を注ぐ役も現れる。
「でもまあ……元婚約者が来るなんて、聖女様に無礼では?」
「そうですわミキ様……あんなに緊張なさっていたのに、マリーさんのせいで……」
茶色の巻き髪を揺らす準男爵令嬢と、儚げな顔で賛同する子爵令嬢。
二人は、まるで打ち合わせでもしてきたかのように、私に視線を向けた。
それに呼応するように、小さな声が次々にあがる。
「お気の毒に……」「聖女様が泣いているわ」
「マリー令嬢って、少し冷たいところがあったものね……」
ミキは涙を浮かべながら王子を見上げ、「マリーさんのこと……悪く思ってないですぅ……」と震える声で告げた。
それは、見事な慈悲の構図。
“許す側”に立つことで、彼女は“清らかな正義”そのものになる。
私は、沈黙しているだけで“悪役”に仕立てあげられていく。
だが、私はもう、怯えるつもりなどなかった。
「……学校行ってないから、あなたとは初めて会うのよ、私」
誰にも向けず、ただ空気を切るように告げた。
ざわり、と空気が揺れる。
何人かが私の方を向き、何人かは目をそらした。
そして――目をそらさなかった者が、ほんの一握りいた。
私は、微かに口角を上げる。
「王妃教育は受けてたの。
学校には行かせてもらえなかったけど、その分、毎日“貴族の裏表”は見て育ったわ。
あなたたちの“正義ごっこ”が、どれだけ薄っぺらいかなんて、とっくに知ってる」
それは、聖女への非難でもなければ、王子への怒りでもない。
この空間にいる、空気を読み、傍観し、笑う者たちへの告発だ。
「……ま、王子のお相手にはお似合いじゃない?
神に守られてる聖女様と、過保護でなにも知らない王子様。ぴったりよ」
空気が凍る。
誰もが「本当にそこまで言うとは」と一瞬たじろぎ、視線を合わせようとしない。
私はくるりと踵を返す。
ドレスの裾を翻し、振り返らず、弁明もしない。
──これは、退場ではない。
ここから私が選び、切り開くための、宣戦布告だ。
見るべきは、黙っていた者ではない。
目を逸らさなかった者だけ。
視線を静かに会場の奥へと掃く。
声も上げず、ただじっとこちらを見ていた数人。
その視線の奥に、感情を隠さずいたのは――どの顔だったか。
この人生の主導権は、彼らには渡さない。
選ぶのは、私。
私は、転生者だ。運命の筋書きくらい、自分で書き直してやる。
先ほどまで舞踏会の華やかさを彩っていた音が消えた瞬間、会場全体が息をひそめる。
光の反射する大理石の床、見上げれば幾万ものクリスタルが揺れるシャンデリア。
けれど今、そのすべてが、まるで時間を止めたように沈黙している。
──そして、王子が口を開いた。
「この場を借りて、皆様にご報告があります」
凍った空気の中で、その声だけが澄んで響く。
誰かが小さく息を飲んだ。別の誰かは、グラスを持つ手を止めた。
「私、王太子ライゼル・シュトラールは、本日をもって……マリー・ディアラン侯爵令嬢との婚約を破棄いたします」
場が、音を失った。
いや、正確には、音の種類が変わったのだ。
言葉にならないざわめき、落ち着き払った顔で扇を持ち上げる女たち。
扇の裏でひそひそと目配せし、口元を歪める貴族たちのしたたかな笑み。
「始まったわね」「あれね」「ようやく」
そんな無言のセリフが空気に混じって飛び交っている。
けれど、私にはそれがすべて“筋書き通り”にしか見えなかった。
この瞬間のために、どれだけの人間が準備してきたのか。
この空間の大半が、それを知っていたのだろう。
やがて、王子の隣に立つ少女が一歩、前へ出る。
淡いピンクのドレス。銀の刺繍と、神殿の刻印が輝くティアラ。
そのすべてが“神に選ばれた聖女”という看板のために用意されたものだ。
──彼女こそが、新たな聖女・ミキ。
「わたし……王子様のそばにいられるだけで、幸せです……」
震える声でそう言ったミキの目元には、あざとさすら感じる“美しい涙”。
演じているのだ。誰もがそれをわかっていながら、誰も指摘しない。
「まあ……」「なんて健気な……」
何人かの貴婦人が目元にレースのハンカチを添え、わざとらしい感動のふりをする。
だがその口元には笑みが浮かび、目元は冷たい。
神に選ばれし“新聖女”の涙に、逆らえる者はいない。
それがこの場の絶対的なルールだった。
そして、予想通り、火に油を注ぐ役も現れる。
「でもまあ……元婚約者が来るなんて、聖女様に無礼では?」
「そうですわミキ様……あんなに緊張なさっていたのに、マリーさんのせいで……」
茶色の巻き髪を揺らす準男爵令嬢と、儚げな顔で賛同する子爵令嬢。
二人は、まるで打ち合わせでもしてきたかのように、私に視線を向けた。
それに呼応するように、小さな声が次々にあがる。
「お気の毒に……」「聖女様が泣いているわ」
「マリー令嬢って、少し冷たいところがあったものね……」
ミキは涙を浮かべながら王子を見上げ、「マリーさんのこと……悪く思ってないですぅ……」と震える声で告げた。
それは、見事な慈悲の構図。
“許す側”に立つことで、彼女は“清らかな正義”そのものになる。
私は、沈黙しているだけで“悪役”に仕立てあげられていく。
だが、私はもう、怯えるつもりなどなかった。
「……学校行ってないから、あなたとは初めて会うのよ、私」
誰にも向けず、ただ空気を切るように告げた。
ざわり、と空気が揺れる。
何人かが私の方を向き、何人かは目をそらした。
そして――目をそらさなかった者が、ほんの一握りいた。
私は、微かに口角を上げる。
「王妃教育は受けてたの。
学校には行かせてもらえなかったけど、その分、毎日“貴族の裏表”は見て育ったわ。
あなたたちの“正義ごっこ”が、どれだけ薄っぺらいかなんて、とっくに知ってる」
それは、聖女への非難でもなければ、王子への怒りでもない。
この空間にいる、空気を読み、傍観し、笑う者たちへの告発だ。
「……ま、王子のお相手にはお似合いじゃない?
神に守られてる聖女様と、過保護でなにも知らない王子様。ぴったりよ」
空気が凍る。
誰もが「本当にそこまで言うとは」と一瞬たじろぎ、視線を合わせようとしない。
私はくるりと踵を返す。
ドレスの裾を翻し、振り返らず、弁明もしない。
──これは、退場ではない。
ここから私が選び、切り開くための、宣戦布告だ。
見るべきは、黙っていた者ではない。
目を逸らさなかった者だけ。
視線を静かに会場の奥へと掃く。
声も上げず、ただじっとこちらを見ていた数人。
その視線の奥に、感情を隠さずいたのは――どの顔だったか。
この人生の主導権は、彼らには渡さない。
選ぶのは、私。
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