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第三話
しおりを挟む「おさかなさん、おさかなさん」
車の後部座席に乗るアイルはるんるん気分で歌っている。今日は学校も休みなのでこれから水族館へ行くのだ。
その隣で紬は紙パックのジュースをアイルに飲ませていた。
「全部飲んだかな?」
「紬、俺にもコーヒーくれ」
「はいはい」
取り出した缶コーヒーを運転席の勝希に渡すと、ぽんぽん、とアイルに腕を叩かれた。
「ボクもコーヒーのみたいです」
「うーん、アイルにはちょっと早いかなあ」
「あのなアイル。コーヒーは大人の飲み物ですごく苦いんだ。アイルにはちょっと難しいだろうな」
「じゃあママもこども?」
「へ?」
「パパののんでるコーヒーはママにはのめないもん。ママもこどもですか?」
勝希が飲むのはブラックコーヒーで、紬は甘いカフェオレしか飲めない。恐らくアイルはそのことを言いたいのだろう。
運転席で勝希が吹き出す。
「ははっ、確かにその基準じゃあママは子供だな」
「ぼ、僕は大人だよっ」
「ママはコーヒーのめなくてごはんもつくれない。でもだいじょぶ。ボクはママだいすき!」
「俺も紬大好きだぜ」
思わず紬は真っ赤な顔を腕で隠した。
水族館の中へ入った瞬間にアイルが走り出したので、ひょいと勝希が抱っこする。アイルは少し不満げだったが、目の前に広がる大きな水槽を見ては嬉しそうに笑った。
「おさかなさん!」
「いっぱいいるなあ。ほらアイル、あそこにでっかいのがいるぞ」
「わあああ!」
紬は少し離れたところでスマホを向け、写真を撮った。思い出に残しておきたい。
すると勝希がそれに気付き手招きをした。
「三人で撮ろう」
スマホをインカメにし、アイルを抱っこした勝希に紬と三人で何枚も撮った。今度はアイルから「ボクもとりたいです」というので試しにスマホを渡して返された瞬間、勝希と紬は驚いた。
「すごい! アイルは写真の才能がある…!」
「上手に撮れたな、アイル。すごいぞ。ウチの子は天才だな」
「ボクはすごいのです」
えっへん、と威張るアイルがかわいくて頬ずりすると、反対側の頬で勝希も同じことをしていた。
「でもホントによく撮れてる…」
スマホを見て紬は笑った。勝希とのツーショットも嬉しかった。
「ね、勝希くん。これよく撮れて…勝希くん?」
急に眉間に皺を寄せて険しい表情となる勝希。
「どうしたの?」
「ちょっとアイルを抱っこしててくれ」
アイルを紬に抱っこさせると、少し離れた場所で電話をかけ始めた。
「パパおでんわ?」
「うん、なんだろうねえ」
すぐに戻ってきたものの、相変わらず険しい表情のままだ。アイルが大きな魚に夢中になる中で、勝希が口を開いた。
「死神がいる」
「え、どこに?」
きょろきょろ辺りを見回しても姿は見えない。すると勝希は目を丸くした。
「そうか…お前には魔力がないから見えないのか。この水族館の中にな、数体の死神がいる。死神は人間の魂を狩るんだが…アイルが狙われる可能性も高い」
「え、アイルが?」
「死神についてはまだ分からねえことのほうが多くてな…。とりあえず死神対策の悪魔が今こっちに向かってる。その悪魔が死神を確認次第、駆除作業に入る。水族館は恐らく一旦閉館するだろうな」
「せっかくみんなで遊びに来たのに…」
「悪魔が来るまでまだ時間はある。死神に見つからないように外に出よう。アイル、外でイルカショーやってるらしいぞ。見に行かないか?」
「いるかさん!」
キラキラ目を輝かせるアイルを再び勝希が抱っこするも、つい紬はきょろきょろと辺りを見回してしまう。
「紬? 何してんだ?」
「何って…死神がいるんでしょ? 僕には見えないけどアイルを守らないと…」
「ああそうか、見えないのか。紬、ちょっとこっち向け」
「え? ん…」
水槽の影の暗い場所で、勝希に唇を塞がれた。
一瞬のことですぐに離されるも、む、と紬は唇を尖らせる。
「…外でキスしないでよ」
「俺の魔力を少しだけお前に渡した。これで死神の姿も見えるだろ」
「そんなことできるの!? あ…ホントだ、何かいる…」
遠くの方だが、鈍く光る鎌を手にしたフードを深く被る男が見えた。恐らくあれが死神だろう。
これは礼を言うべきか迷っていると、勝希の腕の中のアイルがキラキラと目を輝かせながらふたりを見つめていた。
「パパとママはなかよしさん!」
「ああそうだ。パパとママは仲良しなんだ」
見られた…と紬は真っ赤な顔を手で覆いながらとりあえず外へ続く道を進んだ。
イルカショーが行われる外の会場はすでに満員で、なんとか一番上の端の席へ座ることができた。
ママのおひざにすわる、とのことでアイルを膝に乗せる。
『それではイルカショーの開演です!』
音楽が鳴り、軽快にイルカたちがジャンプしたり水面の上を滑るように泳いだりするのを見てアイルが楽しそうにぱちぱちと手を叩く。ふと、紬は気づいた。
ステージの中央に死神が立っている。
「ねえ勝希くん、あれ…」
「死神もショーに出たいんだろうな。悪魔はまだ来ねえし…アイルに危害を加えさせられると困る。俺がなんとかするか」
「なんとかって何するの!?」
「これでも俺は魔法省登録のちゃんとした魔法使いでな」
「いや知ってるけど…死神倒したことあるの?」
「ない」
はは、と笑いながら勝希が立ち上がる。何かあっちゃいけないと、紬はぎゅっとアイルを抱きしめた。
勝希が手を広げ、弓を射るポーズを取る。何をするんだろうと見上げると、確かに何もないのにギリギリとしなる音が聞こえ、パンッ、と見えない矢が放たれた。
慌ててステージを見ると、死神がふらりと数歩後ろへ下がると同時にサラサラと砂へ変化した。命中したのだろう。
「あ、増えたなこの野郎」
気付けばステージ上の死神が三体に増えていた。しかもイルカが何匹も交差するように駆け回っているために死神は余裕そうに見える。
勝希が空へ向かって矢を放つ。今度はキラキラ輝く光の矢が数本空へ向かうのを紬は目撃した。
『それではフィナーレです! みなさん、盛大な拍手をお願いします!』
会場中から拍手が湧き起こる。膝の上のアイルも興奮気味に小さな手を叩いていた。
イルカたちが全匹、まるで空中を舞うようにプールから飛び上がった。
その瞬間、イルカたちを避けるように飛んできた矢が隙間を縫って死神へ命中する。死神はそのまま光の矢と共に盛大な水飛沫を上げてプールの底へと沈んでいった。
「ママ! ママ! イルカさんすごかったね!」
「そうだねアイル。でもね、勝希くんもすごかったんだよ?」
「パパ?」
きょとんとした顔で見上げた先の勝希は笑っていた。
イルカショーは終わり、ゾロゾロと人が出ていく。紬たち三人も波に逆らうことなく歩いた。
「まだ死神はいるのかな…」
「それはわからん。夜にしか出ないっつー話だけどな、何がどうなってるんだ」
ふたりして首を傾いでいると、アナウンスが響いた。
『本日の閉園時間の変更についてお知らせします。本日は…』
それを聞いた勝希が「お、悪魔が来たな」と呟いた。
「ちょっと早いけど帰るか。アイル…寝てるな」
「あ、ホントだ」
紬の腕の中でくーくー寝息を立てながらアイルが眠っている。その寝顔を見てふたりは笑った。
「アイル、楽しんでくれたかな」
「これだけ笑ってりゃ楽しかっただろ。俺がアイルを抱っこしよう。ははっ、寝る子は重いな」
その重みを噛み締めて笑う勝希を見て、紬は嬉しくて笑ってしまった。
「あーっ! ママまたキッチンはいってる! ダメ! ママはキッチンはいっちゃダメ!」
「え、えー、カフェオレ淹れるだけだよ?」
「ダメです。ママはキッチンはいっちゃダメです。ね、パパ」
「はは、アイルの禁止令が出ちゃあな。よし、パパが淹れてやろう。アイルはホットミルクな?」
「わーい。ママ、だっこしてください。パパをみたいのです」
「はいはい。…あれ、アイルを抱っこしてキッチン立つのはいいの?」
「お前がキッチンを使わなければいいみたいだな。ママは不器用だからなあ。なー、アイル」
「なー!」
「…キミたちはなんでそんなに似てるんだい」
「親子だからな。アイルとお前もそっくりだぞ。食べ物を前にすると目がキラッキラになる」
「……」
「おやこだもんねー!」
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