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第一章 聖者召喚と騎士団
04.聖者、街へ出る2
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厳つい顔のまま真柴の前に片膝を突いた。
(本当に騎士だ! 凄い……)
優雅とは言いがたい仕草だがそれでも腰に下げた剣を少しずらし膝を折る様は映画で見て憧れた騎士の姿そのものだ。
――なんて格好良いんだ。
けれどその人は厳つい顔で眉間に皺を寄せ、不機嫌を隠さないままじっとこちらを見つめる。
「護衛を言い付かりました騎士団副団長のアーフェン・ベルマンです。本日は視察に同行させていただきます」
不本意ですとまざまざと顔に書く程嫌なのか……。当たり前か。日々の業務ですら大変な中、真柴のわがままに付き合わせてしまうのだから。
「ご面倒をおかけしますがよろしくお願いします」
深々と頭を下げればはっとした顔をして、けれど厳つい顔を変えずに立ち上がった。
すごい、ここまで思ってることが丸わかりの人だ。それがアーフェンへの印章だった。嫌なら嫌だとぶつけてくれれば一人で城郭内を回るのに。
(本当は一人の方が気が楽だって言ったら、この人はこんなにも恐い顔をしないのかな?)
口を開こうとして、またできなかった。
矮小な自分が嫌になる。
「どちらへ行かれるつもりですか?」
「……目的地はないんです。ただ……この世界をもっと知りたいと思って……」
声が次第に弱くなっていく。知らない世界、知らない人々。けれど自分の力を必要としているのは、先程の少年の話で分かった。
「あの高い城郭は魔獣から人々を守るためのものですよね」
「そうです。魔獣は常に群れで活動してますから、襲われたらひとたまりもありません。ここまで高いのは王都であるこの街くらいですけど、他の町も村も木や石で周囲を囲ってますね」
やはりそうか。
十三世紀ヨーロッパでも他国や野獣から人々を守るために囲いを作ってその中で生活していた。狼を始めとして森の中には様々な猛獣が群れを成し、人々や家畜を襲っていた。アンデルセン童話やグリム童話が作られたのもこの頃だと考えれば、当たり前なのだろう。
猛獣と人は共存できない。
文明がもっと発達し森林を伐採するまで彼らの存在に怯えなければならない。
真柴は闊達に街を行き交う人々を眺めながら大通りを歩き始めた。
すぐさまアーフェンも歩き出し、ぴったりと後ろに着く。重く長い麻の外衣は歩きづらいが、露天が建ち並ぶエリアにさしかかると、鬱々とした気持ちも一気に吹き飛んだ。並んでいるのがどれも目にしたことのない果物や野菜なのだ。
「ベルマンさん、あれはなんですか?」
指させば真柴の頭越しに感情の伴わない声で名前が告げられる。どれもこれも耳慣れないものばかりだ。専門書の上で書かれていたものとも異なる。キラリと目が輝く真柴とは異なり、アーフェンの声はずっと冷ややかだ。
露店が並んでいることもあり、活気づいた人々の明るい声が聞こえてくる。
これから旅に出るのか、大量に食料を買う人、買い物籠とおぼしき平たい籠を下げて一つ一つ物色しながら店員と喋りながら買っている人々。
(生きてるんだ……専門書の中の世界じゃない)
職業が分からない人々が行き交い、笑っている。木と革でできた靴を鳴らし歩いている景色は、とても魔獣の脅威に怯えているとは思えない。本当に皆が苦しむほど恐ろしい魔物が存在しているのかと疑ってしまうほど、平和そのものだ。
「……魔獣はどんな存在なのですか?」
騎士団が魔獣討伐の要と聞いた。
その騎士団と共に聖者は行くのだと。
アーフェンもきっと何度も討伐に出たことだろう。なにせ恐ろしい顔には無数の小さな傷が走り、腕だけでも真柴の足より太い。まるで剣闘士のような逞しさだ。
「……人を飯としか思ってない奴らです。それぞれの属性の呼気を出し、人間を襲う。なぜか魔獣同士で食うことはないが、人間も家畜も食い荒らしていく恐ろしい存在だ。あいつらさえいなければ、この世界はどこまでも平和なのにな」
淡々と感情のこもらない声で、けれど怒気だけは感じる。
かつて自分に向けられていたのと同じ音だ。
真柴は目を伏せいつものように口角を上げ、蘇ろうとする記憶に蓋をする。
(そういえば騎士団副団長だって言ってたな……そんな凄い人が護衛に付くって申し訳ない)
きっと忙しいだろう。間もなく討伐が行われると大司教が言っていた。きっとそれに真柴も同行するだろう。その準備に忙しい中、護衛をしなければならないのはきっと立腹に違いない。
申し訳ないことをしたと思う一方で、こんなにも活気づいた街を見れば、興味を抱かずにはいられない。
東京の街はこんなじゃなかった。
みんなどこか他人行儀で、見て見ぬ振りして隣に立っているのに自分が透明人間になってしまったかのような、不思議な孤独感が纏わり付く。電車に乗っていても、オフィス街を歩いていても、人々は自分を避けているのに、誰の目にもとまっていない。
――いるようでいない存在。
注目を浴びるのは課長のデスクの前でだけ。あとの時間は本当に存在すらなくなってしまうかのような侘しい日々に芽生えた虚無感が、この街の中にいるだけで自分も精力的に生きようとする人々の一員になったような気になれる。
カラリと乾いた風が頬を撫でれば、舞い上がった砂の匂いが肺いっぱいに広がり、姦しい音すら心地よい音楽のように聞こえてくる。
「ベルマンさん、遠くを見られる場所ってありますか?」
「遠く、ですか?」
「そうです。この世界が見たいです」
鼻の根元に皺を寄せ、けれどアーフェンは「ではこちらへ」と城郭へと案内してくれた。高いだけでなく城郭に厚みがあるのは、その中を人間が通れるようになっていると知識では知っていても、実際に入ると纏わり付いてくるひんやりとした空気に、自分は本当に異世界に迷い込んだんだと実感させられる。
門兵が行き交い、アーフェンの顔を確かめると頭を軽く下げるが立ち止まることなく巡回をしていく。
「皆さん忙しそうですね」
「先日の魔獣襲撃で門兵が半分に減りました。今は少ない人数で回しているのでどうしても一人当たりの負担が増えるんです」
ドキリとした。王都……日本なら首都に当たるのだろうが、そんな人の多いところにも魔獣が出没するのが信じられなかった。いや、魔獣の襲撃自体が真柴には信じられずにいる。もっと遠い場所で起こっているのだと思っていた。城郭の上に続く階段を上り、一番高い塔の大きくくりぬいたような窓が大きく取られている。
「今回は炎の属性を持った魔獣だったので、手を焼きました。そのまま城門に炎を吐き続けられては石が溶けるんで。あいつらは熱さに強い、溶けた石の間を入ってくることがあるんで、絶対に一匹残らず倒さないといけないんですよ」
そんなことはこの世界の常識だと吐き捨てるように言われたが、真柴はその音を耳半分に聞いていた。
なぜなら、目の前に広がる世界がどこまでも雄大で、所々に森が広がっているが平地も多く、生まれて初めて地平線を見たからだ。
空と大地がぶつかる一線がどこまでも続いている。
雲が細くいくつも棚引き、背の低い草が生えた大地がただ広がるその世界は本当に穏やかとしか言いようがない。
これ程までにのどかな光景、今まで見たことがない。
いつだって視界の中には背の高いビルが建ち並び、常に何かから見下ろされ監視されている感覚に囚われた東京の日々とは全く違った光景に、真柴は心を奪われた。
――なんて綺麗な世界なんだ。
恐ろしい魔獣が存在していることすら嘘のようだ。
まるでベートーベンが作曲した田園の世界観そのままではないか。
(本当に騎士だ! 凄い……)
優雅とは言いがたい仕草だがそれでも腰に下げた剣を少しずらし膝を折る様は映画で見て憧れた騎士の姿そのものだ。
――なんて格好良いんだ。
けれどその人は厳つい顔で眉間に皺を寄せ、不機嫌を隠さないままじっとこちらを見つめる。
「護衛を言い付かりました騎士団副団長のアーフェン・ベルマンです。本日は視察に同行させていただきます」
不本意ですとまざまざと顔に書く程嫌なのか……。当たり前か。日々の業務ですら大変な中、真柴のわがままに付き合わせてしまうのだから。
「ご面倒をおかけしますがよろしくお願いします」
深々と頭を下げればはっとした顔をして、けれど厳つい顔を変えずに立ち上がった。
すごい、ここまで思ってることが丸わかりの人だ。それがアーフェンへの印章だった。嫌なら嫌だとぶつけてくれれば一人で城郭内を回るのに。
(本当は一人の方が気が楽だって言ったら、この人はこんなにも恐い顔をしないのかな?)
口を開こうとして、またできなかった。
矮小な自分が嫌になる。
「どちらへ行かれるつもりですか?」
「……目的地はないんです。ただ……この世界をもっと知りたいと思って……」
声が次第に弱くなっていく。知らない世界、知らない人々。けれど自分の力を必要としているのは、先程の少年の話で分かった。
「あの高い城郭は魔獣から人々を守るためのものですよね」
「そうです。魔獣は常に群れで活動してますから、襲われたらひとたまりもありません。ここまで高いのは王都であるこの街くらいですけど、他の町も村も木や石で周囲を囲ってますね」
やはりそうか。
十三世紀ヨーロッパでも他国や野獣から人々を守るために囲いを作ってその中で生活していた。狼を始めとして森の中には様々な猛獣が群れを成し、人々や家畜を襲っていた。アンデルセン童話やグリム童話が作られたのもこの頃だと考えれば、当たり前なのだろう。
猛獣と人は共存できない。
文明がもっと発達し森林を伐採するまで彼らの存在に怯えなければならない。
真柴は闊達に街を行き交う人々を眺めながら大通りを歩き始めた。
すぐさまアーフェンも歩き出し、ぴったりと後ろに着く。重く長い麻の外衣は歩きづらいが、露天が建ち並ぶエリアにさしかかると、鬱々とした気持ちも一気に吹き飛んだ。並んでいるのがどれも目にしたことのない果物や野菜なのだ。
「ベルマンさん、あれはなんですか?」
指させば真柴の頭越しに感情の伴わない声で名前が告げられる。どれもこれも耳慣れないものばかりだ。専門書の上で書かれていたものとも異なる。キラリと目が輝く真柴とは異なり、アーフェンの声はずっと冷ややかだ。
露店が並んでいることもあり、活気づいた人々の明るい声が聞こえてくる。
これから旅に出るのか、大量に食料を買う人、買い物籠とおぼしき平たい籠を下げて一つ一つ物色しながら店員と喋りながら買っている人々。
(生きてるんだ……専門書の中の世界じゃない)
職業が分からない人々が行き交い、笑っている。木と革でできた靴を鳴らし歩いている景色は、とても魔獣の脅威に怯えているとは思えない。本当に皆が苦しむほど恐ろしい魔物が存在しているのかと疑ってしまうほど、平和そのものだ。
「……魔獣はどんな存在なのですか?」
騎士団が魔獣討伐の要と聞いた。
その騎士団と共に聖者は行くのだと。
アーフェンもきっと何度も討伐に出たことだろう。なにせ恐ろしい顔には無数の小さな傷が走り、腕だけでも真柴の足より太い。まるで剣闘士のような逞しさだ。
「……人を飯としか思ってない奴らです。それぞれの属性の呼気を出し、人間を襲う。なぜか魔獣同士で食うことはないが、人間も家畜も食い荒らしていく恐ろしい存在だ。あいつらさえいなければ、この世界はどこまでも平和なのにな」
淡々と感情のこもらない声で、けれど怒気だけは感じる。
かつて自分に向けられていたのと同じ音だ。
真柴は目を伏せいつものように口角を上げ、蘇ろうとする記憶に蓋をする。
(そういえば騎士団副団長だって言ってたな……そんな凄い人が護衛に付くって申し訳ない)
きっと忙しいだろう。間もなく討伐が行われると大司教が言っていた。きっとそれに真柴も同行するだろう。その準備に忙しい中、護衛をしなければならないのはきっと立腹に違いない。
申し訳ないことをしたと思う一方で、こんなにも活気づいた街を見れば、興味を抱かずにはいられない。
東京の街はこんなじゃなかった。
みんなどこか他人行儀で、見て見ぬ振りして隣に立っているのに自分が透明人間になってしまったかのような、不思議な孤独感が纏わり付く。電車に乗っていても、オフィス街を歩いていても、人々は自分を避けているのに、誰の目にもとまっていない。
――いるようでいない存在。
注目を浴びるのは課長のデスクの前でだけ。あとの時間は本当に存在すらなくなってしまうかのような侘しい日々に芽生えた虚無感が、この街の中にいるだけで自分も精力的に生きようとする人々の一員になったような気になれる。
カラリと乾いた風が頬を撫でれば、舞い上がった砂の匂いが肺いっぱいに広がり、姦しい音すら心地よい音楽のように聞こえてくる。
「ベルマンさん、遠くを見られる場所ってありますか?」
「遠く、ですか?」
「そうです。この世界が見たいです」
鼻の根元に皺を寄せ、けれどアーフェンは「ではこちらへ」と城郭へと案内してくれた。高いだけでなく城郭に厚みがあるのは、その中を人間が通れるようになっていると知識では知っていても、実際に入ると纏わり付いてくるひんやりとした空気に、自分は本当に異世界に迷い込んだんだと実感させられる。
門兵が行き交い、アーフェンの顔を確かめると頭を軽く下げるが立ち止まることなく巡回をしていく。
「皆さん忙しそうですね」
「先日の魔獣襲撃で門兵が半分に減りました。今は少ない人数で回しているのでどうしても一人当たりの負担が増えるんです」
ドキリとした。王都……日本なら首都に当たるのだろうが、そんな人の多いところにも魔獣が出没するのが信じられなかった。いや、魔獣の襲撃自体が真柴には信じられずにいる。もっと遠い場所で起こっているのだと思っていた。城郭の上に続く階段を上り、一番高い塔の大きくくりぬいたような窓が大きく取られている。
「今回は炎の属性を持った魔獣だったので、手を焼きました。そのまま城門に炎を吐き続けられては石が溶けるんで。あいつらは熱さに強い、溶けた石の間を入ってくることがあるんで、絶対に一匹残らず倒さないといけないんですよ」
そんなことはこの世界の常識だと吐き捨てるように言われたが、真柴はその音を耳半分に聞いていた。
なぜなら、目の前に広がる世界がどこまでも雄大で、所々に森が広がっているが平地も多く、生まれて初めて地平線を見たからだ。
空と大地がぶつかる一線がどこまでも続いている。
雲が細くいくつも棚引き、背の低い草が生えた大地がただ広がるその世界は本当に穏やかとしか言いようがない。
これ程までにのどかな光景、今まで見たことがない。
いつだって視界の中には背の高いビルが建ち並び、常に何かから見下ろされ監視されている感覚に囚われた東京の日々とは全く違った光景に、真柴は心を奪われた。
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