『原作者が消えた世界で婚約破棄されましたが、転生者は負ける気しません』

夢窓(ゆめまど)

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◆戦闘服と、“帝国の死神”

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「はい、これ。カイさん用の……って、え?」

ミキが手渡そうとした黒い上着が、目の前でくるりと回る。

くるり、と回ったのは――アヤネリアだった。

「……あーん、ちょっとぶかぶかやわ……」

その瞬間、店内の空気が凍った。

全員の視線が、一点に集中する。

目の前にいるのは、神殿仕様の制式戦闘服――しかも男性用Lサイズ――を軽やかに羽織った、どこか満足げなアヤネリア姐さん。その肩はぱっくり余り、袖はだらりと手の甲を越えている。

「姐さん、それ……完全にカイさんの私物ですよね?」

「せやけど、ええ素材やし、そっちのより断然動きやすそうやろ?」

「いやいや、それ“動きやすい”やなくて、“泳いでる”って言うんです!」

ミキの的確なツッコミに、サカイが静かに歩み寄る。何も言わず、袖を手に取り――ぐいっと巻いて、手首で固定。

「……こうするんだ。内側で二重に巻いて、留め具で固定。これで引っかかる心配はない。動きやすい」

「おおっ! さすがやな、サカイ! やっぱ手が早い男はええなぁ。惚れるで」

「惚れられてますよ、旦那さん」

マリーが呆れ顔で肩をすくめた。

「……っていうか、カイさんどこ行ったん?」

「さっきまで礼拝室におったけど──」



◆そしてその瞬間、店の扉がバァンと開く。

風を巻き込みながら、静かに現れたその男――

カイ。

しかし、そこに立っていたのは、見慣れた優男ではなかった。

黒装束。神殿直属の影の処理班――通称“帝国の死神”専用の戦闘服。その背に担がれたのは、封印指定の神銀刀。瞳は金色に淡く光り、全身から冷気にも似た静謐が立ちのぼっていた。

「……すまない。待たせた」

「……誰!?」

アヤネリアが凍りついた声で叫ぶ。

「いやちょっと待って! うちの旦那さんやろ!? え、何そのイケ散らかしモード!! うちの知ってるカイと違う!!」

カイはそのまま無言でアヤネリアに歩み寄り、優しく彼女の髪に触れた。

「……必要なら、僕は“あの頃の役目”に戻る。アヤネのためなら、何度でも」

「うわ……ちょっと惚れ直すやないの……!」

「惚れ直すもなにも、すでに夫婦でしょうが」

マリーの冷静な突っ込みも届かないほど、現場は騒然。

サカイが低くつぶやく。

「……あれが、“帝国の死神”の本気、か」

ミキはぽかんと口を開けたまま。

「……え、カイさんって、そんな裏設定あったの? わたしの前世の記憶にも、そんなルート出てこなかったんだけど……」

「君が知らなかっただけだと思うよ。あの人、元々は神殿の処理班リーダーだった人間だからね。ミッション遂行率100%、抹殺対象には慈悲なし。そりゃあ、別人レベルに仕上がってるよ」

マリーがぼそっと解説すると、ミキはほんのり頬を赤らめて呟いた。

「……なんか私、また惚れそう」

「やめとけ、サカイが見てるぞ」

「ごめん、お父さん」

「俺は全力でお前を守る。それだけだ」

サカイはきっぱりと言い切った。

「えっ、ちょっと待って、サカイが“お父さん”? 私、まだ小学生くらいのつもりなんだけど?」

「この世の中は次の世代に持ち越さないのよ」

マリーの冷静なコメントに、一同の表情が引き締まる。



◆出撃前、それぞれの覚悟

「準備はええか?」

アヤネリアが背負い直した短杖を、軽く肩にかけた。並び立つカイの姿に、もはや迷いはない。

マリーは関節を鳴らしながら腕をぐるぐる回し、深く息を吐いた。

ミキはリュックの中に、自作の護符と呪符、そして“カツ丼特製まかない版”を詰め込んでいた。

「よし。そんじゃ、反逆開始やな。神殿が腐ってるなら、うちらが叩き直すしかないわ」

「“神に代わって、おしおきよ!”って言ったら怒る?」

「怒るっつーか、黙って走れミキ!」

「はいはーい!」

叫びと笑いが交錯する中、一同が一斉に駆け出す。

「「「「いけえぇぇぇぇぇ!!!」」」」

その時――

神殿の塔の鐘が、重く、三度、鳴り響いた。

それは、神の名のもとに不正を正す者たちへの、最後通牒。

そして、
世界に楯突く者たちの、最初の一歩を告げる音だった。
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